第15話 1の法則
ここは、沼津港の東側にある飲食店街。
碁盤の目のような路地には、それぞれ一番線から四番線という南北に連なる道と、それに交差するようにとこれまた細い路地とが走っている。
その路地のそこここにと、海鮮物をはじめ鰻やステーキといった食堂が軒を連ねているのである。
今日は祖父の
もちろん発案は孫の僕。僕は小さいときからこの祖父に可愛がられて育てられてきた。社会人となった今、これくらいの恩返しは当たり前であろう。
『沼津みなと新鮮館』の中を通り、新鮮な魚介類を扱った定食屋さんや回転寿司などが立ち並ぶ前をみんなでそぞろ歩く。
祖父と祖母を中心に、僕の父と母、その兄妹もお祝いに駆け付けてくれた。つまりは僕の叔父と叔母に当たるわけである。
それに僕の姉妹と叔母の双子の兄弟を合わせると、総勢十一名という大所帯である。
それが大きなひとつの塊となって歩くわけである。すれ違う人達も、当然驚いて振り返る。
「父さん、この店なんてどうだろう。お刺身が売りの店のようだけど・・・」
父がその中の一軒の店に目を付けた。
なるほど、その店の看板には大きな文字で『あじのたたき定食 1280円 サラダ・茶碗蒸し付き 今だけお得な釜揚げしらすが付いています』と書かれていて、ケースの中にも美味しそうなサンプルが飾られてある。
祖父はチラリとそちらの方に目を移しただけで、またスタスタと歩き出す。
「ねえお義父様、こちらのお店はいかがかしら。焼き魚もあるみたいだし、何しろお店から正面に港が見えますのよ・・・」
今度は母が、父の肩にそっと手を回す。
今度の店も負けてはいない。先程よりも更に大きな看板には『お刺身・煮魚・焼き魚・揚げ物を満喫できます。更にロケーションもすばらしい! スタッフ一同でお待ちしていまーす』と。
さすがにもうこうなると、メニューの紹介と言うよりも、店全体の広告塔である。
祖父は母の手を払いのけると、またまたさっさと歩き出す。
一番線を横切り、二番線へと抜ける路地を僕たち十人を引き連れてどんどん歩いて行ってしまう。祖母はそんな祖父の性格を知ってか知らずか、一言も語らずに祖父の後から黙って早足で付いて行く。
もちろんその間にも、叔父や叔母をはじめみんなで祖父に美味しそうな店の紹介をしたのは言うまでもない。
その都度、祖父はその店の看板をチラリと見ては、眉間にしわを寄せ小さくため息をつくだけである。
三番線も、もうお店が残り少ないというとき、急に祖父の足が止まった。
必然的に皆の足もそこで止まることになる。
「父さん、この店が良いのかい?・・・」
祖父は、その店の看板をジッと見つめる。
「でもお義父様、このお店は・・・」
「わしはこの店にする。この店の品書きが一番シンプルで良い。気に入った!」
祖父はそう言うと、その店の看板を嬉しそうに見つめる。
そこには墨で書かれたような大きな文字で、たった一言『鰹』と記されている。
「他の店の看板はゴチャゴチャしていて、何がなんだかさっぱり分からん。そこへいくとこの店のそれは、何と潔いことか・・・」
(なるほど、戦前生まれの祖父は、そんなところにこだわりを持ってお店選びをしていたのか・・・)
僕はそんな祖父のこだわりが昔からとても好きだった。みんなもホッとして、その店の
すると母が一言。
「でもお義父様、このお店、食堂ではなくて鰹節屋さんなんですけど・・・」
【1の法則】
受け取る側の相手に対し、効果的にメッセージを伝えるための法則。
1つのスライドに1メッセージ、1通のメールに1つの用件など、というようにシンプルに伝えることの大切さを教えてくれる法則である。
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