第1話:Aパート
「じゃあ、お前ら試験が終わったからって羽目を外すなよ」
担任教師である田島の言葉によって帰りのホームルームは締めくくられた。
解放されたクラスメイト達はめいめいに終わった中間試験の感想やどこで遊ぶかなどを話している。
そんな姿を俺は気に留めずに鞄に荷物をまとめる。
「おい、天春。これから打ち上げってことで遊びに行くんだけどどうする?」
クラスメイトの後藤が引き止めて遊びに誘ってくる。
後藤の周囲には十二人ほどの人間が集まってきており、いつも遊んでいる面子よりも多い。
それほど後藤と友人たちにとって試験期間中は苦痛だったのだろう、さぞや大騒ぎになりそうな予感がする。
俺はそれを予想して辟易とする。もう少し人数が少なければ付き合い程度の感覚で参加しただろうがこれは無理だ。
「ありがたいけど遠慮する。中間中にやることが溜まっててな、それを今のうちにやっておかないと」
「そういや、一人暮らしだっけお前。 また、今度な」
「ああ、今度機会があったら誘ってくれ」
そう適当に誤魔化しつつ誘いを断る、一人暮らしという特殊性を理由にすれば波風をそう立てることなく出来るのはありがたい。
実際のところは家事は習慣化しており、それほど溜め込んではいないのだがそれを言う必要はないだろう。
俺の思惑通りに断りを入れた後藤は気にしてはおらず、既にどこで遊ぶかなどを友人たちと検討し始めている。
それを横目に俺は荷物をまとめ、自分のクラスである1-Aの教室を退出し昇降口へと向かう。
するとそこには先客が居た。クラスで最初に帰り始めているのは俺だと思ったのだがそうではなかったらしい。
その先客は同じクラスメイトの七瀬灯、教室ではなにかしら誰かと一緒にいるイメージがあったので意外だった。
だからだろうか、俺は思わず七瀬に声をかけてしまった。
「七瀬は誰かと遊びに行ったりはしないのか?」
「え!? あ、天春くん?」
俺に声をかけられたのがそんなに意外だったのだろうか。七瀬は
それも仕方ないか、と思う。七瀬に自分から話しかけるなど今がはじめてと言ってもいい。
「う、うん。私、これからバイトだから」
「バイトって七瀬……お前、中間終わったばかりだぞ」
「あー……うん、そうなんだけどね。あはは」
七瀬は少し困ったように笑い、秘密だよと付け足してくる。
俺としてはこいつが何をやってようとどうでもいいことではあるのだが、この様子だと試験期間中もバイトをやっていたのだろうか。
それで七瀬が一学期のように学年トップを取っていたら、正直恐ろしい。
しかし、バイトか。成績特待生なのにそれほど困っているのだろうか。
でもそれは俺が気にする必要もないし、わざわざ聞くようなことでもないだろう。
「じゃあな」
「うん、また明日。天春くん」
それで俺は七瀬と別れた。七瀬は小走りで校門へと向かい俺の視界からいなくなった。
一人で帰路につく俺は先程の俺の行動を思い返す。
七瀬に話しかけてしまうとは俺自身を戒めているつもりではあったがどうやら中間試験が終わったことへの気の緩みがあるらしい。
これはいけないと自分を引き締めることを決意する。
家には誰もいない、誰も出迎える人間はいない。俺だけの空間だ。
親の干渉も、兄弟の邪魔もない。自由な空間である。
しかしながら残念な話だが完全な自由というわけではないのは仕方がないことだろう。
高校生の一人暮らしなど普通は許されはしない、そのため父から課せられた条件がいくつかある。
そのどれもが一つたりとも破ってはならないものではあるが……それもあの地獄のような家庭環境に比べれば大したものではない。
よって物事はスムーズに無駄なく行う必要がある。帰ったら何をすべきか、生活品、食料は十分か。家事、勉強、息抜きの配分をどうするか。
そうして大まかな絵図がまとまった頃に俺が住んでいるアパートが見えてくる。
するとこちらに気づいたのだろう、アパートの管理人兼大家の清水千歳さんが挨拶をしてくれる。
「おかえりなさい、士郎くん」
