死の定義
第28回にごたん参加作品
お題:【セカンド・ウィンド】【(禁忌←好奇心←♡)←後悔】【最初のペンギン】<鏡>
「死は、本当に不可避なのでしょうか」
これは昔、ある先生が学会で言った言葉だ。
この人は何を言っているのだろうか。そう思いながら心の中で首を傾げたのを、私は今でも覚えている。
当時の私にとって、それは理解できない一言だったのだ。
形があるものはすべて壊れる。これは自明の理である。だから、たんぱく質の集合体である人体も同様に、不可逆なダメージが蓄積していつか壊れる。
だから人はいつか死ぬ。
私の中で人と死の関係というものは、こういうものだった。それが私にとっての世界の常識だったのだ。
しかし彼は続けてこう言った。
「人の死を定義しなおしましょう。人は精神さえ続いていれば生きていられるのです」
彼の論文のタイトルは『脳情報の転写に関する理論とその実現可能性について』であった。つまり、記憶や人格といった脳情報をすべて別の体――本人のクローンに移し替えれば、その”人”は継続されると、そう彼は言ったのだ。
彼の論文を理解したとき、私が持っていた死への固定概念は、ただの一欠片も残さずに打ち壊された。
そして私は、彼と、彼の理論に惹かれた。
しかし世の中は彼を理解しようとはしなかった。
「夢物語だ」「神への冒涜だ」「人の尊厳を踏みにじる行為だ」「それは生命の、個人の継続だとは言えない」
私は、そんな世の声に彼が潰されるのを見たくなかった。
だから私は、私の全てをもって彼への協力を願い出た。そうすれば、彼の研究は継続できるはずだと考えたのだ。
彼は快く私を受け入れてくれて、二人での研究が始まった。
だが正直言って、私の見通しはかなり甘いものであったと言わざるを得なく、その頃はとても苦しかった。
実験をしようにも倫理的に問題があると止められ、研究資金を調達しようにも、厳しい世の声にスポンサーの財布は渋かった。
しかし、私たちは諦めなかった。
彼は自身の理論を完成させたかったし、私はブレイクスルーの起きた世界の先を見たかったのだ。
少しばかり、研究が楽になったのはいつだっただろうか。
確か、いくつか研究の成果を上げた頃だっただろうか。徐々に成果を上げる私たちに対して、世間の反応がだんだんと軟化していったのだ。
二人だけの研究だったのが人が増え、研究者以外の協力者も増え、だんだんと理論が形になっていったのだ。
そうして理論の完成までこぎつけたときには「これは死を克服する素晴らしいものだ」と称賛されるまでになっていた。彼と二人、先頭に立って称賛を浴びながら、大勢になった協力者達と共に喜んだのは、いい思い出である。
しかし、それも今となっては昔の話である。
今、私の脳裏には、一つの疑問が浮かんでいた。
果たして、本当にこれでよかったのだろうか。
この理論は、果たして形にしてよいものであったのか。
形あるものは時間と共に劣化し、いつか壊れる。これは自明の理であり、人はこれを寿命と呼んでいる。
では、果たして情報――精神は。
白い病衣を身にまとい、素足のまま冷たいリノリウムの床を踏みながら、私はベッドに横たわる皺枯れた私を見下ろした。
生命活動を停止した古い私は、満足そうな笑みを浮かべていた。
だが、若返った新しい私の心中には、形容しがたい重たい感情が渦を巻いていた。
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