Little White
第61回にごたん参加作品
お題:【休み明け】【残暑】【思い出】<水>
天気が悪い日が続いたあとの原っぱは、蒸し暑かった。
なのだが、僕から少し離れたところにいる小さな女性、マリアは、ひらひらしたドレスの上に隠者のようなローブを羽織るというとても蒸しそうな恰好をしているにも関わらず、涼しげであった。薄手の服の僕の方が、よほど暑そうに見えるだろう。
今日の僕は彼女のお手伝いである。
ここの原っぱでは薬の材料となる草が採れるのだ。それで、家にある材料の備蓄がなくなったからと付き合わされているのだ。
覚えている限りでは、ほんの数日前、天気が悪い日が続く前日に同じように手伝ったはずなのだが、もうなくなったらしいのだ。
「ここのところずうっと天気が悪かったでしょう? だから、家から出られなくて暇で暇でしかたなかったの」
「だからって、いろいろと実験して、全部材料を使い切るのはどうかと思うよ、マリア」
苦笑する僕の方を振り返りながら、マリア「ごめんなさい」と、少し楽しげに小さく笑う。僕は肩をすくめて、お目当ての草を探す作業に戻る。
様々な種類の植物の中から材料となる草を探し、それの葉っぱを一部だけちぎって、手元のかごにいれていく。
根から抜かないのは、採りつくさないためだとマリアが言っていた。――今回みたいなことを繰り返すようなら、その配慮も無意味であるが。とはいえ、この辺りで昨日までのようにずっと悪い天気が続くというのも珍しい。きっと次回からは大丈夫だろう。
なんてことを考えているうちに、かごの中には十分な量の葉がたまっていた。
「こんなもんでいいかな、マリア」
僕はマリアの背から、声をかける。
「……マリア?」
しかし、マリアはじっとしゃがんだまま動かなかった。
どうしたのだろうか。僕は回り込んで彼女の顔を覗き込む。マリアは、一輪の花をじっと見ていた。
「めずらしいわね」
白く、小さい花である。
見覚えはあった。これは、山の向こうに行ったときに見た花だ。子供の頃にマリアと一緒に山を越えて遊びに行った場所で見た花だ。
――あの時は、そうだ。
「これ、あなたがお花のかんむりにしてくれたのと、同じ花よ」
「ここで見るのは初めてだよ」
「だって、この花、ながあく雨が続いた後の、その雨上がりにしか咲かない花だもの」
「……さすがマリアだね」
僕の言葉に、くすりとマリアは微笑む。
「覚えてる? お花のかんむりをくれた後のこと」
マリアは立ち上がって、僕の方に右手を――手の甲を上にして差し出した。
そういえば……あの時僕は、花の冠をしたマリアをお姫様と呼んだような気がする。冗談で言ったのだが、マリアがそれにのって、僕のことを王子様だか騎士だかにしてしまった覚えがある。そしてこうやって手の甲を差し出して「おひめさまのてには、きすをするものなのよ」と言われた気がする。
やった、気がする。
だが、子供だからできたことだ。今そんなことをするのは洒落になっていない。少し顔が熱くなってきた。多分、蒸し暑いからではないはずだ。
「ふふっ」
しゃがんだ姿勢のまま固まる僕を、マリアは笑った。
「あの時とかわらないのね、あなた」
「えっと……?」
「あの時もね、あなたは顔を真っ赤にして、固まったのよ」
いくじなし。彼女はくるりと身を返しながら、顔だけ僕の方に向けて、小さく舌を出した。
「材料も取れたことだし、帰りましょうか」
ほっとしたような、残念なような、情けないような。僕は一つ苦笑いをして、立ち上が――ろうとして、足がもつれた。
体重が全部、前にかかる。慌てて足を一歩前に出して踏ん張るが、重心はそれよりも前にいって、僕はそのままバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。
「え――?」
マリアを巻き込んで。
とっさに手を地面について、マリアを下敷きにしてしまうことだけはぎりぎり避けた。
そう、ぎりぎり。
ぎりぎりの距離に、彼女の体があった。
一拍、二拍、静かな間が流れる。
マリアの顔が真っ赤になる。
「ご、ごめん!」
僕は慌てて飛びのいた。
「……背中が濡れてしまったわ。体が冷えないうちにかえりましょう?」
顔が赤いまま、マリアは立ち上がって、手でローブについた泥を払いながら、僕に背を向けた。
「――いくじなし」
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