第1話:Cパート
「――で、秘策ってのは何なんだよ」
とりあえず不安しか感じ取ることの出来ないその秘策とやらに尋ねてみる。
この天使が建設的な意見を言ってくるのならばそれは助かることであるし、試練に対してどういうスタンスを取ってくるのかそういう様子を見る意味もある。
「手当たり次第、女の子を口説きまわるんですよ! 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦です」
「それ、ただの無策だからな。いいかげんにしろよ」
「お、秘策ならぬ無策というわけですね! 上手いこといいましたね、天春くん!」
秘策は案の定、実にろくでもないクソみたいなものだった。
そしてついでとばかりに天使の奴は余計なことも言ってくる、非常に腹立たしい。
やはりサイコパスの疑いがある以上、この天使にまともな意見を求めるのは全くの無駄だった。
試練に対してもクソ天使は愉快犯じみたスタンスを崩さないことも判明した。
どうやらこの試練とやらは俺がなんとかしなければならないら、となればこの試練について幾つか質問しておく必要がある。
「大体、百歩譲って俺が愛の無い人間だとして。だ」
と話をこちらから切り替えることで会話の主導権を取り戻す。
説明を促した時、天使が素直に応じた辺りから試練とやらに積極性を向ければそれに答えるだろうと思ってのことだ。
「なんでそれを克服する試練がいきなり恋人作りなんだよ。段階飛ばし過ぎじゃないのか? まずは友人くらいでいいだろう」
まずはこれだ、何故愛がない=恋人を作ることなのだろうか。
前向きに挑む態度を示しつつ条件の緩和を試みてみる、相手がクソである以上期待は全くない。
しかしこれに成功すれば儲けものだ。打っておいて損はない手である。
「いや、そのぐらい一気にいかないと天春くん他人と距離詰めようとも思わないじゃないですか。少なくともそう主は判断なされたのでしょう」
当然な顔をしてこちらの提案を却下してくる。
何を言っているのだろう、こいつは。という困惑したような表情を天使はわざわざ作ってくる。
わざわざそんな顔を作る必要があるのだろうか。
「千歩譲ってそうだとしても時間がなさすぎると思うんだが」
「いや、これぐらい切羽詰まらないと行動移さないじゃないですか。少なくともそう主は判断なされたのでしょう」
二つ目の提案も当然の如く却下してくる。
「それに最後の一日に慌てるのでしたら、最初から期限がないのと変わらないですしね! 頑張りましょう!」
「その理屈はおかしいだろ!」
「もう、いくら駄々をこねたところでこれはもう決定事項なので諦めてください! ほら天春くんもちゃんと考えましょう! 私は特に困りませんが、天春くんは死んでしまいますからね!」
条件の緩和は一切妥協しないという強い意志でこちらの意見を拒絶してくる。
どうやらこのクソ天使は何が何でも恋人関係を作らせたいのだろう、ということは理解した。
天使は天使でこちらが試練に前向きであると判断したようだった。
「まぁ、でもいきなり相思相愛とかそういうレベルでこちらも求めてませんから。形だけの恋人って事でも大丈夫ですよ!」
「めちゃくちゃ嫌な事をいうな、お前」
あまりに天使が舐めた事を言ってくるため思わず突っ込んでしまった。
だがそれは同時に重要な意味を持っていることに気付く。関係性だけでいい、だと。
「いざとなれば天春くんがお金を出して恋人になって下さいってやっても、それを受け入れてもらえればOKです!」
さらにこいつは金銭的な取引での関係構築も考慮に入れて、それを許容しているとのことだ。
そこに愛とやらはないだろうと思うのだが、そもそもこいつ自体理解することの出来ない存在なのだが。
「あ、でもアレですよ! 恋人でもえっちとかそういうサムシングはダメです。 高校生の天春くんには社会的責任能力はありませんし!」
そして完全に余計な事を注意してくる。
こいつは余計なことを口にしないと死ぬのだろうか、そうなら黙って死んでもらいたいものだ。
