第2話:届け!愛の告白!

第2話:アバン

 朝の目覚めは最悪と言っても良かった。

 その理由はわざわざ特筆するものではない、なにしろ一目瞭然である。


「では!天春くん、張り切って彼女を作りましょう!」


 ただでさえ心地よい眠りから叩き出されたのみならずクソ天使の声で起こされたのだから当然のことだろう。

 しかもクソ天使の声は無駄に響いて寝起きの頭には辛いものがあった。ますます気分が悪くなってくる。


「うるせぇな……」


 俺は身を起こして気付く。俺の体は床にあった、それに体が冷えている。

 もう冬の衣替えはしてしまっているこの時期にベッドから追い出されて床で寝ていれば体も冷えるだろう。

 しかし俺はここまで寝相悪くはない。

 となると考えられるのはこのクソ天使であった、昨夜部屋から追い出したのだがやはり無駄に終わってしまったらしい。

 それを確認するためにクソ天使が偉そうに仁王立ちしている俺のベッドに手を入れてみる。

 それは暖かく、体温で暖められたものだろうことを想像することは容易であった。

 なので俺がこれから行う事は至極当然なものである。


「全く、朝だからといってだらしなくしてはいけませんよ天春くん! 試練はもう既にはじまっていると言っていいでしょう、だらしなくすればするほどそれは普段からにじみ出る様になってします! なので、早く起きるようにさあ、ラジオ体操でもしましょうか用意していますよ! ……ってなんで拳を私に向けて振り上げているんですか! やめてください、暴力反対です!」


 制裁という名の権利を行使してから俺は朝の用意を始める、時間をみてみればいつもよりだいぶ早く起こされたようだ。

 頭を擦っている天使を横目に、用意をしつつ俺は考えることにする。

 内容は言うまでもない、今日の十七時までに彼女を作らないと死ぬという試練についてである。

 この天使の頭のイカレ具合からして普通に殺してくることもあり得るだろう、むしろ今のところはそう思っている。

 その場合は俺も出来る限りの抵抗を試みるつもりだ、しかし相手は昨夜の怪現象を引き起こす相手である。

 一晩経過することでアレはなにかの間違いではないかと思うようになったが、それをもう一度確認しようかと思うかと言えばそれは否である。

 確認するとなればそれは俺の肉体的、精神的にかなりの消耗をもたらすことは確実であり、しかもそれによって得られるものが俺は何をしてもこのクソ天使に抗うことが出来ないという敗北感である可能性が高い。

