第3話:Cパート
七瀬と夕食を取った後、予定通り勉強会をした。
流石に七瀬の父親が帰ってくる前に帰る必要があったので時間は時間にして一時間半程度であったが十分に有意義な時間を過ごせただろう。
時折、七瀬は笑みを浮かべることもあったのでこの作戦は間違っていなかったはずである。
そして現在の俺は帰路についている。
「じゃあ、天春くん。……また明日」
そう言って穏やかに笑って手を振る別れ際の七瀬を思い出す、何故かその姿は俺の目に印象的に映った。
だが今の俺にその意味を考える余裕はない。
道を歩く俺の足は早い、一刻も早く帰って確かめなければならないことがあるからだ。
俺の胸中にあるのは焦燥感だった。
確かにデートはうまく行き、七瀬も笑顔を時折見せていた。俺から見て成功だったはずなのである。
では何故俺はこれほどまでに焦燥感に駆られているのか、その理由は非常に単純なものだった。
あのクソ天使に持たされた判定機が、一度たりとも反応しなかったのだ。
確かめなければならない、住んでいるアパートに着いた俺は一直線に自分の部屋へと向かう。
部屋のドアは鍵がかかっていた、一瞬だけ嫌な予感がよぎる。
もしかしたらあのクソ天使がいないかもしれないという予感だ、普段ならありがたいことではあるが今の状況では最悪と言ってもいいだろう。
俺の嫌がらせが趣味なあのクソ天使である、その可能性はあるだろう。
緊張でおぼつかなくなっている指先に力を入れて誤魔化す、そして鍵を取り出して鍵穴に入れて回す。
鍵を開けて中を確認すれば俺のその不安は杞憂に終わる、思わずホッと安堵の息を吐いてしまった。
そして次の瞬間にはクソ天使が自分の部屋のごとくリラックスしている態勢でいることに気付き無性に腹立たしくなる。
俺はこの勢いを利用して天使を追い詰めるべきだと判断した。
「おかえりなさい、天春くん! 結果はどうですか?」
天使は俺の今の心境がどうなっているのかは知らずにのんきに出迎えてくる。
とはいえ天使が俺の事情を知っていたとしてもそれに配慮する姿などとても想像ができないのだが。
などと余計なことを考えている時ではない、このクソ天使に判定機のことを確かめなければならないのだから。
「おい、これはどういうことだ」
「どういうこととは?」
「七瀬が笑っているのに反応しなかったんだよ、これはどうなってんだ」
天使は俺の言っていることが理解できないように訝しんでいるようだ。
しかしこのクソ天使は何かあれば俺の神経を逆なでするように振る舞ってきているのだから、今回もとぼけているだけという可能性は十二分にある。
俺は苛立った気持ちを隠そうともせずに天使に向けて判定機を突き出した。
「ふむ」
と天使は頷いて、それを受け取り機械を色々弄りだす。
何やら色々と試行錯誤して操作しているらしいのだが、俺からしてみればどう見ても適当にガチャガチャと弄っているようにしか見えない。
そして天使は何かを確信したのだろうか、弄る手を止めて判定機を俺に差し出しつつこんなことを言い出した。
「壊れてませんよ、正常に動いています」
天使が答えは俺が想定したものの中で最悪のものだった、だが俺としては納得が行くものではない。
なぜならあの時の七瀬の表情を思い出す限り、七瀬が楽しんでいたことのに間違いはないはずだ。
となると考えられる方向性としては試練の結果をこいつが気分といったこいつ自身の都合で判断しているということになる。
そう考えると今回の件については説明がつくのだが、それを肯定しまえば天使が試練について誠実であるという大前提が崩壊してしまう。
前提が覆れば俺の試練、天使へのスタンスは大きく変わることになるだろう、それは俺の中で築き上げてきた天使なら望まないはずである。
俺がそう考えているとそれが顔に出ていたのだろうか、天使は念を押してくる。
「だから判定機はちゃんと動いてますよ! 言っておきますがこの機械は私の意志とは無関係ですから」
そして天使ははっきりと俺の考えを否定してくる。
であればますます俺には理解が出来なかった、何が悪かったのかと行き詰まってしまう。
その結果、俺は天使に当たるようにして文句を言うことになる。
「じゃあ、どうして反応しなかったんだよ」
「それは簡単な話じゃないですか! まだ足りないってことですよ!」
まだ足りない、と天使は俺に告げる。
足りないとはなんのことだろうか、一体何が足りないのだろうか。当然、俺は困惑してしまう。
そんな俺の状態を無視してクソ天使は畳み掛けるように続けてくる。
「だから七瀬さんが心から笑ってないだけなんですよ!」
「なんなんだよそれ、そんなの分かるわけねぇじゃねえか」
「そのための判定機じゃないですか! まったくもう!」
分からない人ですね、などと付け足して俺を窘めるように天使は言う。
天使の情報を信じようと信じまいと今の状況は非常に厳しい。
