321~330

321

 小学校の友達の家には、リビングに立派な水槽があり、いくら見ても飽きなかった。水の音、ライトを浴びる水草、煌びやかな魚たち。アクアリウムだよ、と彼は教えてくれた。

 その後没交渉となり、彼の一家失踪の噂を聞く。昔聞いた友の囁きが脳裏をよぎる。

「これは故郷の光景だよ。僕ら一族は人魚なんだ」

―海へ還る日



322

 祭やるよお、と二本足で立つ喋る狸に誘われ寄ってみた。

 化かされて虫とか食わせられるのかな、と思ったが、森の開けた場所で狸たちが延々と森羅万象に変化するのを見学した。面白かった。

 帰りに瓶入りの宝石らしきものを渡される。朝見たら石ころになるのか、と思えば琥珀糖だった。普通に美味かった。

―狸祭



323

 冒険者が見つけたそれは、一見苔むした岩山のようだったが、よく見ればゆっくりと膨張と収縮を繰り返していた。呼吸しているのだ。

 冒険者が解呪の言葉を唱えると、それ――大地を支える巨大な亀は、轟音を響かせて目覚めた。

 亀の息吹に呼応して地球は形を変え、地球時代は終わり、地板ちばん時代が到来した。

―アクパーラの復活



324

 これは貴方宛の恋文です。

 貴方の手紙、心底気色が悪かった。二人で育むのが愛で、一人でするのが恋だから、貴方のはラブレターではなく紛う事なき恋文でした。綺麗なのは叶わない恋だけだから、貴方の恋も永遠にしてあげたの。貴方の亡骸、とても素敵よ。大好き。

 ほら、これは恋文って言ったでしょう?

―叶わなかった恋だけが綺麗でいられるの



325

 大事な食事の日なのに、朝から大雨で、予約した店に辿り着く頃には雷まで鳴り始めていた。僕も彼女も濡れ鼠だ。一世一代の告白も、雷雨の轟音に掻き消され僕は消沈する。

「こんな風になってごめん。いつか仕切り直すから」

「君が謝らなくても。さ、食べよ」

 いいや。全ては水竜である、僕のせいなんだ。

―告白の敵は



326

 ある男の前に女が現れ、ぱちぱちと拍手をしながら、「素晴らしい!」と満面の笑みで言う。男は逃げ出すが、その後何度も女と遭遇し褒められ、男は精神を病む。称賛によっても人は壊れるのだ。

「という話はどうかな」 

 素晴らしいです、と執筆補助AIが笑う。うーん。やはり俺に必要なのは駄目出しだな。

―称賛か駄目出しか



327

 彼の夢は砕け散った。長年いだき続けた夢を彼が諦めた理由は、客観的にはありふれたものであるからここには書かない。

 砕けた夢の破片は地面を這って、やがて地中へ潜っていく。そうして何年もかけ、また立派な夢へと成長するのだ。

 羽化する時を待つ夢の欠片が、あなたの足下にも眠っているかもしれない。

―夢の欠片



328

 私がしているのは殆ど錬金術だ、とたまに思う。

 普通の男子女子にアイドルという虚像を被せて売り込む。偶像の薄皮を剥けば生身の人間でしかないのに。ありふれた物質から金ができたとうそぶく因果な商売だ。

 でも、ステージの上のあの子の笑顔は黄金より華やかで。本物の輝きに、私は不意に恐ろしくなった。

―見出だされた本物



329

 先輩は完璧なチョコミントガール。可愛くて、きりりとクールで、個性的。好きになるなって言う方が無理! だから勇気を奮って伝える。

「好きです先輩」

「ごめんね。私、異性が好きなの」

 ほらね、私の恋はこれで完成。完全無欠の彼女は、私を好きになんて絶対ならない。先輩は完璧なチョコミントガール。

―先輩はチョコミントガール



330

 人工知能AIもたらす生温い安寧に浸り、人類は仕事や国の境界線を忘れた。

 なのに僕は、相変わらず境界を引き漫画を描いている。道具はペンや定規など極めてアナログだ。創作物の作者がほぼAIになった現代、僕に伝えたい想いなどない。

 ただ自分の輪郭をはっきりさせるために、線を引く。引く。引き続ける。

―その線はがために

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