”僕”の奇妙な体験、”私”の不思議な秘密

第33回にごたん参加作品

お題:【偽傷行為】【タイムトラベル】【虚夢】<初恋>

 

 一つ、奇妙な話をしてあげよう。

 ある一冊の本と、僕の話だ。

 君も知っての通り、僕は読書家だ。今まで何十、何百という本と出会ってきた。

 その中に、忘れられない一冊があったんだ。その本は、とある少女を描いた作品でね、生まれつき盲目の少女が、目が見えないがためにどんどんと不幸になって最後には死んでしまう、ひどく胸糞が悪くて悪趣味なものだった。

 初めてその本を読んだとき、僕は悲しさと衝撃に心をえぐり取られたんだ。あんまりにも衝撃的すぎて、なんてむごい話だろう、どうしてこの少女に救いはないのだろう、なんてことを思いながら、僕は何回も何回も、繰り返し繰り返し、その本を読んでね――ああ、断っておくけれども、僕は今でもハッピーエンドの方が好きだよ。けしてその本に衝撃を受けたあまり、倒錯した趣味に走ってはいないよ。ノーマル、とも言い難いかもしれないけれども。

 なら、何故そんなに繰り返しその本を読んだのかって?

 それはね、探していたんだよ。最初の頁から最後の頁までのどこかに、彼女への救いはないのかって。

 でもね、なかったんだ。どこにも。

 気づいた瞬間、僕は絶望した。

 ひどい、あまりにもひどすぎる。ほんの僅かの救いもないなんて、何を考えながら作者はこんなものを書いたんだと、少しばかり狂乱した覚えがある。

 そして狂乱したまま、絶望のあまり、こんなことを考えたんだ。

 この少女に、僕の目をあげられたら、って。

 馬鹿げた考えだろう? でも、何回も読むうちに、僕はそう考えてしまうほどに、その本の中の少女へ同情してしまったんだ。不幸になってもくじけずに前を向いて、それでも不幸になっていって、世界を呪いたいだろうに呪詛の一言も吐かずに死んでいった彼女に、何かしてあげたかったんだよ。

 奇妙なことが起きたのは、そんな馬鹿げたことを考えた次の日だよ。

 片目が、見えなくなっていたんだ。

 君は元から片目だろうって? うん、そういうことになっているね。でもね、僕の記憶では、僕はその日までは両目が見えたんだ。そんなものだから、片目になったと認識したときは、僕が持っている記憶と周囲の認識との齟齬に、とんでもなく混乱したよ。心配した親に病院へ連れていかれたりもした。まあ、異常はなかったんだけどね。

 とりあえず、ひとしきり認識の齟齬を味わって、現状を理解した後、なんとなく変な予感がして、例の本を開いたんだ。

 そうしたらね、盲目の少女のお話でなく、隻眼の少女のお話になっていたんだよ。相変わらずハッピーエンドではなかったけれど、バッドエンドでもなくなっていたんだ。

 

 ◇

 

 私の、不思議な秘密を一つ、打ち明けます。

 私は現在、高校生の少女の人生を歩んでいます。そしてクラスメイトの、ちょっと変わり者の男の子と談笑しています。

 そんな私の中には、別人の記憶が存在します。

 真っ暗で、何も見えない世界を生きて死んだ記憶があります。

 俗にいう、前世の記憶というやつで、最悪の人生の記憶です。生まれながらにして何も見えず、見えないがために両親に疎まれ、孤児院に捨てられ、そこでもぼろ雑巾のように扱われ、最後には家畜同然に売られて弱り、死んでしまう――そんな記憶です。

 同時に、前世の記憶がもう一つ、私にはあります。隻眼の人生を送った記憶です。隻眼ながらそこそこ両親には面倒を見てもらえ、多少の不利はあったもののだいたい人並みの生活を送って死ねた――そんな記憶です。

 これらの記憶は『同一人物』の記憶です。

 同じ時代に同じ名前で、同じ両親から生まれた一人の少女の二人分の記憶です。

 記憶としては二人分あるのですが、明確に『生きた』実感があるのは、隻眼の記憶だけです。というのも、隻眼の前世の中で、ひとつ不思議な体験をしているのです。盲目だったはずなのに突然片目が見えるようになっていて、しかも周囲は「君は初めから片目だった」と口をそろえて言う、不思議な体験の記憶があるのです。

 その時、前世の私は直感しました。暗闇から誰かが助けてくれたんだと。

 そして、こう願いました。できることなら、その人に会いたい、会ってお礼が言いたいと。

 そう願った結果が今世だという確信が、私にはあります。

 前世と同じく右目だけが見えていて、右目が見えない少年と仲良く談笑している今世が、ただの偶然なわけがありません。

「――相変わらず、ハッピーエンドではなかったけれど、バッドエンドでもなくなっていたんだ」

 奇妙な話だろうと肩をすくめる彼に、私は一つ聞いてみました。

「その本のタイトルは、何て言うの?」

「聞いたところで無駄だよ。だって、その本は気が付いたらなくなっていたんだ。出版されてすらいないことになっていたんだ」

「そこまで含めて奇妙だね」

「同時に嘘っぽさも大増量しているがね」

「……君はさ、その子に片目をあげたこと、後悔してる?」

「いいや、全然。しかし、君はこんな荒唐無稽な話を信じるんだね」

「うん、私はその話、全部信じてあげる」

 にっこりと彼に笑いかけながら、私はこう思いました。

 物語は、まだ終わっていないんだと。

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