Sour Sweet Step

第62回にごたん参加作品

お題:【ぞろ目】【飯テロ】【花より団子】<実はまだ休みでした>


 月子の通学路の途中には公園がある。

 普段は八時ちょうどに通る場所である。

 公園の真ん中にある大きな時計が八時ちょうどを指しているのを確認して、そこからゆっくり歩いて登校して席について、軽くクラスメイトと会話をしてから、八時三十分にホームルームの鐘がなる。それが月子のいつものルーチンであった。

 だが、今日は違っていた。

 まず、公園の時計は八時二十二分を指している。

 そして、月子は大きく腕を振りながら全力で走っている。

「やばいやばいやばい遅刻する……!」

 家での時間配分を完全に間違えた。全力疾走しながら、月子は心の中で後悔する。

 彼女が遅刻しかかっているのは、けして寝坊したからではない。むしろいつもより早い時間に起きている。

 理由は、鞄の中にある。

 弁当箱だ。

 弁当箱が二つ、鞄の中にあるからだ。

 小さめのものと、ちょっと大きめのものの、二つ。それを作るのに時間をとられて、月子はこんなことになっているのだ。

 小さめめの弁当箱は、月子のお昼である。

 ちょっと大きめの弁当箱は、矢野君に渡すためのものだ。

 数日前に、ちょっと大胆に、次の一歩を踏み出した彼女の勇気の結晶だ。

 今週、矢野君の親は二人とも仕事の都合で居ないと、だから一週間ほどお昼を学食で食べる必要があると、一緒に遊びに行ったときに矢野君に聞いたのだ。

 なお、一緒に遊びに行くほどに仲良くなれたのは、友人の助けがあったからである。

 ともあれ、矢野君の言葉を聞いた瞬間、ここは押さなきゃいけない場所だと、月子の中で天使か悪魔かわからないがささやいたのだ。

 一歩を踏み出せ、と。

「じゃ、じゃあ、私がお弁当作るよ」

「それは悪いよ」

「大丈夫だよ。いつもお弁当自分で作ってるから」

「……じゃあ、お願いしてもいいかな」

 申し訳なさそうに頬をかく矢野君の顔を見ながら、心の中でガッツポーズしたことと、心臓が破裂しそうなほどうるさかったことを、月子は覚えている。

 それで、がんばったのが、今朝だ。

 男の子が食べそうなものを作ってみたりと、がんばったのだ。

 がんばりすぎて――いつも家を出る時間を、とうに過ぎてしまっていた。

 息を切らしながら全力で走り抜けて、月子が学校についたとき、校舎の一番高いところにかかっている時計は八時二十九分を指していた。

 鐘はなっていなかった。

「やった、ギリギリ間に合っ――」

 しかし、校門は開いていなかった。

 もしかして、既に鐘が鳴ってしまった後なのだろうか。鐘が鳴ってしまって、先生が閉めてしまったのだろうか。いや、それとも、先生が面倒くさがって早めに校門を閉めてしまったのだろうか。

 ――分針が静かに進む。八時三十分を指すが、鐘はならない。

 ふと、月子は気づいた。

 人の気配がまるでないと。

「……あ」

 月子は思い出した。

 今日は――今年の九月一日は、土曜日だった、と。

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