最終話:Aパート
「…………七瀬、どうしてここに」
俺は七瀬が家を訪ねて来たことに動揺して、その言葉を漏らした。
死を前にした俺の幻聴かと思い、足音を殺し玄関ドアについている覗き窓から外を確認する。
そこにいたのは間違いなく七瀬だった、何故という疑問が俺の頭を占める。
まず考えることはあれだけ酷い振り方をしたのだ、それに対し恨み言を言いに来たのかもしれない。
しかし、七瀬は放課後はバイトが入っている。いくら俺に怒りを感じていても今の時間で俺の家に来てまで間に合うのか。
七瀬の服は制服で学生鞄を持ったまま。本来なら家で夕食の支度をすませなければならないのにこの様子ではそれをしていないのだろう。
それだけ恨まれている、と考えるしかない。
ここでこんな失敗をするとは自分の見通しの甘さにほとほと呆れるしかなかった。
しかし、ここで応対する事はできない。
もう時間的余裕はなくなっている、下手に会って帰すことが出来なければ七瀬を巻き込んでしまうだろう。
だから俺は七瀬がそのまま帰ってくれることにかけて七瀬を無視することに決めた。
潰されて消えたと思った俺の良心が罪悪感で悲鳴を上げる。だが耐えなければならない、そうしなければここまでやってきたことが無駄になる。
ただ時間だけが進む。
しかし七瀬は動かない。俺が外に出ていると考えているのかずっと待ち続けている。
時刻はもうすぐ十七時になろうとしているところだ、猶予は十分を切ろうとしている。
待ち続ける七瀬を見て俺はバイトはどうしたのか、そんなに俺に対して恨んでいるのかという疑問が頭のなかで駆け回る。
来ないと思っていた七瀬が来て動揺している上に、時間的猶予がないことで俺は混乱状態に陥っていた。
それでも回らない頭なりに考える。どうするべきか、何をしなければならないかを。
そして俺はその答えを出す。
七瀬をこれ以上試練に巻き込みたくはない。
だから話があるならさっさと話して帰さなければいけない、このまま待ち続けても七瀬は帰らないそんな気がするから。
俺は携帯電話を拾いに戻り、七瀬の携帯にかける。
「……七瀬、なんで来てるんだよ」
それだけを俺は言った、できるだけ面倒くさそうに言えたと思う。
バイトはどうしたんだなどとは言わなかった。
今更の話ではあるが万が一、七瀬が勘違いして心配しているなどと思われたくはなかったからだ。
「私、天春くんに話したいことがあるの。だからそれを話に」
そういう七瀬の声からその言葉にどういった感情が込められてるのだろうか。電話越しの声からそれを読み取る事は難しかった。
だがその話の切り出し方から考えるのならば、その要件とはやはり恨み言なのだろうと判断する。
俺は覚悟することに決めた、既に腹の中がかき乱されているように気持ちが悪くなっている。
自責の念でこれだけの苦しさならば七瀬からそれを聞かされることはどれほどのことなのだろう。
同時にこれは罰なのだと思う。ここに至るまで俺は七瀬からそれを受けることを避けてきたのだから。
深呼吸をしてから、極めて俺は平坦にそれを告げた。なるべく七瀬がそれを吐き出させやすく。
「……それが終わったらさっさと帰れよ、俺にはもう七瀬に話なんてないから」
「うん……」
それに七瀬は頷いて、一旦話を区切る。
言いたいことが多すぎてそれをどう言おうかまとめているのだろうか、少しの間だけ俺と七瀬の間に沈黙が生まれる。
俺はそれを死刑宣告を受ける死刑囚の如く待つ、既にその覚悟をしていてもそれを聞かされることは恐ろしかった。
「天春くん、私」
七瀬はそれを言おうとして、一瞬言葉を止める。
俺はそれをはやる気持ちに言葉がついてこれないように感じた。
そして七瀬はその気持ちを俺に伝える。
「私、天春くんのことが好き」
出てきた言葉は俺が予想していないものだった。
完全に不意打ちだったせいか、それともなにか他の理由によるものか。俺はそれを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になってしまう。
七瀬は何を言ったのだろうか、理解が出来ない。俺のことを好きだ、と言ったのか。