目標は確認できた、では次に気になるのは恋人か非恋人なのかをどうやって判断するかだ。
「大体、それどういう基準なんだよ。判定が曖昧すぎんだろ」
「そこら辺は今後も相手側は天春くんとカレカノ的な関係になっていることを考えているかどうかですね」
天使の回答から相手側も恋人である、あるいは付き合っているという認識を持つことがクリア条件なのだろうかと考える。
しかしそれをどうやって判断するのだろう、そう宣言でもさせるのだろうか。
そう考えた俺は次の質問をしようとする、だが先にクソ天使は手をこちらに突き出して自信に満ちた笑みでそれを制してきた。
「しかしご安心ください。そういった不安に答えるため、アイテムを用意してあります!」
当然ながらクソ天使に安心してくださいと言われても安心などできるものではない。
こいつは自分でそう言って本当に俺が安心すると思っているのだろうか、そう考えているとしたらサイコパス以外の何物でもない。
それはそれとしてアイテムとこいつは言った、道具を使って判定を行うつもりなのだろうか。
「カップル判定機~~!!」
そしてどこからか取り出したのは、何やら玩具じみた機械。
機械はとても古い漫画にありそうなレトロなデザインをしていた。
「まぁ、これがピピッ! となれば成功ですよ。それでOKなのでがんばってください!」
「なめてんのか」
クソ天使の態度はやはりこちらをなめているとしか思えなく、俺もそう口に出してしまった。
だがクソ天使の様子を見るとどうやら本当にこの謎の道具で判定するとのことだ。
この道具の存在自体、到底信用出来るものではないがそういうものだ割り切らなければならないだろう。
しかしこれであくまで最終手段の話ではあるが、その手の仕事についている女性を使っての最終手段も取ることは出来ないという話にも繋がるのだろう。
とするとあの話は程度の問題ということになる、本当に形だけでもそうしたいらしい。
とはいえ俺の生活費もそれほど多くはない、この試練が継続するものならばコスト的にも無理があるためそれ以前の話である。
命に変えられないとはいっても無い袖を振ること自体無理なのだから、仕方がない。
おおよその状況把握はこれで完了した、こうなれば現時点で打てる手は打っておくべきだろう。
俺は立ち上がって、部屋を出ようとする。ふと時計を見れば時間はもう十九時を回っていた。
「おや、天春くんどうかしましたか? 急に立ち上がって。トイレですか?」
「違うわ! お前が頼りにならない以上、自分でなんとかしに行くだけだ」
「え、天春くんに女性のあてがあったんですか!? 本当に!?」
随分と驚いた風にオーバーリアクションするクソ天使。
俺はその反応に対し説明を邪魔しないため控えさせていた拳をクソ天使の脳天を直撃させる。
今までよく我慢していた、こいつが口走る度に殴る衝動をよく我慢していたと褒めてやりたい。
「痛いじゃないですか天春くん! でも人が悪いじゃないですか~、さっきはそんなのいないって言っておいて~」
「いや、別に自信があるわけじゃないからな。少しでも可能性があるのならとりあえず試してみるってだけだ」
思いついたのは本当に物は試しという程度のものだった、成功する見込みは殆ど無いと言ってもいい。
しかし失敗したとしてもその後の事を考えるとそれほど悪いものではないと思っている。
それを実行すべく、俺は自分の部屋を出た。
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そして俺が訪れたのは清水さんの部屋。彼女はこのアパートの一階に住んでいる。
「あ、士郎くんどうかしたの?」
「清水さん、俺と付き合ってくれませんか?」
清水さんとはそれほど親しいわけではないが特に嫌われているわけではないという間柄。
年齢も清水さんは二十四歳、対する俺の年齢は今年で十六。それを始めとした事情などを考えると能性としては非常に低いだろう。皆無と言って良い。
