第2話:Bパート
午前中は正しく平穏な時間と言っても良かった。
あのクソ天使がいないと言うだけでその間の俺の精神は平穏を強く実感し、満ち足りたものあったことは言うまでもない。
しかし悲しいことに今の俺にはクソッタレな試練とかやらが課せられている、そのため平穏を享受ばかりしているわけにもいかなった。
そして今の試練の状況は厳しいといえるものだった。
結論から言えば七瀬との朝の勉強会の後、俺はあれから七瀬、あるいは他の女子と交流を持てる機会を持てなかったのだから。
既に時刻は十二時を過ぎており、昼休みに入っている。タイムリミットまではもう五時間もない。
その事実に焦りはするが人間、食事をしなければ思い浮かぶものも思い浮かばない。
昼食ついでに考えを巡らせるべく俺は学食に向かう。
学食ででいつも通りに注文を済ませ、料理を受け取り、適当な場所に腰を下ろす。
そして俺が食事を取りつつ考えを巡らそうとしたその時のことだった。俺を不意を討つようにそいつは現れた。
「天春くん! ここの学食美味しいですね!」
「うぉ!」
俺はそれに驚き、無様な声を上げてしまった。俺の対面にいたのはクソ天使。
天使は俺の驚きなど全く気にもとめずに美味しそうに学食の日替わりランチに舌鼓を打っていた。
クソ天使の様相は出会った時のものではなく、どこから手に入れたのだろうかこの学校の制服である。
午前中にクソ天使が全く接触してこなかったことから校内ではこいつと会うことはないと思っていた分、驚きは大きなものであった。
その為、俺は動揺を隠す余裕もなかった。
「お、お前、何でこんな所にいるんだよ」
「何言ってるんですか! なにかあれば直ちに駆けつけるって言ったじゃないですか!」
俺の質問そのものが心外だと言わんばかりに答えるクソ天使。
全く余計なお世話である、糞の役にも立たない存在であることを俺は既に認識してる。
俺の為を思うのならばならば現れること無く、少しでも俺の精神に負担をかけないで頂きたい。
しかし相手がサイコパスである以上、望むこと事態は無駄なのだが。
なので俺は正直な気持ちをそのまま伝えることにした。
「なにもねぇよ、だから帰れ」
「またまた~、そんなこと言わないでくださいよ! なにかあったんじゃないですか? ほら、進展とか!」
クソ天使は全てお見通しですよと言わんばかりの顔で追求してくる。
どうやら本当にどこからか俺を監視していたらしい、最悪なことに俺にプライバシーは存在しないようだった。
知っているのならわざわざ答えることもないだろうと思い、雑に返すことにした。
「そんな進展っていうほどのことはねえよ」
「ほうほう。ほどというものはなくても何かあったんですよね! 目星くらいはつけました?」
しかしクソ天使は諦める様子など全く無かった、どうやら無理矢理にでも俺の口から話させるつもりのようである。
ならば雑に扱ってもこのクソ天使は俺が音を上げなければ昼休みいっぱいをつかってまでしつこく追求してくるだろう。
会ってから一日にも満たないがこのクソ天使はそういう存在であると俺は確信している。
無駄な抵抗は俺の精神を無駄に削るだけである、感情的にはとても承服し難いが理性でそれをねじ伏せる。
「……まぁ、とりあえずってレベルだ。七瀬灯だよ」
俺がそう答えると、クソ天使は満足そうに頷いた。
ただでさえこいつにこういったことを話すことは屈辱的であり、そして今のクソ天使の表情は非常に癇に障るものだった。
ここが学校でなければノータイムで殴っていただろうことは確実だった。
「いや~、良かったです! 私がいなくても天春くんもちゃんと頑張れるんですね!」
「お前がいつ俺の役に立ったよ、ぶっ殺すぞ」
そろそろ俺も我慢の限界であり、言葉が完全に喧嘩言葉と化していた。
次に舐めたことをこの天使が言うのなら殴るつもりである。
そんな俺の気持ちを読んだのか、それとも嫌がらせが済んだのだろうか定かではないがクソ天使は席を立った。クソ天使は既に日替わり定食を食べ終えている
