第21話 ランスの法則

 「いっらしゃい!」

 威勢の良い掛け声に、お客も思わず笑顔がほころぶ。

 活気のある店内。湯気の向こうでは、数人の職人たちが忙しそうにと動き回っている姿が。

  

 間もなくテーブルには、この店自慢の釜湯でうどんが運ばれてくる。


 「お待ちどうさま!」

 これまた愛想のよい店員によって、それがお客の前へと提供される。お客もこの時を待ちかねたとばかりに、至福の笑顔を店員へと向ける。


 そう、ここは駅の商店街からほど近い一軒のうどん店である。店は、老舗というにはいささかまだ若い。それでも従業員一同が長きに渡ってコツコツと努力を積み重ねてきた結果が、やっと実を結んで来たというべきなのであろう。

 その噂は口コミで広まり、今では昼時など常に行列が絶えることは無い。


 

 「今月の売り上げはどうだった?」

 店主が、班長と呼ばれる男に尋ねる。

 「今月も絶好調をキープしていますよ。やっと皆んなで追及してきた味が、お客さんたちにも受け入れられるようにとなったのでしょう・・・」

 従業員を取りまとめる立場にある彼にとっても、感慨ひとしおといったところであろう。

 

 「これで、夜中に皆んなで腰のあるうどんを作る為、足踏みした苦労もむくわれるというもの。まさにうちのうどんは、命を吹き込んで作ったうどんなんですから」

 班長の言葉に、厨房の従業員たちも大きく頷いている。


 「ところで班長、この頃は何かと皆んなも忙しい。そこで、新型の製麺機を導入しようと思うのだがどうだろう?・・・」

 「せ、製麺機ですか・・・」

 班長は動揺を隠せない。


 それはそうであろう。何しろ今のように腰のあるうどんにするには、皆んなで汗水たらして足踏みをしたからこそ・・・

 「それに、近々駅前へ2号店も出そうかと思っているんだ」

 「ですが、今のうちのうどんの味が出せるのは、ここにいる従業員だけ。2店舗もとなると・・・」

 

 班長の言葉に、店主は笑いながら首を振る。

 「いやいや、2店舗だけではなく、隣町にもさらに2店舗増やすつもりだ。もちろん、その店は君に任せるつもりだが・・・」

 「ですが、それでは・・・」


 考える暇もなく、店主は次なる構想を口にする。これには、班長ではなく厨房の従業員が異を唱えた。

 「しかし、それではこの店を味を維持することができなくなってしまいます」


 「店の味を?・・・」

 店主は黙って店の中を眺め回す。


 「もう大丈夫だ。今ならば黙っていても、客はこの店の名前だけで入って来るんだから」

 「しかし・・・」

  

 班長はじめ、従業員たちは誰一人として、心からこの店主の案を受け入れようとはしなかった。それでも、店は少しづつ拡張していった。

 そのうえ、店主は今どきの流行はやりだとかで、金粉を練り混ぜたうどんまで考案するのだという。


 うどん屋からは、以前のような活気は失われていった。常連客の足は徐々に遠のき、気付けば以前から店で働いていた従業員たちも、誰一人としていなくなっていた・・・

 


【ランスの法則】

「物事がうまくいっているときは、余計なことを考えるな!」という法則。

人は常に何かしら物事に変化を加えようと考えるが、ただそれは時として、裏目に出ることもある。つまりは、世の中の「定番」と呼ばれる物をしっかりと見つめなさいと言うこと。

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