第3話:挑め!愛の笑顔!
第3話:アバン
七瀬に付き合ってもらうことが決定し、俺は試練をクリアした。
しかし俺に待っていたのは新たなる試練、その可能性は考えていたが実際にこうして出されると気の滅入る話だった。
俺はあの後、掃除を終わらせて他の掃除当番とともに帰路につくことになった。
その途中、考えてしまう。それは当然ことながら次の試練についてである。
「三日後の24時までに七瀬を心から笑わせなければ死ぬか」
口に出して、試練の内容を再確認する。
心から笑わせなければ、というのは一体どういうことだろうか。そのように表記されているのならこれは考えなければいけない問題である。
しかし、心からなどというものはあまりに漠然としすぎていて判断に難しい。一体これはどういうことだろうか。
というように俺が次の試練について考えている時だった、横からやかましい声がかけられる。
「今度は三日もありますよ、天春くん! これなら天春くんも文句を言わないでしょう!」
その声の主はもう驚くわけでもないクソ天使その人であった。
あの後こいつは伝えるだけ伝えてどこかに消えたのだが、今はこうして帰り道の途中でこいつは合流して来ている。いちいち現れたり消えたりと忙しいやつである。
そして俺を見てそんなことをほざくクソ天使の顔はこちらの悩みなど知らぬと笑みを浮かべている、その面は俺としては非常に苛立たしいものだった。
生憎と俺は今もこうして悩んでいる最中で文句なら腐るほどあるのだ。
せめてささやかな抵抗であると自覚しているが俺はこのクソ天使の認識を改めるべく不満を零すことにした。
「文句なら腐るほどあるぞ、まず俺が死ぬとかいうふざけた話からだ」
「ノー、その話は私も散々しました! また蒸し返すのは不毛なのでノーサンキューですよ!」
クソ天使は腕でバツ印をつくり俺の不満を切り捨てる。
俺も別に不満を零したからといってが改善されるとは思っていたために溜息だけにとどめ、思考を切り替えることにした。
当然、思考の行き先は決まっている。試練のことである。
「はぁ……分かってる。で、三日か」
期間は三日間、先程までの試練に比べたら随分と余裕があるがそれでも短いと思う。
目標は曖昧であると先程、再確認したばかりである、これで余裕があるとは到底思えない。
「それに心からってどういうことだ? 訳わかんねぇな」
なのでそのままこの疑問を口にする、このクソ天使はこの訳の分からない試練に関してはある程度の誠実さを持っているように見えた。
根拠は以前の試練で行った質疑応答でこいつは質問には答えてきた、ならばと思い今度もそれを狙ってである。
とはいえこのクソ天使を信じることなどは出来ない、正直なところでは余り期待はしていなかった。
「あ、これはですね。天春くんがやるかどうか分かりませんが体をくすぐったりして笑わせたらいけないってことですね」
俺に疑問に答えるクソ天使、どういう理屈なのかは分からないが試練の不明点には律儀に答えるようである。
体をくすぐってはいけないとなるとやはり精神的な満足を重視する試練なのだろう、反射ではクリアにはならない。
ではその心からとはいったいどの程度のものによるものなのか、何をもって心からと定義するのだろうか。
そう考えた俺はクソ天使にさらなる疑問をぶつけてみることにした。
「じゃあ、漫才とかギャグで笑わせるのはどうなんだ?」
「満足して笑ったのなら問題ないですよ! まぁ、天春くんが面白いこと言えるとは思えませんが!」
何故俺が漫才やギャグをすること前提なのだろうか、本当に余計な事をわざわざ付け足してくるクソ天使ではある。
しかし満足すればそれも問題ないとの答えである、役に立つかどうかは分からないが情報は一つでも多いほど良い。
満足させて笑わせる。それがこの試練を出した存在の意図らしいが、やはりこれでも漠然として難しいことには変わりない。
「……で、それはどうやって判断するんだ」
腹立たしいが俺はクソ天使への制裁よりも話の進行を優先させることにした。
ここで話が途切れてしまえばその分、俺の精神的疲労が大きくなることが容易に想像できるからである。
とはいえ別に俺の怒りが鎮まるわけではないので話が一段落したら怒りを存分に解放するつもりだ。
「ご安心ください! それはこれで判定させていただきます!!」
俺の質問に対しこいつはどこかからか玩具じみた機械を取り出してくる。
それを見た俺の内心は呆れ、疲労、不安が混じり合ったような嫌な気分になった。
クソ天使が出したという事実を抜きにしてもそんな気分になってしまう、俺を舐めているのだろうかこいつは。