「――――――」
当然、俺はただ言葉を失うだけだった。七瀬に何かを言わなければならない、だがそれは出てこない。
この時の俺はどんな顔をしていただろう。電話越しで助かった、と思う。
俺はとにかく必死に先程、七瀬が何を言ったのかを考えることにした。
聞き間違いでなければ、七瀬は俺のことが好きだと言った。何故、そう言ったのかまるで理解が出来ない。
電話越しだったからこそ七瀬がどんな表情でそれを言ったのか分からない。
そしてそれを玄関ドアの覗き窓で確認するは出来なかった、そうしようとは思わなかった。
「お、お前……なに言ってるんだ。今朝の事、忘れたのか」
だからやっとの思いで七瀬に返した言葉がそれだった、自分の耳で聞いてその声が震えていることが分かる。
もう一度七瀬に分からせるためにそれを言わなければならないと思うと心臓が締め付けられるようだった。
だけど言わなければならないだろう、そうしなければ話は終わらないだろうから。
「……俺にとってお前は、遊びで、飽きて捨てたんだぞ」
もう一度それを告げた、今度は不意打ちのような形ではなくちゃんと伝えられたと思う。
これでも、俺を好きだといえるのか。それでもそう言えるのなら、それは何故なのか。
俺は七瀬の答えを聞き逃さないと耳をすませた。
そして返ってきた言葉に俺はまたも言葉を失うことになる。
「……嘘」
七瀬の答えはその一言。
それはあまりにも単純で聞き間違えようがなく、そして俺にとって聞き逃すことの出来ない言葉だった。
俺はその言葉に動揺して何を言えば良いのかわからなくなる。
そして七瀬は言葉を重ねて、俺に問いかけてくる。
「嘘、なんでしょ? 天春くん」
「……嘘もなにも、本当のことだ。俺はお前を弄んだクソ野郎なんだぞ!」
七瀬の問いかけに俺はなんとか答えることが出来た。
こればかりは嘘ではない、事実だ。
七瀬がどう思おうと、俺は七瀬を試練を乗り越えるだけの踏み台として扱ったことには変わりない。
「七瀬、お前がどう思おうがこれは本当なんだ。だから……」
「ううん、そうじゃないの。天春くん」
だから俺はそれを使って逃げようとする、喋り続けてようとするが七瀬がそれに割り込む。そうじゃない、と。
俺は七瀬に負けじと何か言おうと思った、だが言葉が出てこない。
その時の七瀬の声に圧倒されたのかもしれない、それほどまでに七瀬が必死なのだと感じたからだ。
「天春くんが私と付き合ったのは天春くんが言うとおり遊びだったのかもしれない……私は天春くんじゃないからどうしてそうしようと思ったのは分からない」
よく考えて言葉を選ぶようにして七瀬はそれを言った。
七瀬の口から聞かされるそれは、自分自身で言ったときよりも俺の心を痛めつけた。罪悪感という刃が切り刻むようだった。
しかし七瀬の言葉はそれで終わらない、まだ続きがあるようだった。
俺はそれに耐えるしかない、今度はどんな言葉を聞かされるのか。歯を食いしばる。
そして七瀬は言葉を続ける、「でも」と。
「それでも別れる理由が飽きたからっていうのは嘘だと思って」
七瀬は確信しているかのように俺にそう言った。
なんでそう言えるのだろうか、俺には分からなかった。
だから俺はそれをそのまま七瀬に問いかける。何故、そう言えるのかと。
「……七瀬に何が分かるんだよ。どうしてそれを言えるんだ」
「だって天春くんすごく辛そうだから。無理してるように聞こえる」
そして返ってきた言葉はあまりにも単純なものだった。
無理をしてそれを言っているのだから、無理をしている以上はそうではない。
俺はそれになにも言い返すことが出来なかった、それは事実だったから。
「何か私に言えない理由で悩んでたのは分かってる。それでそう言ったんだろうって思うの」
七瀬は俺を、クソ野郎ではないと未だに信じている。
だからこそ俺の中にある七瀬への罪悪感はより膨れ上がり、俺の精神を引き裂こうとする。
辛かった、クソ野郎と罵られる方がまだましだと思った。
ようやく俺はそれを七瀬に零す、もう限界だった、
「…………止めてくれ、七瀬」