デートという手段による目的へのアプローチは原因不明の要因により失敗に終わった。
それが何なのかは皆目検討が付いていない、それにチャンスはもう一度巡ってくるかどうかも危うい。
当然、それが分からない以上、対抗策は思い浮かぶはずもない。
行き詰まるような感覚がじわじわと俺の精神を侵食してくる、焦燥感と不安感で押しつぶされかねない。
俺は不安から逃げるように言葉を吐き出す。
「じゃあ、どうしろっていうんだよ。アレで駄目ならもう手はねえぞ!」
「えぇ~、本当ですか~?」
そんな俺を小馬鹿にしたようにそんな事をほざき出すクソ天使。
その表情に苛立ちながらも俺は制裁をしないよう我慢をする、俺にこんなことを言ってくる以上こいつにはなにかあるかもしれないからだ。
藁にでも縋りたいという状態はこういうことをいうのだろう。と考えることで意識を一旦外し怒りをやりすごそうとして、それは成功する。
そして十分に気持ちを落ち着かせた後、俺はクソ天使に尋ねてみる、何かあるのかと。
「なんだよ、お前になんか案があんのかよ」
「いえ! ありません!」
元気良く答えるクソ天使への俺の感想は実に簡潔なものだった。
なんだこいつは死にたいのだろうか。
俺がそう思った瞬間にはこのふざけた言葉に俺はノータイムの制裁で答えていた。
今の追い詰められている俺にとって手加減などというものは当然出来るはずもなく、当然思いっきりの一撃である。
「暴力はやめてくださいよ! 反対です!」
「お前、真面目に考えろよな? デート以外になんかあるだろ」
天使は俺に抗議してくるがこちらとしてはそれに応じる程の余裕はなかった。
原因について何も思い当たるものがないのであれば、原因たる何かをも無視して満足させるような案でなければならない。
しかしそれほどインパクトがあり現実的に可能なものとなると経験もな金銭もない俺にとっては難題に過ぎる。
何らかの発想の転換が必要なのかもしれない。俺はそう考えて天使を睨む、なにか出せと。
しかし天使は俺の視線を受けて「それに」と言葉を繋げてくる。
「私はもうデートっていう案をだしたんですから、天春くんもちゃんと考えないと!」
「んなこといってもな……」
どうやらそれがクソ天使の考えらしい、私だけに任せるなと。
それならば他に頼りになる人間に相談するしかない。俺の頭に思い浮かぶ人物は当然、清水さんである。
だがとてもではないが今から相談することは難しい、理由は実に単純なものだ。
俺は携帯で時間を確認する、時刻は夜も更けて深夜へと近づいているのだから。
「この時間じゃ清水さんには聞けないしな」
この時間で恋愛相談を持ちかけるのはあまりにも非常識過ぎる。
俺の事情を考えれば聞きに行くべきかもしれないが、それは相手もそれを理解してくれなければ意味がない。適当にあしらわれておしまいだ。
清水さんはそうはしないとも思えるが無理やり押しかけて有効な知恵を借りられるかと言えば難しいことには変わりない。であれば俺とクソ天使で考えるしかない。
と、俺がそう考えた時だった。
「それでは私は今日はここでお暇させていただきます! それではがんばってください!」
「あ、おい! クソッ!」
言いたい事を言うだけ言ってあのクソ天使は部屋から出ていってしまう。引き止める余裕すらなかった。
俺は慌てて玄関扉を開けて確認するがクソ天使はどこにも見当たらない。
いても余計なだけだと思ってはいるが、いざ目の前から消えられると心細さを強く感じてしまう。
これはいけない、かなり混乱しているなと判断し出来るだけ冷静さを取り戻すべく努める。
まずは過ぎたことをではなくやるべきことを、これからの事を考えるべきだ。
そのためには状況の再確認が必要である、ならばと今日の七瀬を思い出す。
今日一日というほどではなく、一緒に居たのはほんの三時間程度の間でしかない。
しかしそれでも俺が見た七瀬はどれも本物に見えて、楽しそうだった。
「……アレが心からじゃないって? ふざけるな」
思わず俺はそう吐き捨てる。
七瀬の事を思い出すと胸のあたりが苦しくなる、嫌な感覚だ。
思い返すのは正直精神的に辛いものがあるがそうも言ってられない。タイムリミットは明日いっぱいなのだ。
七瀬は放課後になるとバイトに行ってしまう、そうなっては完全に打つ手が無くなる。
それまでに何らかの手を打つ必要があるのだが……今日のデート以上のものとなるとまるで思いつかない。
だが思いつかないからと言って諦めるわけにはいかない、ただひたすらに思考を巡らせろ。そうしなければ死ぬのだから。
――だが結局のところ何も案は思い浮かぶことはなかった。
そして朝がやってくる。今回の試練、最後の日が。
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