第14話 ジャムの法則
「ねえ由希子、今度の合コンどうする?」
「もちろん行くわよ」
女友達の明美の誘いに、アイラインを入れながら二つ返事で答える由希子。彼女はバッグからそれを取り出すと、自慢するように明美に見せる。
「あたし、名刺を作ってみたの。もちろん会社のとは違うものよ」
「名刺?・・・」
手に取って見つめる明美。
「そう。合コンの時に素敵な男性に配るためのものよ」
名刺には顔写真のほか、携帯の番号やメールアドレスまで記載されてある。おまけに裏には血液型や星座(誕生日)に、好きな食事の好みまで書かれているのだ。
まさに婚活用といっても過言ではない。
明美はしげしげとそれを読んでいる。
「ってか由希子、あなたって青百合学園大学卒なの?・・・ 確か前は専門学校へ行っていたとか言ってなかった?・・・」
「のりよのり。強引にゲットしてしまえば、そんなことなんか関係ないわよ!・・・」
そんなことから合コン当日。
集まった男性チームは、イケメンで有名な大都会大学のOB達である。調整役の幹事がミスをしたためだろうか、由希子と明美を含めた下町銀行の女子社員4名に対し、OBチームは20名もが集まった。
由希子も明美も伏し目がちにしながらも、ひとり一人を品定めしている。
なるほど、噂に違わぬイケメン揃いである。
まさに、由希子達にとっては『選択のし放題』、引き手あまた状態ということになるわけだ。
「ちょっと由希子、あなたどの人にするのよ? こうイケメンばかりだと迷っちゃうじゃない!」
早くも明美のテンションはマックス状態である。そう言う由希子も、ひとり一人の自己紹介をうわのそらで聞いている。
「僕は現在、パナソネックの技術部で半液晶性パネルの開発に携わっています」
「はい・・・」
「私は外務省下部組織のODAで、未開発国の平和構築やガバナンス、人道支援などに携わる仕事をしています」
「はあ・・・」
「俺は自分で起業したのでこいつらような肩書きはないけど、まあある意味社長といえば社長といえるかな。といっても従業員は15人ぐらいだけどね」
「社長さんっ・・・」
その後からも、次から次へとOB達の自己紹介が続く。その度ごとに、由希子も明美もトロンとした目つきで、ただ
明美が由希子に目配せをする。明らかにその目は『どの人がターッゲトなのよ?』とでも言いたそうである。
ところが首を横に振る由希子。
(目移りしちゃって、ひとりに決められないのよ・・・)
『そう言う明美は、どの人に絞ったのよ?・・・』と、当然これもアイコンタクトで尋ねる由希子。
三人ほどの男から囲まれている明美は愛想笑いを浮かべながら、やはりこちらも首を横に振る。
(何で今日は、こんなにいい男ばかり揃っているのよ・・・)
結局その日、二人は意中の男性を射止めることなく、夜の銀座を後にした。
それから一月後、前回の失敗を繰り返さないようにと、今回の合コンは明美が幹事を買って出た。
由希子の方も、いつにも増して入念にめかし込んでいる。
「それでは皆さん、まずはそれぞれ自己紹介を・・・」
明美の言葉に、そっと首を持ち上げる由希子。
(えっ? 合コンの相手ってたったのこれだけなの?・・・)
見るとそこには四人の男がこちらを見ている。まあ、こちらも4人なのだから、数から言えば不都合はない。
しかし、その男のどれもが、お世辞にもイケメンとはほど遠い普通のサラリーマン風の若者である。
しばしの沈黙。
たまりかねたのか、今回合コンに加わった下町銀行の女子社員が、小声で明美にぼやく。
「ちょっと、イケメンを揃えたって言うから来たのに、何よこれ?・・・」
明美もテーブルの下で、すまなそうに手を合わせる。
(ゴメンね、由希子・・・)
振り向く明美に目に、潤んだ瞳で真っ直ぐにと前を向いている由希子の姿が・・・
「由希子?・・・」
振り返る由希子。
「あたし、この人で良いわ・・・」
そう言いながら、例の名刺をそっと目の前のさえない男に差し出した。
『ちょっと、気は確かなの? 由希子!・・・』
「もちろんよ。だってこの中だったら、この人が一番良さそうだもの」
そう言う由希子は、何故か満面の笑みを浮かべていた・・・
【ジャムの法則】
「商品が少ないほど、ものが売れる」という法則。
多くの人は商品の種類が多ければ多いほど売り上げが上がると思いがちですが、しかし、ユーザー(消費者)の立場からすれば、商品の種類が多いと逆に悩んで選択しづらくなることもあるということ。
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