「おおっと、怖い怖い! ではその調子でがんばってくださいね、天春くん!」
「さっさと、失せろ!」
「あ、そうそう! 最後まで諦めちゃだめですよ! 諦めたらそこで試合終了ですから!」
最後にクソ天使はそんなことを俺に忠告してくる。
そんなことは分かっている、諦めたその瞬間に俺は死ぬことになるのだから。
そして俺はクソ天使によりかき乱された精神状態で昼食を取ることになった。味も何もわかったものではない最悪の食事だった。
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そして気がつけば帰りのホームルームであった。
あれからもどうにか機会を得ようと行動してみたのだが、やはりもう既に交流グループが出来ている中を割って入る事自体が難しいものであった。
強引に入ってしまえばあまりに不自然、そうなってしまえば先に警戒心を持たれてしまう。
試練の期限が長ければそれを解きほぐして機会を得ることも出来るのだろうが、今日の十七時までと決まっていればそれは出来ない。
チャンスは一回きりと言ってもいい、そう考えれば慎重にならざるを得なかった。
そしてその結果が今の状況そのものである、死は目前であり余裕など微塵たりとも存在しない。
「じゃあ、掃除当番は帰りに掃除するように。帰る奴は補導される真似はするなよ」
担任教師である田島の言葉によって帰りのホームルームは締めくくられた。
授業から解放されたクラスメイト達はめいめいに帰り始めている、完全に俺の死は秒読みである。
この段階になればもう慎重などと言っていられない、無理矢理にでも機会をつくるしかない。
そうなれば僅かな可能性に縋るしかない、今朝のあれだけで可能性と考えるのは狂気の沙汰だがこうなれば狂気に縋るしかないだろう。
そうと決めると俺は七瀬を探す、ここで見失えばもうそこら辺を歩いている適当な女子を探し出し告白するしかない。
どうやら当の七瀬と言えばどうやら教室の掃除当番らしく、他の当番達と掃除を始めていた。
この状況は非常にまずい。時計を見れば既に時刻は夕方の四時、十六時を過ぎている。猶予は一時間を切っている。
しかしいくら時間がないとはいえ、まだ人が残っている中で付き合ってくれと言えるか。言ってもそれをそうだと受け取って貰えるか。
そしてこのまま七瀬でいいのか、と不安が首をもたげてくる。
鞄に教科書を詰めて席を立つ、もう行動するしかない。
告白する相手は七瀬と決める、それ以外を考慮にいれることは止めろ。
そうと決まれば七瀬に話しかけるしかない、そう決めた俺は七瀬の方を向く。
するとなにやら七瀬は時折時間を確認してるのが見えた。
そういえば昨日も七瀬はバイトといって遊びにいかなかったという事を思い出す。
ならそれで話題を切り出すしかなかった。気づいた時にはもう考える時間はない、後は勢いに任せるしかない。
「七瀬、お前今日バイトなのか?」
「え、天春くん? う、うん……そうだけど」
七瀬はばつが悪そうな顔をする、どうやら俺の予想は考えは当たったようだ。
その表情と事実から七瀬は自分の都合で他の掃除当番を急かすのも悪いと思っているのだろう。
普通の人間はそうだ。そう思わないのは人を振り回すことになんとも思っていない奴、つまりはあのクソ天使みたいな奴だ。
しかし七瀬が掃除当番の日にギリギリの時間にバイトを入れるものだろうか。
「なぁ、それって時間的にキツイのか?」
「えっと、本当のシフトだとまだ余裕があるんだけど……先に入る子が遅れちゃってるようで、店が厳しそうなんだよね」
七瀬は困ったような難しい顔で俺の質問に答える。
どうやら七瀬はバイト先から早く入って欲しいとの要請を受けていたらしい。
バイト先の方が急に変わったという理由に俺としては納得がいった。
「はやくいけるかどうかわからないってことは伝えたんだけど……」
これでは他の人間に頼むの相当に難しいだろう、自分のことだけならまだしも他人に気を回しているのだから。
七瀬もそれを分かっているからこそ自分の中に秘めているという訳だ。
