Fallen Angel
第40回にごたん参加作品
お題:【概日リズム】【魔法のステッキ】【節分】<幻>
地獄という言葉から、人はまず、どのような光景を思い浮かべるだろうか。
紅蓮の炎が逆巻くような光景だろうか。
悲鳴とうめき声が響き渡り、辺りが死体で埋め尽くされるような光景だろうか。
少なくとも、私が今見下ろしている人のうちの一部は、彼ないし彼女が置かれている現状を地獄のような何かと認識するであろう。
町中で突如爆発が起きて、覆面の男たちが辺りを制圧して、自分たちを人質にわけのわからない政治的な要求をまくしたてている現状は、人質となってしまっている彼らにとっての地獄であろう。
「技術の進歩というものは、良し悪しだと思うのですよ」
そんな光景を高層ビルの屋上から見下ろしながら、私はぽつりとつぶやいた。
『いきなり何を言い出すんだ、
「独り言、です」
小型ヘッドセットのスピーカーから聞こえた上官の声に、私は苦笑交じりに返す。
「……ですが、独り言を続けるならば、こんな風に思っているのです。技術があるおかげで、人間は豊かな生活を送れるようになりました。ですが同時に、あんなお馬鹿さんたちが物騒な玩具を持ってバカ騒ぎをできるようにもなってしまいました。――しかも、本来ならば人間が眠る時間であるはずの真夜中に、です」
私は眠気覚ましに持参したビターチョコをひとつ、口に含む。
『せめて昼にしろ、と? 呑気なことだな』
「生理現象を止めるのは、辛いのですよ」
『……とりあえず、君の視点から見える現状を報告してくれ、黒翼』
「相変わらずです。こちらから確認できるおバカさんたちは十三、人質は多数。リーダー格と思しきおバカさんが拡声器で政治的な主張を繰り返しており、そのほか半数が外へ、残り半数が内へ警戒するように自動小銃を構えていて――」
ふと、人質の一人が立ち上がった。
「動きが、ありました」
『ああ、こちらでも確認した』
立ち上がったのは、少女だった。
その顔は、私も知っていた。
同じ学校に通っている少女だ。一言二言、会話をしたこともある。身体改造を施された私とは違う、ごく普通の少女である。おそらくは、学校が終わった後の時間を友人たちと楽しんでいたか、あるいは真面目に塾に通っていた帰りか、そんなところだろう。
それが――ただ日常を送っていたところを理不尽に巻き込まれただけであろう彼女が、足を震わせながら立ち上がっていた。覆面の男たちに銃口を向けられながら、気丈な視線を彼らに返していた。
私はその光景を高層ビルの上から見下ろしながら、口の中でまだ固く残っていたビターチョコをかみ砕いた。
『どうした黒翼』
「とても、胸糞悪いことが起こる予感がするのです。突撃命令はまだですか」
『まだ、待機だ』
「民間人に銃がつきつけられているのですが」
『だからこそ、刺激するなという上の――』
上官の台詞を遮るように、一発の銃声が響いた。
少女が膝から崩れ落ち、辺りに赤い水たまりができていた
「――予感していたことが、起きました」
数拍、静寂が流れた。その後に、悲鳴が上がった。人質たちによるものだ。そしてそれに呼応するように、
『黒翼』
上官が、ため息混じりに私の名前を呼ぶ。
『上は、交渉による解決を諦めた』
「いつも、遅いのですよ」
そう――いつも。
いつもなのだ。私の出番は、被害が出た後だ。
いつも、誰かの命が途絶えた後だ。
苦虫を潰すように奥歯を噛みながら、私は手首に巻いた光学装甲起動装置に手を伸ばす。
「――”黒翼”、起動します」
そして私は、屋上の床を蹴って空中へを身を投げ出した。
落下する私の身体を、起動装置から漏れ出た黒い光がまとわりつく。認識阻害機能付きの光学装甲が、私の腕を、足を、身体を包んでいく。黒いドレスのような、さながら子供の頃に見たテレビアニメの魔法少女の衣装のような装甲が、形になってゆく。
そして私は、地獄へ降り立った。
あたりに居た人間の視線が、一斉に私を向く。
「――こんばんは、皆さま。地獄に希望と絶望を届けに上がりました」
私は一つ、ナイフを引き抜いて構える。
「チッ! 魔女が来やがった! しかもよりによって“堕天使”だ!」
「うろたえるな! 魔女が投入されるのは想定済みだ!」
十三個。
すべての銃口が、私を向く。
「撃て! 撃て! 撃て!」
引き金が引かれ、十三の銃口から、無数の弾丸が私めがけて撃ち出された。
しかし――そんなもの、
「遅いのです」
銃弾の雨は、私の目にはスローモーションで見えるのだ。
一発も、かすめるわけがない。
流れ弾が人質にいかないよう気を使いつつ、すべてを避けながら、私は一人、また一人とテロリストの喉を裂いてゆく。
一瞬だった。
たった人間十三人に、魔女一人が手間取るわけがないのだ。
「状況終了。制圧、完了しました。一名を除いて人質にも被害はありません」
上官に状況を報告し、私はふう、と息をついた。
そして、人質の方を見ることなく、彼らの声を聞くこともなく、その場を後にした。万が一にでも、光学装甲の下の――素顔が見えてしまってもいけない。
魔女は、素顔を知られてはいけないのだ。
そういえば、魔女はそれで悲しくないのかと、問われたことがあった。
いつだったか。
――そうだ。つい先ほど頭を撃ち抜かれた彼女が言ったのだ。お礼の一つも言うことができないヒーローって、なんだか寂しいね、と。
当然、彼女は私が魔女だとは分かっていない。だからその時は「そうだね」と、適当な相槌を返したのだ。
でも、私は心の中で、こうつぶやいたのだ。
「すべての命を救えない欠陥品のヒーローには、お礼を言われる権利なんて、ないのですよ」
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