「笑顔判定機~~~~っ!!」
「おまえ、俺が以前の機械とと見た感じデザイン変わってないからな。適当に出してるだろ」
俺がそんな感情を抱いた理由は極めて単純だった。
クソ天使が取り出した笑顔判定機なる機械はよく見なくても先のカップル判定機とかいうふざけた機械と殆ど同じものにしか見えなかったからだ。
俺に同じものを出して別の機械だと言うことにしているのではないか、と疑うのも無理はないだろう。
なにしろ相手はクソ天使である、俺を馬鹿にしていることも十分に有り得る。
「何言ってるんですか、失礼な! これはちゃんとした主公認の公式判定グッズ、カップル判定機とは全くの別物ですよ! 不敬なことは言わないでください!」
しかし天使は心外であるとばかりに否定してくる、どうやらこの機械とカップル判定機は別物らしい。俺には違いが分からない。
それと主公認の公式判定グッズという訳のわからない言葉に関しては考えないようにする、考えても意味は無いからだ。
そんな俺の様子に不満をもったのかクソ天使はよく見ろと言わんばかりに俺に機械を突きつけてくる。
「あと、ここらへんが全然違うので全く同じではありません! 訂正してください!」
だが突きつけられても俺には全く区別などつかないし、果てしなくどうでもいい。
そんな今の感情を素直に口に出してしまいそうになるがそうするとまた喧しくなるので、
「ああ、そうだな全然違う」
と適当に相槌をうつことでこいつを納得させることにした。
天使としてもそれで納得したのか、元々それほどこだわってはいなかったのかあっさりと引き下がる。
「あ、今回は天春くんが持っていてくださいね! さっきの試練と違って今回は非常に判断が難しいと思われますから!」
そして天使は例の機械を俺の掌の上に乗せてきてそんなことを言ってくる
クソ天使は一見聞けば納得するであろう理由だったが、俺としては素直に納得出来ない話だ。なにしろ相手が相手である。
この機械が本当に判定機である保証など無く、それどころか遠隔操作の爆弾の類であるとも考えられる話だ。
それに俺としては使い方など分からない機械を持たされても困るという話でもある。
「あ、使い方は心配しなくて大丈夫です! 今からスイッチを入れておきますので持っていればすぐに反応ピピッとなりますから!」
俺の抱いた機械の使い方に関する不安だけは察したクソ天使はそんなことをいい、機械を弄り俺に握らせる。どうやら本当にスイッチが入ってしまったらしい。
そのままこの機械を何処かに放り投げて捨てたい気持ちでいっぱいだったがこの天使のことである。
荷物にいつの間にか紛れさせておくなど朝飯前だろう、抵抗など無意味であると十分に理解していた。
遺憾なことであるが俺は機械を受け取って、服の中に突っ込んだ。極めて不本意である。
しかしこのまま黙って受け取るというのは精神上よくはない、無駄だと分かっていても不本意であることは口にすべきである。
それは言ったという事実は幾分か気持ちを楽にさせるからだ。それにこいつの言うがままになったという感覚はやがて諦めによる精神面での従属という事態を引き起こしかねない。反骨心は常に持っていたい。
「それはありがたいことで」
「ふふん! そうでしょう、感謝してください!」
そして俺の感情たっぷりに吐いた皮肉はやはり無意味であった。
とはいえ元々反骨心を保つだけに吐いた言葉であり、特別こいつの反応に期待など全くしていない。
とりあえず言うべきことは言った俺はクソ天使の戯言を無視して試練について思考を切り替えることにする。
「しかし笑顔にする、か。漠然としすぎててどうすれば分からないな」
「あ! 無視しないでくださいよ!」
クソ天使がなにやらうるさいが気にするだけ無駄である。俺は目標である笑顔について考えることにした。
笑顔についてある程度ではあるが定義されたはいいがどうやってそれを引き出すか、となると難しい問題である。
なにしろ俺は七瀬の好みなど全く知らないのだからどういう手段に出れば良いのか見当がつかないのだ。
そう俺が考えていると嫌な視線を感じる。そちらの方を向いてみればクソ天使が俺を見ているのである。
「でもそんなお悩みの天春くんにこの私が一つ知恵を授けますよ!」
「……はぁ」
なんなのだろうかと俺が思っていると、クソ天使は自信満々にそう話を切り出してきた。
相変わらずのどこからくるのか分からない自信に満ち溢れており、俺としてはうんざりするのも無理はないだろう。
