I AM A DOLL.
第25回にごたん参加作品
お題:【フォトジェニック】【残念ながらメガネが本体】【「愛してる」の代わりに】【安楽椅子探偵】
私は、恋をしてしまいました。
こんなにも歪に成り果ててしまった世界で。
銃声と爆音が響き、硝煙の匂いが血と臓腑と鉄と油の匂いと混ざり果ててしまった、戦場のど真ん中で。
私は、恋に落ちてしまいました。
世界は戦争をしていました。
理由は分かりません。でも、とんでもない戦争だというのは分かります。だって、脳だけになっても、大人しく眠らせてもらえないのですから。
――申し遅れました。私、脳だけになって、基地にある機械人形部隊制御ユニット内の水槽に浮いております。そこから少女型機械人形At-13の一体、シリアルナンバーAt13849F10を操作しております。
元の私は、とうに死んでおります。
私の肉体は、とうに朽ち果てております。
私がいったい何度死んだのかは、この身となってしまっては分かりません。しかし脳だけになっているという事実を考えるに、再生も機械化も不可能なほどに、元の私は朽ちてしまったのでしょう。
そうして残った脳に人格の初期化を施し、At-13の基本人格と知識をインストールされて水槽の一つに格納され、接続用部品をもろもろつけられて現在に至ります。
だから、私がもともと何者だったのか、今となってはわかりません。
確定している事実は、現在の私はAt-13。少女の形をした機械人形だということです。
そして私は機械人形として、ある男性に恋をしてしまいました。
初めて彼と出会ったのは、当然ですが戦場のど真ん中です。
あれは作戦が失敗して撤退している時でした。ぐちゃぐちゃになってしまった戦場の中で敵も味方も右も左も分からず撤退していた時、目の前で動く影が見えて咄嗟に銃を構えて――味方の彼と銃口を突き付け合う格好になったのが最初です。
当時、彼も部隊が崩壊して撤退している最中でした。ですので、一緒に戦場を逃げました。背中を預けて、お互いの死角をカバーしあいながら駆けに駆けて、なんとか味方の居る場所まで逃げ延びたのを覚えています。
そこまでであれば、正直なところ、この地獄のような戦場ではよくあることでした。しかし彼とは何か因果があったのか、壊滅した部隊の再編制で同じ部隊になったのです。人機混成部隊です。
なので、それから彼とは四六時中一緒に居ることになりました。
彼は、かなりの頻度で私に話しかけてきました。ただの人形の私に、です。
言いそびれましたが、機械人形の遠隔制御ユニットが生体パーツ、つまり人間の脳であるというのは軍機です。偉い人しか知りません。ですから彼にとって私は高性能なAIを搭載した、会話が可能で武装しているただの人形だったわけです。彼は、ただの人形に話しかけてきたのです。人形といえども共に死線をくぐった相手だったからでしょうか。もしかしたら、人形相手だったからかもしれません。本人に聞いたわけではないので、すべては憶測に過ぎません。
とにかく彼は私によく話をしてくれました。
例えば、今日の食事のこと。
例えば、別の部隊にばかをやった兵士がいたこと。
例えば、彼が今まで駆けてきた戦場のこと。
例えば、彼が生まれた故郷のこと。
話をしているうちに、私は彼に対して情が湧きました。機械人形といえども、人格を初期化された上に別の人格を植え付けられているといえども、暴走しないように感情をかなり抑制されているといえども、制御しているのは人間の脳なのですから、ほんのちょっぴりくらい、人間らしい感情は抱きます。
情が湧いてからは、率先して彼と行動するようになりました。ツーマンセルでの作戦行動だったり、待機中の話し相手だったり、様々なことを彼としました。彼もやりやすそうにしていたので、好きにさせてもらいました。
情が恋に変わったのは、いつだったのでしょうか。
記憶を探してみても、明確にいつ変化したのかはわかりません。でも、恋を自覚したときは覚えています。
それは、いつものように彼が他愛もない話をしたときです。その時の話題は、彼の故郷についてでした。何度か聞いた内容だったのですが、その時初めて、彼の口からこんな言葉を聞きました。
「僕、故郷に恋人がいるんだ。その恋人が、君によく似ているんだよ」
その恋人の写真も見せられました。機械の目には、とうてい私と似ているようには見えなかったのですが、彼は「そっくりだろう?」と言ってきました。きっと、生身の目にはまた違って見えたのでしょう。
そうして恋人のことを語る彼は、嬉しそうでした。
私はそれが不快でした。嫉妬であるとはすぐに気づきました。
そうして、恋を自覚しました。
自覚と同時に失恋しました。だって私、機械人形ですから。
でも、機械人形だから、人間ではないから、そして人間のパーツを持っているから、命令ではない私なりの目標を持つことができたのでしょう。
――彼を生かして戦場から帰す。終戦まで彼を生き延びさせる。
恋を自覚し、嫉妬し、失恋を味わいながら、私はそのようなことを静かに誓ったのです。
そう、誓ったから――。
だから私はあの時、自分の身を挺したのです。
瓦礫だらけの戦場の中で、スナイパーの銃口が彼を狙ったあのときに。
機械人形のセンサーは便利なもので、銃口が光ったのを人間よりも早く知覚できました。しかし彼を突き飛ばして銃弾を避けるなどは難しそうでしたので、私はすぐに射線上に立ちました。
そうして私はつい先ほど、頭を撃ち抜かれました。
ですので、私の何度目かの生も、これで終わりです。私が操作している機械人形は一秒と経たないうちにただのガラクタになります。そして、それをトリガーにして私の脳の――人格の再初期化が始まります。”私”を次の機械人形のパーツとするための処理です。
だから”私”はもう二度と彼には会えません。
もう二度と”私”はAt13849F10にはなれません。
二度と”私”は彼に「フィオ」と呼んではもらえません。
でも、それでいいのです。
願わくば、彼g――。
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