清水さんは高校生の一人暮らしということで色々と俺に対して気にかけてくれる。
竹箒を持っている様子からちょうどアパート周りの掃除をしていたのだろう。
「どうも清水さん。ただいまです」
「今日、試験だったんでしょう? 調子はどうだった」
「ええ、まぁ。悪くないと思います」
悪い人ではないが俺としては動向を監視をされているように感じてしまうのだ。
高校生の一人暮らし、なにがあるかわかったものではない。
アパートの住人が変なことをして悪評が立つのは避けたい。
というような意図をもってこの人は接している訳ではないのだろうということは俺自身分かっているのだがあまり干渉されるのは得意ではない。
しかしせっかく友好的に接してくれるのだ、邪険にするわけにもいかない。
「清水さんも大変ですね、そろそろ肌寒くなってきましたし」
「ちょっと寒くなってきたけどそんなに大変じゃないわよ? 自分のペースで出来るから、寒くなったら温まりに戻るし」
「へぇ、ちょっと憧れますね」
「ふふっ、そう?」
「もちろん、いいことばかりじゃないんでしょうけど。それでも憧ますね」
という感じで世間話に花を咲かせていく、会話に途切れそうになれば近況、食事事情へと話題を変える。
当然、気を使って話しているため会話はあまり楽しくはない。
だがこうして最低限の信頼関係を構築しておかなければ両親へ都合の悪い報告をする可能性もあるため疎かにするわけにはいけない。
俺になにかあれば清水さんはこちらを慮ってそういった話を切り出すことは想像に難くないだろう。
必要性から捻り出される、とりとめのない会話。まるで拷問のようだった。
もう会話を始めてから十分な頃だろう、俺は部屋に戻ることを清水さんに告げることにする。
「では、俺はこれで失礼します。試験が終わったからといってだらけていいってわけでもないですし」
「あ、偉いわねぇ。士郎くん、なにか差し入れしよっか?」
すると清水さんは一人暮らしの高校生を慮ってくれたのだろう、そんな提案をしてくれた。
いい人なんだなとは思うが、俺としては厄介である気持ちのほうが強い。
「流石にそこまでしてもらうわけには。清水さんの気持ちだけで十分です」
差し入れの申し出は丁重にお断りして、アパートの二階へと上がる。
おかずが一品増えること自体は助かるし喜ばしいことではあるのだが、人間関係というものは思わぬものへ発展しかねない。
もちろん、そんな差し入れごときでそこまでややこしいことにはならないだろう。
だがまず容器を返す際にはまた会話をしなければならないと思うと酷く憂鬱になるのだ。
であればはじめから受け取らないほうがいい、人と適切な関係を取るのには非常に疲れる。
俺はどんな人物に対してもひどく億劫に感じてしまう。
おそらくこのような健全ではないのだろうが、そのように形成されてしまったのだから仕方のないことだろう。
目の前には自分の部屋だ。
この扉を開ければ他の人間と関わることはない、俺だけの世界。
鍵を開け、ドアを開けるとそこには俺の思いをぶち壊すものが待っていた。
「どうもおかえりなさい。天春くん!」
誰もいないはずの部屋にそいつはいた。
赤い髪、白を基調としたある種の系統を思わせるような作りの服に身を包んでいる女。
その女は三指を突いて俺を出迎えてくる、一体何者なのだろうか。
「……誰だ、お前」
「あ、私ですか?」
俺が問いかけると謎の女は顔を上げて、三つ指をついて伏せていた大抵を崩し勢い良く立ち上がる。
立ち上がったその姿は直立不動の姿勢であった。
その女はとても、とても元気よく挨拶してくる。元気が有り余っているんだなと思うほどに。
「どうもはじめまして!」
次にビシっという効果音がつきそうな勢いで女は敬礼する。
そして翳り一つない、自信に満ち溢れた表情で俺の問いに答えたのだった。
「私は天使! 愛が全く無い、ノーラブマンこと天春士郎くんを導くために参上しました!」
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