Sweet warm sweet
第41回にごたん参加作品
お題:【ダ・カーポ】【チャイルディッシュ】【ぼろぼろになった日記】【チョコレート】
気が付くと、僕はソファの上に寝かされていた。僕の上には薄いブランケットがかけられている。
何故、こんなところで寝ていたのだろうか。
まだ少しばかりぼんやりとする頭で記憶を辿ろうとしながら身を起こし、辺りを見回す。
火の入った暖炉。
古ぼけた本ばかりを詰めた本棚。
年期の入った机に、その上に並んだ、色とりどりの液体が入ったガラス管達。
そして、その向こうで小さく跳ねる、人形がそのまま子供くらいの大きさになったような、小さな影。
――ああ、そうか。
「起きたかしら?」
僕が起きたことに気づいた彼女が、くせの入った、透き通るような白い髪を跳ねさせながら、こちらを振り向く。
「おはよう、ねぼすけさん」
ひらひら、ふわふわのドレスに古びたローブを羽織るという、少女のような隠者のような、いつも通りのちぐはぐな恰好をした彼女が、僕にふんわりと微笑みかけた。
「……おは、よう?」
思い出した。ここは彼女、マリアの家だ。
「ところで、僕は何でここに居るんだい?」
そう、ここが彼女の家だということまでは思い出したのだ。しかし、それより先、何で僕がこのソファの上で寝ていたのかが、よく思い出せない。
隣のちびすけが怪我をしたから薬をわけてもらいに――きたのは、前のことか。
ちびすけの親に、薬のお礼にと、畑でとれた野菜をマリアに届けてくれないかと頼まれ――たのも前の話だ。
では、行商人から奇妙な本を譲り受けたから、文字が読めない僕の代わりに読んでもらおうと――したのは、昨日だったか。
記憶を探りながら、僕がああでもない、こうでもないと頭をひねっていると、くすりと小さく彼女が笑った。
「忘れたの? 今日はわたしが呼んだのよ」
そう言いながら、ランプの火にかけられたガラス管をとり、小さく振る。ガラス管の中で、暗い茶色の液体が揺れた。マリアは軽く匂いを嗅いで「よし」とつぶやくと、その液体を陶器のコップに移しかえて、僕の所へ持ってきた。
「はい、どうぞ」
コップの中の液体からは、甘ったるい匂いがした。
「……これは?」
「ほっとちょこれーと、って言うらしいわ」
「ほっと……?」
僕は、聞きなれない名前に首を傾げる。
「うんと遠いところのものらしいわ。昨日、あなたが持ってきてくれた本にね、書いてあったの。あの本が書かれた頃、書かれた場所ではね、ちょこれーとってお菓子を、今くらいの時期にお世話になった人に贈る風習があったんだって」
僕の隣に腰かけながら、マリアはまっすぐに僕を見上げて、可愛らしく微笑む。
「さ、どうぞ、召し上がって?」
嬉しいような、恥ずかしいような。綺麗な人形のような彼女の微笑みにどきりとしながら、僕は恐る恐る、コップを口に運ぶ。
一口、含んだ瞬間、僕の口の中には体の芯から温まるような温かさと、とろけるような甘さが広がった。
一言で言うなら、おいしかった。
「とても、おいし――」
そう、素直な感想を言おうとしたときだった。
僕の身体に異変が起きた。
全身から力が抜けたのだ。
その結果、僕は倒れこんでしまった。しかも、マリアの胸に顔をうずめる恰好で。
僕は慌ててよけようとするが、身体は一切動かなかった。
「違うんだマリア。これ、は……」
弁明しながら、僕はだんだんと意識が遠のくのを感じた。
「マナ回復を期待した試作十二号、失敗、と……」
マリアはため息をつきながら僕の頭を優しく撫で、つぶやくように言った。
薄れゆく意識の中、僕はもう一つ、ようやく思い出したことがあった。
僕が寝ていた原因だ。
それは、マリア特製ほっとちょこれーと試作十一号を飲んでしまったからだ。
ただのお菓子を作るのはつまらないと言い出した彼女が、彼女のもてる知識をまぜこぜにつっこんだものを飲んでしまったからだ。
僕は心の中で苦笑いしながら、華奢なマリアの暖かさを感じつつ、意識を手放して――。
気が付くと、僕はソファの上に寝かされていた。僕の上には薄いブランケットがかけられている。
何故、こんなところで――……。
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