第11話 マーフィーの法則
「ねえ、あなた、今度の土曜日久しぶりにドライブでも行かない?・・・」
「いいねえ。どうせならお弁当でも作って、湖でランチとでも
僕は妻の提案に快く承知した。
金曜日、妻と近くのスーパーまで食材の買い出しに出掛ける。
「サンドイッチはエビとアボガドで良いわね。おかずはあなたの好きな竜田揚げと卵焼きよ。デザートは?・・・」
買い物を楽しむ妻の横顔に、思わず僕も微笑んでしまう。
「それにしても、かなり買い込んだね。早速レジに並ばないと・・・」
ところがレジカウンターは、何処も長蛇の列。僕たちが並んだ所は、2番と3番のカウンターが一緒になったところだ。
なるほど、よく見ると2番のカウンターはどうやらベテランの係員のようだ。次から次へとお客の対応をこなしている。それに引き替え、3番のカウンターのその子は、どこから見てもアルバイトのようである。
時折レジを止めては、主任らしき男の人に手助けをしてもらっている。
さあ、次は並んでいる僕たちの番である。
僕達は迷わず2番レジの方へと並んだ。当然、こちらの方が早く順番が回ってくると予想がつくからである。
ところが、意に反して結果はそうではなかった。
僕たちのひとつ前に並んでいた年輩の婦人が、レジカウンターの女性に一つひとつ注文を付けるのだ。
やれ、それは小さい袋に入れてくれだの、大根葉っぱは落としてくれだのと・・・
その上、会計の時には小銭を探すからと、小さな財布の中を必死に指でかき回している。1万円札が見えているにもかかわらずだ・・・
挙げ句の果ては、その荷物を車まで運んでほしいとのたまう。
その間、当然3番レジの方はコツコツと順番が進み、既に僕たちの後ろに並んでいた人さえ会計が済んでいる。
(何だよ、こんなことなら3番レジの方に並んでおけば良かったのに・・・)
そう思う気持ちをグッと押さえ、僕たちはそのスーパーを後にした。
帰り道、気分転換にでもと僕は妻に提案をする。
「どうせなら、ピカピカの車でドライブに行かないかい?・・・」
妻も二つ返事で了解する。
「良いわね。あたしも洗うの手伝うわ」
洗車も済んで、後はワックスを掛けるだけと言うときに、何やらポツリと冷たいものが頬に当たる。
「あらやだわ、雨が降ってきたみたい・・・」
僕はボンネットに次々と丸い水滴を点ける雨粒に、
(まいったな、こんなことなら洗車なんてするんじゃなかったな・・・)
次の日、何とか天気は回復したものの、せっかく洗った車はなんだか
「まあ良いさ、ドライブしてれば見えないんだし」
僕たちは気分を取り直して、車を走らせた。
高速に乗ると間もなく、渋滞が発生していた。こんなところで珍しいこともあるものだ。
「事故かなあ?・・・」
僕は大きな観光バスの後ろから、比較的流れていると思われる追い越し車線へと無理矢理車線変更をする。途端に後ろの車からはブーイングともとれるクラクションが・・・
ところが、車線変更したは良いが、今度は真ん中の車線がスムーズに流れ始める。
あの観光バスの後ろ姿が段々と小さくなっていく。
「まったく、なんてこったい・・・」
この後も二度三度と車線変更したものの、渋滞から解放されてみれば、結局はあの観光バスと並んで走っているではないか。
「あなた、余りカリカリしないでね」
妻の言葉に、何とか平常心を取り戻す。と同時に、車のスピードを加速する。
(何だよ、こんなことならずっと同じ車線を走ってれば良かったな・・・)
「やっと気分の良いドライブになって来たね」
僕の言葉に妻も笑顔で答える。
「ところで、トイレ休憩は取らなくて大丈夫かな? もう少しで、サービスエリアがあるのだけれど・・・」
「大丈夫よ。それに渋滞で遅れた分を少しでも取り戻した方が良いんじゃない?・・・」
妻は相変わらず、笑顔を絶やさない。
(それもそうだな・・・)
車がサービスエリアの横を通り過ぎたとき、突然僕の携帯電話が鳴り響いた。当然、今の僕にはその電話に出ることなどできるわけがない。