俺は難しい表情をして悩んでいる七瀬を見て無駄な責任感だと思う。同時にここにつけ込むしかないと考える。
こんな考え方ははあのクソ天使のようで極めて不愉快だと思うがそれしか考えられなかった。
「代わってやるよ、掃除当番」
「え?」
七瀬は思わぬ言葉が出てきたことに理解が出来なかったのだろう、呆けた顔をしていた。
しかしそれでは俺が困るのでもう一度、七瀬に言うことにする。もう時間もない、上手くいってくれと願う。
「代わってやるよ、掃除当番。急いでるんだろ」
「……天春くん、いいの?」
おずおずといった感じで七瀬は俺に確認してくる。
いいに決まってる、俺としてはこれを受けてもらえないほうが困るのだから。
それにここで家に帰ってもあのクソ天使が俺を殺すだけである。
「ああ、朝のお礼ってわけじゃないけど。俺も七瀬に頼んだからな」
七瀬が俺の提案に乗ってくれるように今朝の事を出して配慮する。これでおあいこだという口調で話す。
納得するかどうか微妙ではあるが出来るだけ印象を前向きなものにしたい。
これからすることを思えば前向きなものであるほど確率は高くなるはずだ、少しでも勝算は上げるべきである。
「……」
「七瀬?」
七瀬の反応が帰ってこないことに俺は不安になる、七瀬はなにか考えているようだった。
何か間違えただろうか、そうだったなら俺の命運は尽きたと言ってもいいだろう。
俺が悪い予感に思考を支配され、嫌な汗をかきはじめた頃に七瀬は顔を上げる。
「ありがとう、天春くん! 本当に助かるよ!」
そこにあったのは笑顔だった。
助かった、あるいは安心したというような穏やかな顔。感謝の笑顔。
その七瀬の笑顔を見て俺は言葉を失ってしまう。
「じゃあ、また明日ね。 天春くん!」
そして鞄をもった七瀬が廊下に出ようしているところで俺はギリギリそれに気がつくことが出来た。
教室に残っている他の当番たちが七瀬を見送っている辺り七瀬が引き継ぎをしていたくれたと見える。
どうやら俺が少し放心している内に七瀬は帰り支度を終えてしまっていたようだ、迂闊もいいところである。
このまま引き止めなければ七瀬はそのまま帰るだろう。それではもう打つ手はない、覚悟を決めろ。
そうと決めると心臓が早鐘を打ちはじめる、恐ろしく緊張する。こんな状態になるのは随分と久しい。
「七瀬っ」
俺は七瀬を引き止める、引き止めた声は震えていなかっただろうかと気になってしまう。
自然にしろ、不審がられてはいけない。そう自分に言い聞かせる。
だがそれは無駄な試みだった。落ち着けようとしても依然として俺の心臓は強く、早く鼓動して酷くうるさい。
少し俺の先を行っている七瀬に追いつくように歩いて、その距離を縮める。
「なに? 天春くん」
俺と七瀬は教室の外にいる、廊下には他の生徒がいるが放課後であるため決して多くはない。
状況は悪くはない、今ならば言えるだろう。
だが俺は引き止めたは良いが次の言葉が出てこない、緊張のあまり喉が渇いているのが分かる。
どう切り出そうか、どう言えば上手く出来るのだろうかと考える。その答えはまるで出てこない。頭の奥が熱い、脳がショートしているようだった。
「……天春くん?」
七瀬は俺の様子に戸惑っている、それもそうだろう。
俺は七瀬が急いでいるから掃除当番を変わるといい出したのだ、それなのにこうして引き止めている。困惑するのも当然の話だ。
躊躇ってしまう、本当にこれしかないのか。他にやれることはないのかと。
しかし時間は止まらない、その時間は刻一刻と迫ってくる。もう、考える時間はなかった。
よってここが唯一にして最後のチャンス、ここを逃せば次はない。
「七瀬、俺と付き合ってくれ」
俺はついにその言葉を口にした、無様に、なんの小細工もないそのままの言葉で。死にたくないために。
自分の耳に届いたその言葉は清水さんに言ったものとはまるで違うもののように思えた。
そしてそれを聞いた七瀬は――困ったような表情した。
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