第10話 パレートの法則

 「中村様、これはつまらない物ですが、どうかお納めになって頂いて・・・」

 そう言うと、料亭吉兆庵きっちょうあんの女将は、恰幅かっぷくの良い中年男に手提げ包みを手渡した。


 「いつもすまないね。次回は会社の新年会で利用させてもらうよ」

 そう言い残すと、その中年男は女将があらかじめ呼んでおいたタクシーの中へと消えて行った。


 「今のは確か、M建設会社社長の中村か?・・・」

 別の男が女将に声を掛ける。

 こちらもスーツ姿にペイズリーのネクタイがよく似合っている。その風貌からも、どこかの会社の役員であることは間違いない。


 「あら小島様、これから伺おうと思っていましたのに・・・」

 女将は、その男のえりに付いた糸屑を指で摘むと、甘えるようにと肩に手を回す。


 ここは銀座の料亭吉兆庵。今日もこの女将を目当てに、その界隈ではちょいと有名どころの会社役員達がこぞってこの店に足を運ぶ。

 もちろん、一見いちげんのお客も入れないわけではないが、女将はけっしてそのお客達の前には顔を現すことはなかった。



 ある時、板長が女将に尋ねた。

 「この吉兆庵は、全てのお客様によって支えられているのです。なのに、何故女将はご贔屓ひいきさんしかお相手をなさらないので?・・・」


 女将は帳簿を開くと、一言つぶやく。

 「この吉兆庵のな、全ての売り上げの80%は、来てくれはるお客さんすべての五分の一、つまりは20%の常連さんによってもたらされるもんなんや」

 「はあ?・・・」

 板長には、すぐに飲み込めない。


 「つまりな、なんぼたくさん来る一見さんのお客さんに愛想振りまいても、所詮それは売り上げの20%にしかならへんと言うことなんえ・・・」

 「あっ、はあ?・・・」

 未だ板長には理解し難いらしい。


 女将はニッコリ微笑むと、板長に一言ささやく。

 「あんたは何も考えんでええ、20%の食材で80%お客はんが満足するお料理を作ってくれたらええんや・・・」

 「へっ?・・・」

 板長には、この関係を理解することはおそらく無理なのであろう・・・



【パレートの法則】

「80:20の法則」とも呼ばれる。

具体的には、社会全体の上位20%(富裕層)が世の中の富の80%を保有しており、逆に80%の低所得者層は社会全体の富の20%しか占めていないと言うことである。

これは世の中の、様々なシーンで当てはまると言われている。

 

 

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