当然ながら俺はそれに全く期待などせずにできるだけ聞き流す姿勢を作り精神的な疲労を和らげようと努力しようとする。
しかしクソ天使から出た言葉は俺の想像を超えたものであった。
「ふふ……期待して聞いてくださいね! 天春くんがやることは……デートですよ! 天春くん!」
「……デート?」
まず俺はこいつが何を言っているのか全く理解ができなかった。
デートという単語と意味は理解できる、それがこの試練を打開することに有効であることも理解できている。
だから理解できなかったのはこいつの発言の内容ではなかった。
「そうデートです! 天春くんと七瀬さんは付き合いだしたばかりの恋人! であればデートをするのも当然の流れ! その勢いでこう一気に急接近しちゃったりしてですね! 七瀬さんを笑顔にしちゃえばいいんですよ!」
俺はこいつの言葉に全身が震えだすような感覚を味わう。
そのせいだろうか、絞り出した俺の声が震えてしまったのは。
「お、お前……」
「何でしょうか、天春くん」
なにか問題でも? と言わんばかりの顔を俺に向けてくる天使。
問題はない、問題はないのだが――
「俺がいないところで悪いものでも食ったのか……? まさかお前から割りとまともな話をしてくるとは……」
ついに俺はこの驚愕の事実を吐くことが出来た。
このクソ天使がまともな提案をすることなぞ露程にも思っていなかったのだから。
なんということだろう、明日にでも大きな事故が発生する予兆なのではないのか。
「な! なんて失礼な事を言うんですか天春くん! 私はいつも天草くんの為を思って発言してますよ!」
しかしこれを不服であるとばかりに抗議してくるクソ天使。
俺としてはどのあたりでその結論が出るのかと言いたかったがわざわざ突っ込むのも面倒な話だったため特にそうはしなかった。
クソ天使にしては極めて真っ当なアイデアを出してきたのだからそれに関して考えるほうが建設的であったからだ。
「……しかし、デートか。付き合ったから誘うというのは自然かもしれないな。どうするか」
俺はデートについて考えてみることにしたが、浮かぶのは漠然としたイメージである。
それは遊園地だとか水族館だとかそういった場所に男女で遊んだりするというだけのもの。イメージばかりが先行して上手くまとまらない。
これはいけないと思う、デートという手段に頼るのであればそれについて理解を深めなければ話にもならない。
となれば誰かからのアドバイスをもらうのが一番である、それになにかしらの具体的な取っ掛かりを貰えればなお良い。
と、俺が考えていると天使は懐から手帳を取り出し俺に見せつけながら自信たっぷりに方針を提案してくる。
「ふふふ……天春くん、この私に任せてください! 既に百八のデートプランを用意してあります、どーんとおまかせください!」
「よし、清水さんに相談するか」
「あれーっ!?」
俺は天使を無視して清水さんの部屋に立ち寄ることに決めた、当然の話だ。
先の試練に対してある程度の指針が立ったのは清水さんのおかげである、報告も兼ねてということであれば訪問も不自然ではないだろう。
何かしらのアドバイスを貰えるであれば今回も心強い、少なくとも天使の用意したおぞましいデートプランよりは確実である。
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「良かったじゃない、士郎くん! 付き合えることになって!」
俺は予定通り無事七瀬と付き合うことが出来たと報告とお礼を言うという名目で清水さんの部屋へ訪問した。
清水さんは快く俺を部屋に招き入れて報告を満足そうに聞いて喜んでいたようである。
この流れならば七瀬とのデートに関して相談してもなにも問題ないだろう。
「その七瀬を今度デートに誘おうと思ってるんですが、そこで清水さんに知恵を借りたいと思って」
「うん、うん、デートかぁ。青春よね~いいわ、力になっちゃう!」
ぐっとガッツポーズをしてやる気を示してくれる清水さん、思った以上にやる気になってくれているようでこの状況は好ましい。
これならば意見を積極的に交わすことが出来、理解を深めるという目的は達成できるだろう。
出だしは悪くはないと判断するが俺には不安要素があった。
それは俺と清水さんの話に何故か同席しているクソ天使である、いるだけで不安になる存在だ。
「このザ・初心者彼氏である士郎くんに頼りになるアドバイスをお願いします、清水さん!」
「お前も普通に清水さんのアドバイスに頼る気満々なんだな」
「それはそうですよ! あの士郎くんが彼女出来たのは清水さんのおかげみたいな部分が九割くらいありますし!」