もう七瀬を気遣う余裕なんてない。
俺はただそれを七瀬に伝える、それで七瀬が傷つくことも構わずに。
「もう、辛いんだ。本当に。関わらないでくれ……七瀬、お前がそうだから。俺はとても辛いんだ」
懇願するように俺は七瀬に言った、それはどんなに情けない姿だっただろう。
お前と一緒にいるのが辛い、今までそう感じつつも言えなかったそれを吐き出した。
余りに理不尽だと、自分でも思う。
自分で巻き込んでおいて、辛いから離れてくれと言って。
七瀬は何を思っただろうか、しかしそれを想像しようにも今の俺にそれをするだけの気力はなかった。
「…………うん、分かった。この話が終わったらもう天春くんに私は関わらないよ」
七瀬は俺の弱音を黙って聞き、それから時間をかけて言った。
その声は静かな響きを持っていた、俺に対しての怒りや、呆れと言ったものは感じられない。
そこにあるのはただ伝えたい、という思いだろう。それが伝わってくる。
「だから話すね、それで天春くんが決めて」
そう言った七瀬に対して、俺はなにも答えなかった。黙って話を聞こうと思ったからだ。
それだけの気力しか残っていないということもあったが、なによりも七瀬のその声がそれを望むように感じられた。
そして七瀬は話し出した。それは自分の秘めてきた想いを打ち明けるような懺悔のようなそれだった。
「最初、天春くんが私に付き合ってくれって私に言った時……本当は断ろうと思ってた」
思い出すのは最初の試練のこと。
きっかけはそれよりも前だったと思うが、始まったのはそこからだろう。
「色々と私、忙しいから絶対に迷惑かけちゃうと思って。それに……そういうのはちゃんと考えなきゃいけないし」
困ったような表情をして、色々と俺に言ったことを覚えている。
七瀬は一生懸命に考えていたのだろう、随分と無理をさせてしまったと思う。
「でも天春くんすごく真剣で困ってたから。それでつい、付き合うって言っちゃったの」
七瀬は申し訳なさそうにそう言った、だが俺としては七瀬に罪悪感を感じてほしくなかった。
先に俺がそれにつけ込むようにしたという自覚があったからだ。
その時はなくても、七瀬という人間を知る度にそう仕向けたのだとそう思う。
「すごく失礼なことだって思ってる。迷惑かける事もわかってて、頼まれたからそれでってくらいので受けちゃって」
そういう七瀬に俺は逆にそのくらいだったのならどれだけ楽だっただろうかと思う。
しかしそれはありえない話だろう。あまりにも今更の話すぎる。
それにそんなに考えてくれる七瀬だからこそ俺は。
「……ごめんね、天春くん」
どんな顔をして俺に謝っているのだろうか、それを想像しようにも今の俺にはそれを考えるだけの余裕はない。
だがそれでも思う、七瀬は俺の身勝手に付き合わされただけなのだから謝ることなど一つもない。
「でも、そう思うのと同じくらい……あの時、すごく嬉しかったんだよ。あんなに真剣に付き合って欲しいって言われて」
違う、それはただ俺が自分の命が惜しいがための浅ましさだ。
七瀬という人間に対してそう言ったわけじゃない。
それを七瀬は勘違いしている。
「その後、私の家で……その、デートもしたよね。デートって言って良いのかちょっと分からないけど」
次に思い出すのは七瀬の家に上がり込んだこと。
あの時も俺はどう生き延びるかに必死だった、自分のことだけで精一杯だった。
「私、あの時はすごく恥ずかしかったんだよ。友達と家で遊んだこともそんなになかったし、男の子を家に上げたのなんてはじめてで……天春くんが家に上がった時はドキドキしてて、おかしくなっちゃいそうだった」
その時の俺にはそんな事を意識する余裕なんてなかった気がする。
ただやるべき事をしなければいけない、という意識ばかりが先行して七瀬がそんな事を考えていたなんて露ほども分からなかった。
「でも天春くんが私と一緒にいたいからって私のこと考えて、色々行きたい場所とかもあったと思うのに合わせてくれて……それがとても嬉しかった。天春くんと一緒に晩御飯の用意をして、勉強をしてすごく楽しかった」
