第16話 メイヤーの法則
「おい、そこの三人。手が空いていたら、この段ボールを分別してゴミ置き場へと持って行ってくれないか」
田宮課長の声に振り返る、岡田、棚橋、森尻の三人。彼らは今年で入社三年目を迎える若手の同期社員である。
「この散らばっている段ボールをですか?・・・」と、岡田。
「そうだ。新しく会社に導入したパソコンのものだが、もう使わんだろう」
そう言う田宮課長の足下には、
「俺達三人でですか?・・・」と、棚橋。彼は三人の中ではひとつ年上でもある。
「三人いれば十分だろう。昼までにやっておいてくれないか」
今度は課長の言葉に森尻が独り言を言う。
「こんな単純な仕事、別に俺達でなくとも・・・」
「それじゃ、頼んだぞ。午後からはまた別の仕事が入っているからな」
そう言い残して、田宮課長は仕事場を後にした。
残された三人は、お互いの顔を見合わせる。
「おい、どうする?・・・」と、岡田。
「段ボールを片付けるだけだろう・・・」と、森尻。言いながらひとつ年上棚橋の顔色をうかがう。
棚橋はそのひとつの段ボールから発泡スチロールの枠を取り外しながら、事務所の方を振り返る。そこにはパートのおばちゃん達がこれまた簡単な事務作業をしていた。
「こんな仕事なら、おばちゃん達にでもやってもらうか?」
棚橋の提案に、二人とも事務所の方に目を移す。
「でも、後で課長に『私たちがやらされました!』なんて告げ口でもされたらまずいですよ」と、岡田。
「おばちゃん達、口だけは達者だもんな」と、森尻も気が乗らない。
「んじゃ、高校生のバイトにでもやらせるか?・・・」
またまた棚橋の提案に、今度は目を輝かせる二人。おあつらえ向きに、夏休みともあってかバイトの高校生は何人もいるのだ。
しかし、ここで岡田が首を傾げる。
「しかし、バイトの高校生にこれらを材料別にきちんと分別して、しかも大きさを揃えてゴミ置き場へと持っていくことなんてできますかね?・・・」
「えっ、単純な仕事だろう?」と、森尻。
「だが単純な仕事だからこそ、ミスがあっては俺達三人の責任となってしまう」
なるほど、棚橋の言うことにも一理ある。
再び三人は顔を見合わせる。
「こういうのはどうでしょう? つまり俺達がバイトに指示をしながら片付けるというのは?・・・」と、岡田。
「そりゃあ、かえって面倒だろう。それなら自分達でやった方が早く終わるよ・・・」
森尻の返答に、棚橋も
「ならば、分別しないで全部焼却炉で燃やしてしまうというのは?・・・」
岡田の再提案には、棚橋が首を横に振る。
「近頃は
「いっそのこと、埋めますか?・・・」と、森尻。
「その穴を誰が掘るんだよ?」
三人は、フッとため息をつく。
この後も『如何にこの段ボールを片付けるか?』という簡単、かつ究極の難題は二転三転することとなる。
「やばいっすよ、もうすぐ昼になってしまいます」と、森尻。
「とにかく、分別だけでもしておきましょうよ」と、岡田が続く。
「だから、それを誰にやらすかで俺達は知恵を絞っているんだろう・・・」
相変わらず、棚橋は話を一から蒸す返す。
・・・と、そこに田宮課長が戻ってきた。
「どうしたんだ? 全然片付いてないじゃないか!・・・」
散らばったままの段ボールを足で避けながら、課長は三人を見つめる。
「違うんです課長! 今どうやって効率よく片付けようかと、三人で相談をしていたところなんです・・・」と、苦し紛れに棚橋が弁解をする。
「こんな簡単な仕事なのに・・・ まあ、いい。何れにしても早く片付けておいてくれよ。午後からはこの場所に新しいパソコンを設置し、LANケーブルで繋がなければならいのだからな」
「もしかして、その仕事も俺達が?・・・」
棚橋の問いかけに、課長はニコリと笑って首を縦に振る。
「当然だろう」
「入社三年目の俺達には、そんな複雑な仕事は無理ですよ」
すかさず岡田が愚痴をこぼす。
「また三人で、得意の相談でもしてどうすれば良いか考えればいいじゃないか」
課長は彼らを冷たく突き放した。
「そんな複雑な仕事なんて、俺達には・・・」と、森尻の独り言に三人は再度顔を見合わせる。
「いるじゃないか! そんな複雑な仕事をこなせる人が・・・」
岡田が声を張り上げた。
「確かに、そんな難しい仕事を任せられるのは加納さんをおいて他には考えられないな!」
森尻も顔をほころばせている。
三人は皆、技術部で五年先輩でもある加納班長のことを思い浮かべた。
最後に棚橋がぼそりと呟やいた。
「考えるまでもないか。どうやらその答えはひとつしかなさそうだな・・・」
【メイヤーの法則】
事態を複雑にするのは単純な仕事だが、事態を単純にするのはむしろ複雑な作業である。
つまり単純な物事程、つい複雑にと考えてしまうということ。
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