俺はこのクソ天使の調子に乗った台詞にいい加減にしろよと思ったがそれを口にだすことはしなかった。
この天使の言い分は業腹ではあるが事実である、俺は清水さんのアドバイスがなければどうすればいいのかわからなかっただろう。
失敗がそのまま死に直結する以上、慢心は大変危険である。既に俺は自身の見通しの甘さを痛感しているのだ戒めは必要である。
俺はこの試練に関して自分で指針を定めることすら難しいそれを正しく認識しなければならない。
以上のことからこのクソ天使の言葉は甘んじて受けるべきだと判断した、非常に癪ではあるが必要なことなのだから。
「それで清水さん、どうでしょう」
「デートスポットは退屈しないけど、そういうの苦手な子もいるでしょうし……」
俺が先を促すと清水さんは考え込んでしまう。
やはりというべきかデート場所に関しても思考停止はいけないのだろうという事実を確認する。
予めこの事態は予想できるが、それでもやはり識者に尋ねることで物事を認識するということは重要である。
予想はできてもそれがどの程度のものなのかを把握することは難しいからだ。失敗は許されない以上、物事は正しく認識すべきだ。
「うぅ~ん……これも人によりけりって話になっちゃうのよねぇ」
そしてこれもそういう話になるのだろう、人によって好みは変わるのだから当然の話である。
しかしそうなると非常に難しいと思う、なぜなら俺は七瀬のことを殆ど知らないからだ。
今日たまたま会話して勢いに任せて付き合ってくれと言ったら了承してもらっただけなのだから。
それでも一応というべきか七瀬に関する情報を持っているがそれを清水さんに伝えていいものかと判断に迷う。
まずは情報を明かさずに基本的なものを教えてもらい、それを状況に合わせて応用していった方が良いのではないかと考える。
しかし応用に関してはある程度の経験がなければそれを行うことは難しいだろう、指針すら自分で立てることすらおぼつかない俺に出来るかどうかは厳しいと言わざるを得ない。
それに基本的なものを聞いたとしてもそれは人によりけりという話に落ち着いてしまうのだろう。
であれば情報を明かすことで指針をを立てて突き詰めていったほうがまだ発展性のある話であると思う。
清水さんはいい人であるがゆえに俺の相談に乗ってくれているがそれで時間をダラダラと費やして良いわけでもない、俺の生死がかかっているとはいえそんなことを清水さんは知らないし話しても信じてくれはしないだろう。相談にもタイムリミットは存在するのだ。
危惧として俺の情報で清水さんが間違った結論を出してしまった場合、俺にそれを判断することは難しいと言うものがある。
しかしそれは内容を詰めていく最中でデートに関する理解を深めれば解決することも出来るだろう
そう判断した俺は清水さんに七瀬の事を話すことに決めた。
「そいつ七瀬って言うんですが、勉強とかバイトばかりであんまり遊んだこともないみたいなんですよ」
七瀬が付き合う際に言っていたことを口に出してみたが、新しい試練を課せられている俺としてはこの事実は非常に厳しいものがあると再認識する。
遊ぶ時間もなく、勉強とバイトばかりの人間にデートを誘うことは可能なのだろうか。
それも一ヶ月ほど期間があればなんとか調整がきくとは思うがそれも三日ではあまりに非現実的だと思う。
「そんなやつが喜ぶような場所ってどこか分かりませんか?」
「それってかなり難しくありません? 士郎くん」
こんなことクソ天使に言われるまでもなく難しすぎる問題だと分かってる、それに自ら案も出していないので完全な丸投げの形だ。
俺が清水さんの立場だったならいくら経験があっても答えることは難しいだろう。
本当に無理を言っていると思うが、だからこそ頼るしかない。
「うーん……その子がどのくらい忙しいのかわからないけれど何処かにデートに誘うってことは難しいかもしれないわね」
だが清水さんは俺の見立て通りにこの条件では難しいことを認めてしまっていた。
これに俺は事態を重く見ざるを得なかった。頼った人物が難しいと言ったのだ、であれば俺がそれを乗り越えるのは極めて厳しいだろう。
そうなればデートを行うという指針を見直さざるを得なくなる、まだ修正の効く段階だったのが幸いであるが次の手はどうしたものか。
そう俺が諦めて次の集団について考えようとし始めていたその時だった、清水さんは言葉を繋げる。
「だからちょっとした時間を見つけて一緒に居てあげるとかそういう方がいいかも」
