291~300

291

 私の仕事は役割レンタル業である。普通の人々から母親・町内会長・誰それの息子・地域猫の世話係などの役割を預かり、希望の役割と一時的に交換する。

 環境を変えて少し息抜きをしたい人、別の性別を体験したい人、自分に合った役割を探したい人、使い方は様々で人気も上々だ。

 さあ、あなたのご要望は?

―役割レンタル



292

 「だれ?」

 人間の幼体が怯えて私を見上げる。まさか生き残りが、と全身が硬直した。

 私たち魔物の住処すみかを焼こうとした種族の子供。そう言い聞かせても攻撃する気になれない。命を守るため反撃した、臆病な私とひとみが同じだから。

 この子は私が育てよう。己の行動の是非を、成長したその子が判断するはずだ。

―臆病者



293

 会社と家の往復で余命が削れていく。こんな代わり映えのない毎日ならいつ終わらせたって同じだ。

 死ぬ前に少しお高めのファミレスに入り、手当たり次第注文する。温かい料理を食べながら、私が知らない世界の食事を想像すると、悔しくて怒りすら湧いた。

 決めた。私は美味しい物を食べるために生きると。

―美味しいもののためなら



294

 私たちは鍵のような存在だ、と思う。生まれつき各々異なる形状を持ち、自分にぴったり嵌まる鍵穴を探している。

 鍵穴とは運命の人かもしれないし、生涯の天職かもしれないし、情熱を無限に注げる趣味かもしれない。幼少期にそれと巡り会った人は幸せだし、老境に至って出会った人もきっと、幸せなのだ。

―鍵のかたち



295

 女が声もなく泣いている。これは私が度々見る夢だ。なぜ泣くのですか。毎回問うが、さめざめと落涙する女には届かぬと見え、決まって起床時には徒労を感じる。

 私は幾度も彼女に呼びかけた。ついに女がおもてを上げ、微笑を見せると、私の魂が体を離れる心地がして。

 今は私が、誰かの夢中で涙を流している。

―代わりに泣いてくれる人を探して



296

 装飾品ほどに美しい男が交際する女は、決まって同等に美しかった。

「互いにアクセサリーだと思っているんだよ」他人は言う。男が素朴な女を結婚相手に選べば、他人は「自分を良く演出できる異性を選んだ」と陰口を叩く。

 男の耳にそれらの言葉は届かない。愛する人と心が通っていれば、それで良かった。

―大切なものは



297

 さて、原生林を散策頂く前に注意事項です。森には音を真似るのが得意で、姿も自在に変えられる固有種が生息しています。くれぐれも気をつけ……え? 人間と判別する方法はないのか?

 簡単ですよ、その生物は人を捕食するので……あら、みんな逃げちゃった。木や石もその生物かもしれないのにね。うふふ。

―森に棲むもの



298

 出立の日、人類の生き残りが築いた街の外れに僕は来た。目の前には不可視の壁があり、その境界面バウンダリー・サーフェスを越えたら簡単には戻れなくなる。でも僕は、もっと世界を知りたい。おい、と後ろから聞き慣れた声。

「一人で行くなんて水臭いぜ」

 幼馴染が笑う。未だ明けきらぬ朝まだき、僕らは小さな一歩を踏み出した。

―終末世界の小さな冒険



299

 上映中の映画が出し抜けに途切れ、これより幕間まくあいという表示が映し出されて以降、一向に音沙汰がない。ついに場内のライトが灯り、私たち観客は皆不可解な面持ちでドアをくぐった。

 すると、帰り道のあらゆるものがいやに真新しく見えるではないか。映画は各々の人生に続く。そんなメッセージだったのか。

―映画の続きは



300

 見る角度で全く違う表情を見せる、君は騙し絵に似た人だった。毎日別人ほどに異なって感じられる君は、秘密を打ち明けてくれたね。

「毎日零時に、別の並行世界の私と入れ替わっちゃうの」と。

 友達を作らず、孤高の風を纏う君は、本当は寂しがりで。君の話を聞いて決めた。私が全ての君に寄り添うって。

―n番目の君に誓う

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