第25話 限界効用逓減の法則

 「か―――っ、一杯目のビールの何とうまいことか!」

 俺は、ジョッキの中のそれを、空きっ腹へと一気に流し込んだ。


 「まあ、それも最初の一杯だけだけどな」

 友人の雅夫が、気のない返事で返す。

 「雅夫、それはどういうことだよ?・・・」


 雅夫は上唇の上に付いたビールの泡を指先でぬぐうと、そのジョッキを片手で持ち上げる。

 「元来、本当にビールが旨いと感じるのは、最初に飲む一杯だけだってことだよ」

 「最初の一杯だけ?・・・」

 そう言いながらも、俺は二杯目のビールを注文する。


 「そう、つまり人間の脳は、最初の刺激に対して、一番敏感に反応するということさ」

 「で、その次からは?・・・」

 俺は二杯目のビールを口にする。


 「もちろん、自分が旨いと思うものなら、二回目だって旨いと感じるものさ。ただそれは、明らかに一回目のそれにはおよばないということだよ・・・」

 「そんなもんかな?・・・」

 言いつつ、俺は二杯目のビールを流し込む。なるほど、確かに一杯目のそれとは差があるように感じられる。


 雅夫が続ける。

 「それが三回目、四回目ともなればその違いは明らかで、『あれっ、こんなもんだったっけ?』という具合さ。まさに、人間の脳とは、そういうもんなんだよ」

 納得したいわけではないが、そう聞かされると、なんだか眼の前にあるビールがただの液体のようにも思えてくる。


 「恋愛だって同じことさ。付き合って最初の頃はドキドキもするが、二カ月も一緒に居れば、その新鮮さも失せてくるだろう・・・」

 「ってか、お前また彼女を変えたのかよ?・・・」

 「ああ、今度はアケミさんだ。まだ付き合って三日目だけどな・・・」


 俺は、三杯目にと頼んだ焼酎をレモンハイ口にした。

 なるほど、そう言われると俺の脳は、いつも飲んでいるそれよも、レモンの味に新鮮味を感じているようだ。


 

 (なるほど・・・)

 「と言うことは・・・」


 俺は焼酎を飲み干すと、おもむろにドリンクメニューに目を移した。

 「すみません、赤ワインをひとつ。その後は、梅酒をロックで・・・」

 「そんなに飲んで大丈夫か?・・・」

 雅夫の心配をよそに、俺は次々と違う種類のアルコールをオーダーする。本当だ、いつもよりも格段に旨い気がするようだぞ!


 そして、とどめのひと言。

 「すみませ~ん、最後は日本酒を熱燗で・・・」



限界効用逓減げんかいこうようていげんの法則】

ひと言で言うと、「消費することで得られる満足感(度)は、消費する量が増加すればするほど、どんどん低下して行ってしまう」という法則である。ゴッセンの第一法則とも呼ばれている。

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世界の法則短編集 鯊太郎 @hazetarou1961

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