それは一体どういうことだろう、俺なりに清水さんの言葉の意味を咀嚼して考えてみることにした。
ちょっとした時間で思い浮かぶものと言えば昼休みやら帰り道などが思い浮かぶ、そういうことなのだろうか。
「……というと、帰り道一緒に帰ったりとか勉強会やったりとかですか?」
「そうそう、そういうのでいいと思うわ。第一、負担になっちゃその子が楽しむのは難しくなっちゃうもの」
俺は貰った答えに対して具体例を出すと清水さんはそれを肯定してくれる。
確かに負担に感じている状態で何かを楽しめと言われても難しいだろう、筋の通った話である。
しかしそれで大丈夫なのか、とも俺は思ってしまう。
デートというのはなにやら頑張って特別な事をして思い出を残す行為だと俺は認識している。
だからこそ俺のイメージしたデートというのはどこか普段行かない場所で遊ぶというものだったのだ。
「それでも……それで本当に喜ぶんでしょうか。もっと……言い方はよくないかもしれませんが派手な方がよくありません?」
そのささやかな行為に対してそれはデートと言えるのだろうか、俺のイメージに匹敵するほどの効果を見込めるのだろうかなどと考えて疑問を口にする。
難問に対して答えてくれた清水さんには悪いとは思うが俺も失敗は出来ないのである。
考え過ぎ、と言われようがそれでも足りないくらいぐらいだ。
「そういう考え方もあるけど士郎くん、派手に遊ぶにはお金が必要なのよ。さっき士郎くんから聞いた七瀬ちゃんの様子からするとそれは難しいかなって」
しかし、そんな俺の危惧に清水さんはあまりに現実的な答えで返してきた。
それに高校生じゃ使えるお金もそんなに多くないでしょうし、と遠慮なく付け加えてくる。
ぐうの音も出ない正論。たしかに普通の高校生で派手な遊びをするのはきついだろう。
たしかに金銭的負担というのは否定材料としては十分すぎるものである。
そのあたり成績特待生でありつつもバイトをしっかりやっている七瀬相手にそういう事情は避けたほうが良いのだろう。遊んでいる余裕もあまりないのはそういう事情だと想像するにはあまりに容易だ。
その問題に対して一応、俺にも考えがあるが俺から見てもどうかとは思うがここはあえて口に出してみる。万が一の可能性もある、それに周囲の人間とのズレはなるべく少なくしたいという考えもある。
昨日から今日かけてそのあたりのズレで振り回されているのだから悪くはない判断だと思う。
「俺が負担するっていうのは、どうでしょうか」
「それを七瀬ちゃんが甘えてくれるなら良いと思うわよ」
やはりこれはよくない手だな、と再認識する。
七瀬は今日のバイトの件から誠実であり、責任感のある一面が見られた。
そんな人間に対し、自分が奢るから今日は楽しんでくれと言われても引け目の方が強くなるだろう。
であるならばやはり派手に遊ぶというのは下策なのだろう、しかしそれでも何かないだろうかとも考えてしまう。
そんな考え込む俺の様子を見かねたのか清水さんは口を開く。
「士郎くんが不安に思うのも分かるけど、こういうのって特別な誰かと一緒にいるっていう方が大切なのよ」
そう俺に諭すように言う清水さんだった。
そんなものなのだろうか、特別な誰かと一緒にいるというのはそれほど価値があるのだろうか。
付き合ったと言えど七瀬に対して俺はクラスメイト以上の感情はない、付き合わなければ死ぬと言われてそうしただけなのだから。
しかし七瀬は俺と付き合うことを了承したが俺のことをどう思っているのだろうか。
俺と七瀬とは元々接点はなく、今朝はじめてそのように振る舞っただけである。
それだけの関係でしかない相手が特別な誰かと言えるのか甚だ疑問である。
「だから自分に自信を持ちなさい。ね、士郎くん」
そう続けてくる清水さんだった。だが、それは申し訳ないが難しい話であると俺は判断せざるを得なかった。
なぜなら俺としては全く恋愛ごとになど興味はなく、必要に迫られてこんな事をしているだけである。
とはいえいくら難しいと言えどそれを求められているのならば俺にはそう振る舞う以外にはない。
そうしなければ俺は死ぬのだから、やれるだけのことはやるべきである。
そんな俺の様子が清水さんにどう見えたのか分からないが最後に清水さんは笑ってアドバイスを締めた。
「デートの基本は相手の事をよく考えて喜んでもらうこと。わかった?」
それに俺は頷く、いい言葉だと思う。
俺のことなどお構いなしに嫌なことばかりをするクソ天使に百万回ほど聞かせたいと思うほどに。
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