最終話:Cパート

「受験勉強の調子はどうだ? 無理してないか」


 出てきた彼女に俺は心配して声をかける。

 何分、少し目を離せばずっと頑張り続けてしまうようなやつだ。

 俺の見ていないところで無理をしていないとは言い切れない。

 見たところ防寒は徹底しており、体調には気をつけているようである。


「大丈夫だよ。ちゃんと分かってるから。この時期で倒れちゃったりしたら大変だって」


 彼女もそれを分かっているのか自信満々に俺に返してくれる。

 しかしそれでも俺は不安だった、なぜなら前科があるからだった。


「分かってるならいいけど……前にそう言って倒れたからなぁ。心配なんだよ」


「もうっ、忘れてってば。あの時、すごい恥ずかしいこと言った気がするし」


 俺がその時を思い出すように語ると彼女は赤くなって止めるように言ってくる。

 しかしそうは言っても難しい、それほどまでに印象に残る場面だった。


「……ああ、看病しに行ったら食べさせて欲しいとか言ってたやつな。覚えてるから」


 そして自分で言っていて思い出してしまう、その時の光景が先日のことのように蘇ってくる。

 こうしてすぐに思い出せるのだから忘れることなど当分、先になるだろう。

 第一、あの時の彼女は随分と弱っていたせいか普段は絶対に見せてこない姿を存分と見せられたのだから難しい。

 あんなに甘えてくるとは思ってなかった。


 俺がそう言うと彼女は恨みがましそうにして俺の方を見てくる。

 少しやりすぎただろうか、良心が痛み始める。


「うぅ~、思い出しても言わないで……すっごく恥ずかしいんだから」


「まぁ、そう言うなよ。……すごい、その、可愛かったんだからよ」


 俺は彼女にそう言って自分の頬を掻く、おもわず彼女から視線を外してしまう。

 なるべく自分の感情は彼女に伝えようと努力しているがやはりこういうのは恥ずかしいものだ。

 だからお愛顧だと、彼女も分かってくれるはずだと俺は信じる。


「……いじわる、でも許す」


 彼女は不満で顔を膨らませてから、それを笑顔で崩す。

 俺はそれにホッとしてから目の前の彼女に向かって手を差し出す。

 彼女もそれを握り返してくれる、繋いだ手から彼女の体温が伝わってくる。

 暖かいと思った、今でもこの手を繋いでいられて嬉しいと思った。


 そして俺は彼女に向かっていつものようにそれを言う。


「じゃあ、行くか


「うん、行こっ。くん」


 俺と灯はそして学校に向かって歩きだす、俺達のペースで無理をせずに。


 それを他人から見るとまどろっこしく感じたり、小っ恥ずかしいと感じたりするものなのかもしれない。

 しかしそんなことは俺の知ったことではない。

 俺がそうしたいと、灯がそれを望んでいるのならそうしていきたい。

 そうして自分で決めていく、一緒に進んでいくと決めたのだから。


 ――始まりは歪でも、それでもたどり着いた。

 これが俺達の恋愛事情、神でも天使でも文句は言わせない。

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試練で始まる恋愛事情 大塚零 @otuka0

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