妻は気を利かせて自分が出ると言ったが、携帯は上着の内ポケットに入っているのだ。シートベルトが邪魔をして容易に取れるものではない。
仕方なくコールが鳴りやまるのをずっと見過ごす。
(しまったな、こんなことならさっきのサービスエリアで停まっていれば良かったなあ・・・)
そんなことが頭を過ぎる。
結局次のサービスエリアで折り返し返信したものの、今度は相手が通話に出て来ない。
(何の電話だったんだろうか?・・・)
モヤモヤした気持ちを抱えながら、また目的地まで車を走らせた。
それでも久々に妻とのデートは、何とも楽しいものである。一頃遊んで、お腹もすいてきた。
「さあ、そろそろお昼にでもしようか?・・・」
僕の頭には妻が作ってくれたサンドイッチが鮮やかに浮かぶ。例のエビとアボガドのそれである。
妻は車まで戻ると後部座席を覗き込む。
「あらやだ、お弁当の入ったバスケットをキッチンのテーブルの上に忘れて来ちゃったわ・・・」
今にも泣きそうな顔で妻が振り返る。
「大丈夫だよ、そんなに落ち込まないで。どこかランチのとれるお店を探せばいいさ」
ぼくはしょげる妻の肩にそっと手を回した。
(まあこんなこと、よくある話さ・・・)
気を取り直して、車を走らせる。
確かこの辺りには、有名なフレンチの店があったはずだったけど、どうしても名前が思い出せない。
それどころが観光地のお昼時、気の利いたレストランは何処も満員ときている。
(こんなことなら、始めからお目当てのレストランに予約を入れておけば良かったな・・・)
それでも、やっとのこと空いている一軒の食堂を見つけた。食堂といっても、ごく有り触れた感じのラーメン屋である。
カランコロンとその店のドアーを開けた途端。
「あっ、思い出した。そのフレンチの店の名は、確か『エルミタージュ』って言ってたな・・・」
「えっ、でも・・・」
その通り、今更思い出しても店の中に入ってしまっては後の祭りである。
(まったく、こんなことなら携帯のお気に入りにでも登録しておけば良かったな・・・)
そう思いながら、狭いカウンターの席に腰掛ける。
(まったく・・・)
たまに取れた休みの日、妻と久々のデートにやってきて、楽しいはずの観光地で何故か普通のラーメンをすする二人。
背中越しに、再びカランコロンと店のドアーが開く音が・・・
何気なく振り返る僕。
(げっ、佳枝!・・・)
「あらあ、高草木君じゃない!」
昔に付き合っていた彼女である。いわゆる元カノというやつだ。
「お知り合い?・・・」
「ああ、昔ちょっとね・・・」
妻の言葉にも、こんな返事しかできない自分が今更ながらに
「へーっ、高草木君結婚してたんだ?・・・」
こう言うときの女の切り返しは、実にえげつない。
(そんなこととっくに話しただろう・・・ それにしても、何でこんな所で偶然にも元カノなんかに会うんだよ・・・)
何ともシラけた空気の中、ラーメンをすする音だけが何故がリズミカルに聞こえてしまう。
(まったく、今日は変な一日だったよな・・・)
急に言葉数が少なくなった助手席の妻を、横目でチラリと確かめる。相変わらず怖い顔をしては、窓から見える景色を見るとはなしに眺めているようである。
「家に帰ったら、サンドイッチ食べようか? せっかく君が作ってくれたんだし・・・」
「・・・・・」
しばしの沈黙。
僕はFMラジオのスイッチを入れる。音楽でも聴いて、少しでも気を紛らわせようと考えたからだ。
『えー、ここで臨時ニュースをお知らせ致します。先程午後四時過ぎ、某国が我が国に向けて核ミサイルを発射した模様です。詳しい内容は、この後随時・・・』
「えっ、核ミサイル?・・・」
(何だよ、まったくこんなことなら・・・)
【マーフィーの法則】
「起こる可能性があることは、いつか必ず起こる」とか「失敗する余地があるならば、それは失敗する」など。
過去の先人達の経験から生じたユーモラスでしかも哀愁に富む経験則をまとめたもので、多くは都市伝説の類で笑えるが、中には重要な教訓を含むものがある。
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