シェルカバード・フィルム
第66回にごたん参加作品
お題:【アニメーション】【走馬燈】【トリック・オア・トリート】<かぼちゃ>
友晴に会ったのは、十年ぶりだろうか。
彼は僕の、古い学友だった。
仲の良い友人だったが、お互い社会的立場を持ち、忙しい身の上になってしまい、なかなか会うことができなかったのだ。
それが、たまたま会う機会があったのが数日前。そして学生の時みたく、家で飲もうと招待された日付が今日というわけだ。
「学生の時みたく、とはいったが、こんないい酒、学生のときは飲めなかったぞ」
天然もののブランデーが入ったグラスを傾けながら僕が言うと、友晴は笑った。
「さすがに学生の時のように安い培養酒で乾杯という歳ではないからな、お互い。しかし、いくら酒がよくても一人酒は寂しいものだぞ」
単身赴任中だという友晴は、ひとつ肩をすくめる。
「それで、妙な趣味に手を出したのか?」
僕は、部屋の片隅に置かれたスクリーンと映写機に視線をやった。
「随分とノスタルジックなものにハマったじゃないか、友晴」
「これが案外と面白くてね。見てみるかい、公章」
言うや否や、友晴は部屋のカーテンを閉め、スクリーンを壁にかけ、映写機を組み立てる。彼が照明を落とそうとしたとき、ふと僕は妙なことに気づいた。
「おい、フィルムがないじゃないか」
「ああ、こいつはフィルムを映すんじゃないんだ。こいつを映すんだよ」
彼は楕円形の、片手で持つには少し大きすぎる程度の大きさの機械を持っていた。
「なんだ、そいつは」
「これは、こいつがフィルムなのさ」
「フィルムか。メモリにしては大きすぎるし、あれか、その中にテープが巻かれて入っているのか?」
「いいや、テープは入っていないよ」
「まさか、電子回路が小型化できていなかった時代の骨董品か?」
「いいや、骨董品でもない。
小さく笑いながら、友晴は照明を落とした後、それを映写機にセットし、スイッチをつけた。
程なくして、スクリーンに映像が映し出され始めた。
――なんのことはない、ただの日常を描いた映画だった。主人公が恋をして、フラれて、やけ酒を煽っている、そんなものだ。ただ、特徴的だったのは、カメラが主人公の一人称視点であった点だ。
「一人称視点なのが、この……シェルカバード・フィルムの特徴なのかい?」
「察しが良いね、その通りだよ」
「しかし、言っては悪いが――」
「陳腐。そう言いたいんだろう?」
僕は、続けようとした台詞を先に言われて、口を閉じた。
そう、陳腐なのだ。映画としてはなりそこない。映像の作り方になんのこだわり方もなければ、ストーリーにひねりもない。あまつさえ、出てくる役者も――妙なリアリティを感じる演技ではあったが、素人臭かった。
「そこも含めて、こいつの特徴なんだよ」
「……友晴。君のセンスは昔から独特だったが、こいつばかりは僕には理解が――」
「まあ、待ってくれ。こいつを楽しむには、実は前提条件が必要なんだ」
「前提条件?」
訝しむ僕に対し、友晴は「ああ」と自信ありげに頷く。
「――君は古い、大切な友人だ。だから、その前提条件も教えてあげよう」
そう言いながら、彼はシェルカバード・フィルムの蓋を開ける。
「こいつが、前提条件だ」
――固い殻の下にあったのは、コードにつながれた人の脳みそだった。
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