それも違う、これも俺が自分のために無理やりそうした事だ。
七瀬を思いやっての事じゃない、俺が助かりたいがためにそうしたのだ。
それを七瀬は勘違いしている。
「……それで天春くんは夜の公園の事、覚えてる?」
忘れるはずがなかった、あの時の七瀬の笑顔はずっと俺の中に焼き付いている。
そしてその時も俺は自分の事だけしか考えてなかった、それだけしか頭になかった。
だから七瀬の笑顔を見た時に後悔した、今までの行いを。
「私が天春くんの前で泣いちゃった時の事……思い出すと今でも恥ずかしいなって思う。でもね、それだけあの時、天春くんがくれた言葉は嬉しかったんだよ。それで私、すごく楽になれた」
感謝するように七瀬は俺に告げた。
自分に伝えられる想いをすべて伝えようとしてくる。
だがあんな言葉は俺以外の誰にでも言える言葉だ。そんなに大層なものではない。
七瀬はそれを勘違いしている、そんな感謝するようなことじゃない。
「その時に、私は思ったの。ううん、それで気付いたのかな。ずっとドキドキしてたから分からないや」
七瀬はそう言って一度、言葉を切る。
少しだけ間が空く、その僅かな間に七瀬は自分の中で感情を整理しているのかもしれない。
「……好きだ、って。私は天春くんが好きなんだって」
そして時間をかけて七瀬はそれを言った、まるで大切な宝物をそっと渡すように。
どんな顔して七瀬はそれを言っているのだろう、まったく想像がつかなかった。
「こんなに色々と天春くんから貰っておいて、今まで言ってなかったなんてずるいよね。……ごめん」
申し訳なさそうに七瀬は俺に謝る。
俺はそんな事を七瀬が感じることはないと思った、俺はなにも七瀬に与えたつもりはない。
だからそれは七瀬の思い込みで、ただの錯覚だ。
そして、でも、と七瀬は話を続ける。
その声色が変わる。今までよりもはっきりと、強い意志を持ったそれに。
「わがままだって分かってる、それでも私にもう一度チャンスをちょうだい。天春くん」
そう七瀬は俺に頼む。
俺はそれに言葉で答えることはできなかった、ただ沈黙するしかない。
七瀬はその沈黙をを了承と受けとって――ついにそれを言った。
「私と付き合って。私は天春くんの事が好きだから一緒にいたい」
それは七瀬から俺への告白だった。
もう俺は逃げられない。七瀬を気遣うような名目は剥がされているし、クソ野郎であることもぶちまけた。
だから俺は本当にただ自分の気持ちをそのまま話すしかない。
「俺は……七瀬の思っているような男なんかじゃない」
そして俺は七瀬に答える。
七瀬の勘違いを正すように、自分にそんな価値なんてないと。
「俺は自分の都合で人の都合なんてお構いなしのクソ野郎だ、それに考えなしに人の大切なところに土足で上がり込む。……七瀬、色々振り回して随分迷惑をかけたはずだ。七瀬の都合なんて考えてない」
自分の命惜しさに七瀬という存在を踏み台にして、めちゃくちゃにかき回した。
七瀬がそれをどう言おうと俺の中でそれは変わることはない。
「……それに、あの夜の公園での言葉なんて俺でなくても他の誰でも言えたことだ」
親とか友達に言えないことでも聞く、彼氏ってそういうものだ。
そんな言葉、七瀬と付き合っていたら誰でもそう言うはずだろう。何も俺だけしか言えないことなんかじゃない、ありきたりの言葉だ。
「こんなクソ野郎の俺なんかじゃなくて、七瀬に相応しいやつは他にいる。……だから」
だから、七瀬の想いは受け取ることが出来ない。
俺がそう言おうとしたその時だった、七瀬がそれを遮る。
「……それでもね、天春くん」
そう言って七瀬は俺に呼びかける。
大切な事を伝えるように、間違いのないように、それはゆっくりと確かに伝えようとしてくる。
「天春くんが天春くんの都合だけでそうしたんだとしても……私はそれが嬉しかったんだよ。そこまでして、私を必要としてくれたことが」
七瀬はそう言って俺の自分勝手さを肯定する。
だからそれで思い悩まないで欲しいとそう言いたいのだろう。
「違う、俺はそんなんじゃない……」
だが俺はそれを否定しようとする。
