白鷺たちの唄

第36回にごたん参加作品

お題:【アナフィラキシー】【強引なサービスシーン】【夜が朝に変わるまで】<幸運のお守り>

 

 ――とうとう。

 とうとう、ここまで来た。

 そう感じるのは、僕だけではないだろう。

 南極大陸の中心部、『外れし者』どもの本拠地である第零巨大巣の中心まで来て「ここまで来た」と思わない者はこの場に一人もいないだろう。汎用人型戦闘機『白鷺』のコックピットの中、操縦桿を握りながら、僕は鼓動が早くなるのを感じていた。

 あの化け物ども――敵性巨大生物群『外れし者』が突如として現れてから数十年、とうとう来たのだ。故郷を焼かれ、大切な人を殺され、国を滅ぼされ、窮地に立たされながら戦い続けてようやく、人類はあいつらが生まれ出る場所である第零巨大巣の中心部にまでたどり着いたのだ。

 この不気味な暗闇の中にたどり着いた白鷺は合計二十三機。

 ずいぶんと数は減ってしまった。しかし、ようやく、仇を討てる。ようやく、終わらせられる。それぞれのコックピットの中で皆、その思いを胸にしているはずだ。――僕だって。

「いい、修二、あんたが要なんだからね?」

「分かっているさ」

 三番機のリネットから通信が来て、僕は軽く返しながら操縦桿を握りしめる。

 僕の機体、六番機は隊列の中央に居た。

 僕の機体には、切り札が積まれているのだ。

 ――反物質砲。

 この世に存在するすべてのものを対消滅させる、最終兵器。

 僕はその操作方法を知っていること、そして唯一の使用例を目撃していることから、今回の作戦の要である第零巨大巣の中心部に切り札を叩き込む役を任されたのだ。

 だが、一つ、問題があった。

 僕の手が、震えるのだ。この反物質砲を、僕の記憶が忌避するのだ。

 かつて僕とリネットが居た隊は、この反物質砲の整備不良と操作ミスに起因する暴発――公式に記録されている唯一の使用例により、消滅している。ガズリー大尉が咄嗟に庇ってくれていなければ、僕はあの時死んでいた。

 僕は、死ぬのが怖い。

 もし、また暴発したら。

 そして周囲の皆を、健斗を、アベルを、リチャードを、アンナを、張隊長を、リネットを――ともに戦場を潜り抜けてきた戦友たちを巻き込んだら。

 しかもそれで、第零巨大巣にダメージを与えられなかったら。

 そう考えると、手が震えるのだ。

「奴さんが動き始めたぞ!」

 張隊長の声で、僕の意識が前に向く。

 巨大巣の中心部から、カラフルで様々な形をした生命体――翼竜のような形をしたもの、巨大な昆虫のような形をしたもの、不定形なアメーバのようなもの、それら『外なる者』の群れが殺意を放ちながら僕たちに向かってくる。

「修二、お前はリネットのケツにつけ。リネット、アベル、健斗、お前らは修二の道を拓け! 他のやつらはあいつらにクソ野郎どもを近づけるな!」

「「「了解!」」」

 状況が、動きだしてしまった。

 リネット達が乗る白鷺のブースターが点火する。

 数拍遅れて僕もブースターを点火し、彼女達を追いかける。

「私たちの、邪魔をするなああああ!」

 リネットのレーザーブレードが巨大な昆虫を切り裂く。健斗の弾体射出装置が火を噴いて翼竜を打ち落とす。――僕の目の前で『外なる者』たちが落ちていく。

 僕たちと、巨大巣の中心部の距離が近づく。

 いよいよだ。

 あと数十秒もすれば、反物質砲の発射予定地点にたどり着く。

 僕の手の震えが、いよいよ大きくなる。

「……二! 修二!」

「な、何だよリネット。急に個別回線で通信なんか送ってきて」

「呼びかけてるんだから反応くらいしなさいよ」

「……反物質砲の計器を確認してたんだよ」

「機体がふらついてるのよ、あんた」

 僕の手の震えは、白鷺の挙動にまで影響していたらしい。

「……あんた、失敗することしか考えてないでしょ?」

「――ッ」

 否定の嘘は、言えなかった。

「……ガズリー大尉、私たちに何て言った? あの人、最期に私たちに、何て言った?」

 ――それは。

 僕の片手が、パイロットスーツの右ポケットに伸びる。

 そこには、ガズリー大尉の形見のライターがあった。

 忘れるものか。

 大尉が僕らを庇ったときに言った言葉を、誰が忘れるものか。

「生き残れ」

 そう言って笑った大尉の顔を、誰が忘れるものか。

「そうよ」

 新兵だった僕らに、ここまで生き延びる術を教えてくれた恩人の最期の言葉を、忘れてなるものか。

「だから私たちは、あれを倒して帰らなきゃいけないの」

「ああ、そうだ……」

 そうだったのだ。

 僕は、ガズリー大尉のライターを握りしめる。

 僕は前を向かなければならないのだ。

「それに、暴発なんてしないわよ。だって、あんたが撃つのよ?」

 手の震えは、止まった。

「発射予定地点……到達!」

 僕は手順に従って機器のスイッチを一つずつ着けていく。画面に一つ、また一つと緑色のランプがついていく。

「反物質砲、システムオールグリーン! 計測値想定閾値内を確認! 反物質弾頭を装填する!」

 赤色のボタンを押す。

 がこん、という重低音が響き、反物質砲に必殺の弾頭が装填される。

「目標、第零巨大巣中央部!」

 そして、僕は最後の――トリガーに指をかける。

「発射――ッ!」

 点火。

 推進剤が、反物質弾頭を加速する。

 弾頭が砲身を駆け抜ける。

 銃口から、緑色の火が漏れ、人類の希望が、射出された。

 その次の瞬間――僕の視界は白く染まった。

 

 ◇

 

 次に目が覚めたのは、花畑の上だった。

「気が付いた?」

 寝転がった僕を覗き込むように、パイロットスーツ姿のまま、ヘルメットだけを外した状態のリネットが穏やかに微笑んだ。

 彼女の手は、僕の両頬に添えられている。

 そして僕の後頭部には、何やらやわらかい感触がある。

 僕はどうやら、彼女に膝枕をされているようだった。

「ここは……ひょっとして、あの世?」

「いいえ、南極大陸、第零巨大巣……が、あった場所よ。反物質弾頭で巣が消んじゃった後だけど」

「……この花畑は?」

 何故北極大陸に花が咲いているのか。僕の知識では、第零巨大巣ができる前の南極は雪と氷の世界であるはずなのだが。

「さあ?」

「さあって……」

「気づいたらあったんだもの」

「そんな呑気な……」

「最初は私たちも警戒したんだけどね、『外なる者』の因子が全く検出されなかったから、なんか気が抜けちゃって」

 ほら、あっち。

 リネットが指さす方向を見ると、さっきまで白鷺に乗っていた面々約二十名が、どこから準備したのかは分からないがボールを持ち出して、花畑の中でサッカーをしていた。

「……隊長まで混ざってる」

 僕が苦笑いすると、リネットが微笑んだ。

「ねえ、修二」

 リネットが穏やかな声で、僕に語り掛ける。

「この景色さ、なんかさ……綺麗じゃない?」

 花畑には、光が注いでいた。

 極地であるからか幾分か温度は足りないが、それでもあたたかな光が注いでいた。

 僕やリネット、戦友たち、そして傷だらけの白鷺たちは、その光に照らされていた。

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