 そう考えるとそれを確認などとてもではないがしようと思えない、それならばその時に一か八か仕掛けてみるという方がまだ希望がある。

 よって必然的に考えることは試練を乗り越える方法になる。


----


 思い出す事は昨夜の夕食を頂くとともに清水さんにした相談。

 クソ天使による多少脚色した事実説明をすることで清水さんには一定の納得ともにアドバイスを貰えたのは幸いであった。

 しかしその話自体は俺の尊厳と名誉を甚だしく損なうものであり、清水さんの目の前でなければクソ天使を殴っていただろう。


「なるほど……そういう訳があって、私に告白したのね」

「ええ、まぁ。そういう理由でして……その、すみませんでした」

「悪いと思って反省しているのなら怒らないわ。でもこんなこと二度としちゃだめ」

「……う」


 着地点から言えば、俺の清水さんへの告白は好きな相手への事前練習ということになった。

 更にクソ天使による説明で俺が清水さんにそういったが会話に出てこなかったのは思春期ならではの羞恥と葛藤ということへと捻じ曲げられた。

 第三者による説明、それもこうして訪ねてくる間柄の相手からということもあり清水さんは納得してくれたようだった。

 そのため度胸試しの相手ということにさせられた清水さんとしてはいい気はしなかったのも当然の話であり、こうして叱られる羽目になったという訳である。

 俺としては成功と失敗どちらの結果になっても悪くないと考えていただけあってこの結果は目論見も外れて散々であった。


 しかし今後、清水さんは温かい目で俺を『思春期らしい高校生』などと見てくることになることは想像に難くない。

 それを否定することが出来ない俺としては大変辛いものがある。

 そして横の天使が自信に満ちた顔で俺を見て笑ったことがひたすらに俺の感情を逆なでする。


 俺はそんな感情に自分を支配されつつあったが、これはいけないと自分で思考の問題を自覚して冷静さを僅かに取り戻す。

 過ぎたことに関して文句をたれていても何も生まれない、ならば今できることをやるべきである。それが自分だ。

 そう思考を不完全ながらも取り戻した俺は清水さんに助言を請うことにした。


「えー、それで何かアドバイスとか貰えませんか?」

「うーん……難しいかな、ちょっとでもいいからその子の事教えてもらえない?」

「それはちょっと難しいですね」


 それもそうだろう、そんなやつは現時点で存在しないのだから。存在しないやつの事は言うことは出来ない。

 自分でも難問を清水さんにぶつけていることは自覚しており非常に心苦しかった。

 しかしそれ以上にここまで精神的、名誉的なダメージを受けているのだからなにか手がかりを貰えるのならば貰いたいところである。


「あ! これ、美味しいですね! 清水さん、おかわりとかありますか!」


 だがそんな俺の気も知らずに天使は横で図々しくもおかずの催促をする。

 こいつは初対面の相手に遠慮というものがないのだろうか。いや、実際ないのだろう。遠慮があれば俺に対してマシな対応をする。

 しかし清水さんはやはりいい人だった、このクソ天使の図々しい催促に応えて席を立つ。


「うーん、最初は相手を褒める。とかいいんじゃないかしら、褒められて嫌な気になる人ってあんまりいないもの」

「へぇ、褒める。ですか」

「あ、でも適当に褒めるのはとうぜん逆効果よ。褒めるって言うことはそれだけ相手を見てますよってことなんだから、ちゃんとそう思ってくれるようにしなきゃ意味がないもの。適当に褒めるってことはあなたを適当に見てますよってことになるの」


 おかわりをクソ天使に渡す清水さん。

 褒められることに関してそれが好感度に繋がるというものは自分の感覚ではよくわからない。

 だが褒めるという行為で自分が興味を持っているアピールと好感度を稼げるという観点はなるほどと思う。

 第一、いきなり付き合ってくれなどと言うのは段階をあまりにも飛ばしすぎているのだ。

 そういう視点で見ていなかった相手から告白されても戸惑うだけである、断られるのは当然と言えよう。そうでない場合は相手側からも同じ感情を向けられているだけだ。

 なので自然にその段階を踏むことが可能な手段の具体例を出してくれるのはアドバイスとして有用であるように感じる。


「どうもありがとうございます、清水さん! 清水さんの御飯とても美味しいです! 毎日食べたいくらいですよ!」

「ふふっ、どうもありがとう芳佳ちゃん。美味しいって言われると作った甲斐があるもの」


 このクソ天使がわざわざ実例としてやっているのかどうかはよくわからないがニュアンスを理解出来る。

 褒める場合は具体的であったり、自分がどう好意的なのかを示すべきなのだろう。

 曖昧に褒めるというのは、心にもないことを言うことである。

 それは決して好意的にはとられない、いつも注意していることだが改めて確認してよかったと思う。


「後はそうね……真剣なことかしら。 一度冗談に思われちゃうと、それ以上は難しくなっちゃうかも」


 清水さんの言うそれ以上とは友人関係以上、という意味だろう。

 確かにそうだろう、軽薄であるということは相手もそれに応じる形で対応する。

 それは一種の親しみやすさを覚えるらしいのだが、男女としての交際を求めるのならば軽薄な態度は問題なのだろう。

 とすると告白するとしたら一人、二人くらいが限度になる。

 それ以上すればちょっとした噂になることは確実であり、この情報化社会では瞬く間に広がることになるだろう。

 そうすればだれもまともに考えはしないだろう。


「最後は勢いかな? ……さっきみたいに一回断られてすぐ引き下がっちゃうのは、ちょっとね」

「……清水さん、怒ってます?」

「怒ってないけど、これぐらいはしても罰は当たらないんじゃないかしら」


 と笑いながら返してくれる清水さん、どうやら別に怒っているわけではないがそれで仕返しとしてからかってみたいのだろう。

 しかしこの清水さんのからかいの正当性に関しては完全に俺の身から出た錆であるので甘んじて受け入れるしかない。

 そして清水さんのアドバイスはこの言葉で締めくくられた。


「あ、でも相手がものすごーく困ってたら諦めなさい」


 それはとてもいい言葉だと思った、クソ天使よ俺は困ってるので諦めて帰ってくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る