Preserved flower

第26回にごたん参加作品

お題:【枯れ尾花】【地域限定と銘打たれた、よくある量産品】【恋とはどんなものかしら】<ホワイト・ライ>

 

 いつからだっただろうか。

 あるビルの一室で窓から夜景を見下ろしながら、彼女はふと考える。いつから自分は、常に誰かと共に居るようになったのだろうかと。

 少なくとも、ずっと昔だというのは分かっていた。

 彼女が居るビルがまだ存在しておらず、そもそもビルを作る技術自体を人間が持っていない頃――ずっと、ずっと昔のことだ。とりあえず、人間が文字を書き記し始めたよりは後だったように、彼女は記憶している。

「……それくらい、だったかしらね」

 彼女は老いない存在だった。

 彼女は死なない存在だった。

 おかげで時間はたっぷりあった。有り余り過ぎていて、過ぎ行く一分一秒が退屈だった。

 だから、己が退屈さを埋めるものを求めて、なんとなく人間の中に混ざったのだ。

 そしてその時、他の人間に横柄に振舞う一人が、その他大勢に囲まれながら言っていた言葉を聞いたのだ。愛だとか、恋だとか、そんな言葉を聞いたのだ。人間は恋をして愛する相手と共に居るのだと。

 それを聞いたとき、彼女はこう感じたのだ。退屈しのぎにはなりそうだと。

 そう思ったから彼女は退屈しのぎに、適当に選んだ人間とひとしきりの時間を共に過ごすようになった。

 王と呼ばれる人間の伴侶となったこともあった。

 隠者と呼ばれる人間と共に何かを探求したこともあった。

 なんのとりえもない人間とゆるやかな時間を過ごしたこともあった。

 それを今まで、太陽が何千回も登って沈むのを見届けながら、人間の文明や国家が変わるのを見届けながら、電気が夜を明るく照らす現代まで続けていた。

 最初は退屈しのぎであったそれも、今ではただ惰性で続けていた。

 結局、いつもいつも、やることが一緒なのだ。

 ある一人からアピールを受けて、それが気にいればそれを受けて、受けた相手と子を成して、そして朽ちてゆく。

 時が違えど、場所が違えど、一緒なのだ。確かに、時によって場所によって枝葉は違う。しかし、そのわずかに違う枝葉も、彼女から見れば一緒だった。

 彼女は首を回して、ひとつのドアへと視線を向ける。

 その向こうには、今回の相手が居た。

 アリシアという名前を使い、人間の社会へ溶け込んでいる今回の時間つぶしの相手、和樹が居た。

「私にプレゼントがある、か」

 そのようなことを言って、軽やかな足取りで和樹はドアの向こうに消えたのだ。

「結局、一緒なのよね」

 閉じたドアを見るアリシアの眼差しは、若干の失望を含んでいた。

「みんな、同じことを言うのよ。『私が死ぬまで私の傍に居る』って。私が人間でないと知ったら、決まってそんなことを言い始めるのよ」

 アリシアの脳裏に、今まで過ごしてきた相手の顔が浮かぶ。

 ある者は、私は君の心の中に居ると言いながら朽ちた。

 ある者は、私は君と同じになると言いながら死んだ。

 ある者は、君を人間にしてみせると言いながら失敗した。

 和樹も結局は一緒なのだろう。アリシアはため息をついた。

 和樹は学者だった。つまり、かつてアリシアが共に過ごした隠者達と同系統の人間だったのだ。だから今回も和樹が人間でなくなろうとするか、アリシアを人間にしようとするか、結末としてはそのどちらかだという確信に似た予想を、アリシアはしていた。

 そして、その予想が近づいている予感があった。

 アリシアはいつも、経験則からの予想が的中しそうになると、ぼんやりと失望を覚えるのだった。見飽きた終わりを迎えるのかと、虚しさが彼女の胸を埋めるのだ。

「無理、なのにね」

 存在の在り方など、変えられるものではないのだ。人間は死ぬまで人間の枠から出られなければ、彼女が人間という器に収まることも不可能なのだ。

「今回もそろそろ終わり、ね」

 もうしばらくすれば、ドアから和樹が出てくるだろう。それは、彼女を変えるための何かをもった和樹か、自身を変えることに失敗した和樹だった何かか、失敗して失意の表情を浮かべる和樹が、そのどれかだろう。

 もしも、失意の表情の和樹であったのならば、もうしばらく今回を、アリシアと和樹の生活を続けることができるのだが。そうアリシアが考えた時、ドアノブが回る音がした。

 白いドアがゆっくりと開く。

 そこに居たのは、人間のままの和樹であった。

 和樹は手に何も持っていなかった。

 そして何より、和樹は笑顔であった。

「和樹……?」

「どうしたんだいアリシア、そんなにきょとんとした顔をして?」

「……プレゼントは?」

 アリシアが言うと、和樹はにっこりと笑った。

「そう、急かさないで」

 そして後ろを振り返り、穏やかな声で一言、おいでと言い、和樹の後ろから、一人の幼い少女が顔を出した。

「その子は……」

 アリシアと少女の目が合う。

 その瞬間、 “彼女”は直感した。

 その少女は人間ではないと。

 その少女は――

「私……?」

 ぽつりとこぼれたアリシアの声に、くすりとひとつ、和樹は微笑んだ。

「僕は、君と共に永遠を生きることなんてできない。だからせめて、僕は君に仲間を残すことにしたんだ。……これが、僕にできる君へのプレゼントだよ」

 少女が彼の体に身を隠しながら、アリシアをうかがうように見た。

「……はじめ、まして」

 その時“彼女”は初めて、自分が今まで孤独だったことを知った。

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