成功確率は万が一のレベルであり成功すれば儲けもの以外の何物ではない。まさにとりあえずやってみただけである。
成功するとは到底思ってはいないが、これで成功すれば殺害予告を回避……出来るかどうかは甚だ疑わしいのだが天使の対応をみることが出来る。
天使とそれを指示している神がルールを守るのかどうかを、である。
もちろん、クリアすることで関係が終わるのが一番いいのだがあのクソ天使の態度を見ると判断は難しいところだ。
今後ということも想定できるのであればそれを見据える必要がある、できるだけ自分が主導権を握り状況を把握するべきだ。
だが、どちらかというと失敗した後こそが俺の狙いである。
いい人である清水さんのことだ、断ったことを気にして俺への干渉が減るだろう。それはそれで俺にとって都合がいい。
俺から清水さんを邪険に扱うことは難しい、ならば相手から離れていってもらった方がこちらとしては助かるというわけだ。
「えっと……それは晩御飯の話?」
「そうではなく、恋人という話で」
今までそうしなかったのは下手に関係性を変えるリスクを恐れていたから以外にない。
問題なく回っているのならば多少の不満は許容するしなければならないだろう、苦痛であってもそれは耐えられるレベルだからだ。
しかし、このような非常事態になればそうも言ってられない。可能性潰す必要があったし、ついでに改善出来るものなら改善は試みるべきである。
どちらに転んでも悪くはない、まさにこれこそ打っておいて損はない手そのものだろう。
もちろんこれで成功したほうが話がスムーズに進むため嬉しいというのは言うまでもない。
当然ながら清水さんは困った顔をする、それを心苦しいと思うが仕方がない。
「それはちょっと……ごめんなさいね。士郎くん」
「いえ、すみません。 変なことを言ってしまって」
俺の予想通りに申し訳なさそうに断る清水さん。
俺はそれに用意しておいた言葉を言って部屋へ引き返すべく、それでは失礼しますと清水さんに伝えようとしたその時のこと。
「でも、何で急に士郎くんはこんなこと言い出したの? 良かったら私に教えてもらえない?」
などと先に清水さんはこちらを引き止めてきた。
俺は目論見は見事に外れたことを理解する、しかもそれは俺にとって都合の悪い方向へと向かっていくことも。
なにしろ俺が見たこの時の清水さんの表情はこちらを慮って心配していることが伝わるものだったからだ。
「は? え?」
当然、俺は困惑してしまう。
俺は恋愛事情とは人間関係において極めてデリケートな問題であると認識していたからだ。
踏み込めば文字通り関係性の一線を超えてしまう、なのでそれを拒否するのであればなるべく関わらないようになると考えていた。
それをこうして逆に踏み込んでくるとは完全に想定外の出来事であった。
「士郎くんってあまりそういうことに興味がなさそうだったから、何か事情があるのかなって」
「え……そう見えます?」
俺の人間嫌いが見透かされていたのだろうかと思い、咄嗟に問い返してしまう。
俺としては細心の注意を払っていたのだが、これで見透かされていたとしたら俺は完全な道化だ。
「そう見える……というか。学校の話してくれる時って全然そういう話にならないもの」
どうやらそうではなかったらしい、思わず安堵してしまう。
しかし言われてみればそれもそうだと納得するしかなかった。
俺がする学校の話というものは俺の周りにある薄い人間関係周りをベースにしている。
好いた惚れたという関係性に対して興味は微塵もなかったのだから、必然的にその手の話はしないだろう。
そんな人間が急に告白などしてくるのだ、いい人である清水さんはそれは心配するのも当然の話だろう。
「女の子と話すの苦手なのかなとか思ったりもしたけど……結構私と話たりするしね。そのあたりから何でかなぁと」
完膚なきまでに筋の通った話だった。
俺は自分の事は冷静に客観視出来ていたと思っていたし、清水さんのこともいい人であることも理解していた。
