第20話 チズホルムの第一法則

 ここは第15銀河系内を行く、宇宙船の船内である。

 人類が太陽系以外の銀河に進出をしてから、すでに何百年が経っているというのだろうか。

 この間、宇宙空間では多少のトラブルは合ったものの、人類の「宇宙拡張計画」なるものは、おしなべて順調に進んでいると言ってもよかった。


 「船長、只今第15銀河トレース星の軌道を抜け、パルサザンへと向けて加速しています」

 航海長の言葉に、船長は満足そうにひとつうなづく。


 「この艦は最新鋭艦として、配備されたものである。まさに、人類の英知えいちの結晶ともいえる装備を備えておる」

 船長の言葉に、他のクルーたちも誇らしげに笑顔を向ける。


 とその時、艦内の異常を知らせる警告音が静かに鳴った。なるほど、警告音ですらクルーらの緊張感を掻き立てないように配慮されているらしい。

 航海長が異常のある計器を見詰めながらも、船長を振り返る。


 「船長、艦内の空気圧に多少異常があるようですが・・・」

 船長は、なおも穏やかな顔を航海長に向ける。

 「油圧バルブを点検するようにと、手配致しましょうか?・・・」

 

 「航海長、何も心配することは無い。しばらく、その計器を見ていたまえ」

 再び彼は、眼の前にある空気圧を示す計器を見詰める。

 計器は静かな警告音を発すると同時に、赤い色のランプを表示している。もちろんそれは点滅などではない。薄っすらとした赤い色は、これまた緊張感を和らげてくれるのにはちょうど良い。


 ところが、数秒もすると、その警告音はさらに小さくなり、赤ランプの色も徐々にオレンジ色から黄色へと変化を始めた。これまた仄々ほのぼのとするような色合いである。

 同時に、かすかだがその計器の内側でカタカタという無数の音が聞こえている。音はやがて少なくなり、そしてまた静けさを取り戻した。


 見ると、いつの間にか警告音は消えており、ランプの表示は新緑を思わせるような緑色へと変わっている。


 「こ、これは?・・・」

 振り向く航海長に、船長が口を開く。


 「これが最新鋭艦に導入されたいう「自己制御再生能力」機能である。つまりは、この艦は自分で異常事態を発見し、それを制御するだけではなく、正常な状態へと艦自らが再生する能力を有しているということなのだ」


 船長の言葉に、再びクルーからは感嘆の声が上がった。その様子を見て、もう一度船長は言葉を発する。

 「つまりは、調、上手くいっているということだ・・・」


 

 「ところで航海長、ひとつ『宇宙チェス』でもやらんかね」

 「しかし、この時間には艦内巡視を・・・」

 言いかけて、航海長はその後の言葉をにごした。すべてはこの最新鋭艦の能力に任せておけば、間違いのないことを認識できたからである。


 周りを見回すと、緊張感の薄れたクルーたちが思い思いの格好で、自分の趣味などに興じている姿がある。


 (調、上手くいっているのだから・・・)


 「船長、私で良ければ『宇宙チェス』のお相手を致します・・・」



【チズホルムの第一法則】

何事も、「うまくいっている時は、なにかが少しずつおかしくなっている」と言った法則である。

たとへば、「会社に禁止されている副業が毎年順調に伸びている」とか「バレずに社内恋愛が続いている」と言ったように、何かが上手く言っているときほど別なところで何かがおかしくなっているということである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る