第24話 3:33の法則

 「いらゃっしゃい、毎度。今日は何になさいますか?」

 「いつもの、とんかつ定食で・・・」

 大将の言葉に、私はいつも通りの「とんかつ定食」を注文をする。もちろん何を食べても美味しいのだが、いちいちメニューの品定めをするのが面倒くさいのである。


 「いつものね!」 

 大将も慣れたもんで、そう大きな声で答えると同時に、すでに私の前にはお冷と付け合わせのサラダが置かれている。


 やがてサラダを食べ終わる頃、大ぶりの皿にボリュームたっぷりのとんかつ定食が運ばれてきた。

 「はい、とんかつお待ちい!」

 これまた言うや否や、空になったサラダの器が回収され、二杯目の水が並々とつがれるのである。


 大将が私の耳元で、小声でささやく。

 「いつも贔屓ひいきにしてもらっているからねえ、今日はこれ、サービスねっ!」

 言いながら、私のテーブルにフルーツ餡蜜あんみつを置いて行く。何の変哲もない、ただのそれだが、油の利いた大ぶりなカツで満腹となったお腹には、この餡蜜の甘さがこの上もなく美味しく感じられるのである。

 こんな心遣いがあるのも、私がこの定食屋に通い詰める理由のひとつでもある。


 「ご馳走様ちそうさま・・・」

 お腹だけではなく心も満たされた私は、店を出るとすぐに、スマートフォンの画面を指で弾いた。この気分を誰か他の人にも分かち合いたいと思ったからだ。

 (ついでに、あの定食屋のサービスのことも知らせてやろうではないか・・・)

 

 友人の名前を検索する。

 しかしその時、ふと私には別のことが脳裏をよぎった。

 (皆んなにサービスのことを教えてしまったら、明日からあの定食屋は混んでしまうんじゃないだろうか・・・)

 けっきょく私は、親友の豊本、飯塚、角田の三人だけにそっと知らせることとした。 



 後日、同じ定食屋で例の「とんかつ定食」を食べていると、三人連れの中年女性が入って来た。

 「ちょうど空いていそうだから、お昼はここで済ませちゃいましょ!」

 小太りの女性が、店の中を舐めまわすようにと見詰めながら席に着く。

 

 「ここは、何が美味しいの?・・・」

 眼鏡をかけた神経質そうな女性が、店主にそう質問をする。

 (何とも失礼な、物言いをする客だな・・・)

 私はそう思いながらも、目の前のとんかつを口の中に放り込んだ。


 「何でも美味しいよ!」

 相変わらず愛想の良い店主に、髪を茶色に染めた女性がぼそりと呟く。

 「何でもいいわよ、どうせお昼なんだから・・・」

 

 けっきょく三人は、ラーメンにタンメン、チャーハンと餃子三人前、追加でレバニラ炒めまで注文した。

 「そんな食べられる? うちは結構ボリュームあるよ」

 「お客が注文しているのよ、いいから黙って作ってきてちょうだい・・・」

 店主の忠告にもかかわらず、中年女性らは店の中でペチャクチャと大声を上げてお喋りを始めた。


 「ちょっと店主、水がまだ出ていないわよ」

 テーブルを指差しながら、小太りの女性が眉間みけんにしわを寄せる。


 ほどなく、三人が注文した品々がテーブルへと運ばれてきた。どれも、この定食屋自慢の大盛具合である。

 たちまちテーブルの上は、それらのお皿でいっぱいになった。


 「ちょっと、こんなに多かったら食べられるわけないじゃないのよ!」

 チャーハンをどけるようにして、神経質そうな女性が金切り声を上げる。

 「いいわ、餃子とニラレバ炒めは持ち帰り用にして!」


 「すみませんが、うちは持ち帰りのサービスはやっていないので・・・」

 茶髪の女性の要求を、ていねいに断る店主。


 「分かったわよ、まったく融通ゆうずうの利かない店ねえ・・・」

 

 それでも、なんとか食べ終わると、ブツブツと文句を言いながら店を出ていく三人の中年女性。

 すかさずそのうちの一人が、スマートフォンの画面に指を走らせる。


 「もうこんな店、最悪! お友達皆んなに教えてやんなきゃ」

 その様子に、二人の女性もスマートフォンをタップする。


 「お店の雰囲気もイマイチだったし、二度と来るもんですか」

 「そうよねえ、お友達の皆んなが来る前で、本当に良かったわねえ・・・」



【3:33の法則】

「サービスや品物などに満足した人は自分の他に3人のその話を広め、不満足に感じた人は33人にその話を広める」といった法則である。

つまり悪い噂は、良い噂の10倍以上広まりやすいといったことになるわけだ・・・

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