七瀬がそれでも嬉しかったというのなら、俺はそれでも俺を許せない。
それでも七瀬は諦めずに俺に想いを伝えてくる。それは俺のことを労り、思いやるような優しい声。
「天春くんは夜の公園で私にくれた言葉を誰でも言えたことっていうけど……あの時、私にそれを言ってくれたのは天春くんだけなんだよ」
だから自分を卑下しないで欲しい、自信を持って欲しいと七瀬は言いたそうだった。
だがそう言われても俺は俺を許すことは出来ない、その言葉を否定しようと七瀬に向かって言葉をぶつけようとする。
「違う、七瀬。俺は――」
「……私は天春くんの事が好き」
しかしそれを言い切るよりも先に七瀬は何度目になるかの好きを伝えてくる。
俺は何も言えなくなってしまう。
そしてスピーカーから七瀬の呼吸音が聞こえる、緊張しているのだろうか。
何度か繰り返してからそれ言おうとする。
「それで天春くんは……私のことが――」
好き? と七瀬は俺に聞くのだろう。
そこまで聞かれたのなら、建前も虚飾も剥ぎ取られた今だったら。それを言うしかなかった。
「…………好きだよ」
俺は七瀬が言葉を繋げるように早く、その言葉に繋げるようにして答えた。
今まで、そう思わないようにしてきた。
その資格が無いと思ったから考えないようにしてきた。
「好きなんだよ、七瀬。お前のことが」
だけど一度、言葉にしてしまえばそれはもう押さえることが出来ない。
俺は七瀬のことが好きだ。
いつも頑張っているところが、他人のことでも一生懸命に考えるところが、他愛もない事を大切に思うところが。
俺はまだ七瀬の事を全然、分かっていないと思う。それでも好きだ。
でもだからこそ、七瀬が好きだからこそ――。
「だから、俺は俺が許せない……お前を弄んだ自分が許せないんだ」
そう思うしかなかった、俺と同じように七瀬を弄ぶような事をするようなやつがいるとしたら俺はそいつを許さないだろう。
それは勿論、俺も例外ではない。むしろ俺がそうだからこそ尚更そう思うのかもしれない。
「それでも……私は天春くんのことが好き、一緒にいたい」
しかし七瀬はそれでも、と言う。
俺が俺を許せなくとも、七瀬の存在が苦痛になることを伝えても。
それでも好きだと、一緒にいたいと。
「……俺は、お前と付き合う資格なんてないんだよ」
そういう俺の声は自分で聞いても弱々しいと感じる。
七瀬を拒絶する言葉はもうこれ以上思いつかないだろう、そうする気力ももうない。
そしてこれが俺が出来る最後の抵抗だった。
「私は……天春くんじゃないと、いや。天春くんがいい」
七瀬は俺に言った、他の誰でもない俺が良いと。
そこまで言われたらもう俺にはどうすることもできなかった。
俺が好きな七瀬がそう言ってくれるのなら俺は俺を許すしかなった。
こんなクソ野郎の俺を好きだと言ってくれるのなら、俺は俺のことを少しだけ好きにならなければいけない。
それでも自分が許せなくなる時があるだろう、七瀬に相応しく無いと思う時があるだろうの。その場合はそう思えるように努力をするしかないのだろう。
七瀬は俺にチャンスが欲しいと言ったが、それを貰ったのは俺の方だ。
もう一度やり直すチャンスを、生きたいと思えるチャンスを貰った。
俺は玄関に向かった。
そして玄関の鍵を開けて、扉を開く。
そこにいるのは七瀬、随分と外で待たせていたと思う。寒かっただろう。
出てきた俺に対し七瀬の表情はすこし困ったような笑顔で俺を迎えてくれた、その瞳には涙が溜まっている。
そんな顔をさせて申し訳ないと思うと同時にとても嬉しかった、こんな俺を待っていてくれて。
そして俺はそのまま七瀬を抱きしめる。
七瀬も俺を抱きしめ返してくれた。
七瀬の体温が伝わってくる、とても暖かかい。
そして答えを返す。もう一度始めよう、と。
試練などではなく、俺の意志で七瀬と一緒に歩いていこう。
「……俺も七瀬が好きだ。もう一度、付き合おう」
「うん、ありがとう。天春くん」
今度こそ間違えないように、両腕の中の七瀬を話さないように。
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