だがその見通しがあまりに甘く、完全に俺が自分で墓穴を掘った形である。
しかし打ちひしがれている場合ではない、この状況を収拾するしなければならないだろう。ここで逃げ出したら不審極まりない。
さて、どうしたものかと俺が思案を巡らせようとしたその時だった。
「あ、それについては私が!」
と飛び出してくる人物。それは言うまでもなくクソ天使だった。
清水さんは突然現れた天使に驚く。
それもそうだろう、今まで見たこともない人間が突然話に割り込んでくるのだ。驚くに決まっている。
「士郎くん、この子は?」
「あー……」
清水さんが俺に訪ねてくるが、俺は状況の変化についていけず言葉が詰まってしまう。
この突然現れたクソ天使は俺が連れてきた形となるのだから俺が答えなければならないだろう。
しかし俺としては先程の収拾をどうつけるか考えなければならない。
俺のそんな考えなどお構いなしに横の天使はとんでもないことを続けてほざく。
「士郎くんの親戚で芳佳といいます! おじさん、おばさんに心配だからと相談されて士郎くんの様子を見に来た次第です!」
「そうなの? 士郎くん」
この天使と肉親であるなどという話は俺にとって全く不愉快極まりないものだった。
しかし俺にそれ以上の代替案があるわけでもない、それにこの発言を覆すと話を拗らせることになることは想像に難くない。
それは面倒なことこの上なく、これ以上の面倒事を抱えたくない俺としてはそれに乗っかるしかなかった。
そして隣のを見てみれば天使がナイス判断でしょうと言わんばかりの得意げな表情をしていたのがまた腹立たしい。
「ええ、まぁ。そういう関係です、非常に遺憾ながら」
だからせめて溜飲を下げようと不満の一つも零すのも仕方のないことだろう。
俺の確認を取れたことに清水さんは納得したようだった、これを信じてくれるあたり清水さんはいい人である。
しかしそれが俺にとって都合がいいことに繋がらないのが、辛いところだった。
「はじめまして芳佳ちゃん、私は清水千歳。 このアパートの大家兼管理人よ」
「へぇ、士郎くんに聞いてましたがお若い! それに可愛いなんて士郎くんは幸せものですね!」
そんな俺の思いなど知る由もなくクソ天使と清水さんは自己紹介を済ませていた。
清水さんはいつもどおりの清水さんであり、クソ天使はまともそうに振る舞っていた。
二人は互いに楽しそうに会話をし始める。
「あ、芳佳ちゃん。晩御飯はもう食べた?」
「いいえ! まだです!」
「そうなの、良かったら一緒にどうかしら」
「いいんですか? ではご相伴に預からせていただきます! いいですよね、士郎くん!」
そして気がつけば晩飯をどうするかなど話している。
クソ天使の介入により清水さんの追求を逃れられそうな空気になったことに関しては天使への悪感情もあり素直に喜ぶことは難しい。
しかし俺の個人的な感情はひとまず置いておいて、空気に乗じて有耶無耶の内にここから離れたほうが賢明だろう。
どうやらこのクソ天使は俺以外の人間に対してはまともな対応をする様子も見せている。
「ああ、清水さんに迷惑かけるなよ」
と俺はさり気なく自然な流れでここから離れようとする。
だが何故なのだろうかと言うべきかやはりと言うべきかクソ天使は俺の邪魔をしてくるのであった。
「何言ってるんですか、士郎くん! これから清水さんを交えて恋愛会議ですよ!」
俺に逃げるという選択肢など存在しなかったらしい。
その後はこのクソ天使の宣言通り、清水さんを交えての会議となったのは言うまでもない。
――こうして俺の自由は破壊され、日常は蹂躙された。
残ったものは神とやらがよこした『明日の十七時までに彼女を作れ』という脅迫状。
不本意極まりないが死ぬと言えばやらざるを得ない。
そして俺は憂鬱とした気持ちで迎える、自分の生命をかけた運命の日を。
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