311~320

311

 机の上を進む粒々つぶつぶ。目の前を通り過ぎるそれらをよく見ると、極小の駱駝や行商人ではないか。どこまで行くの、と訊いてみると、遠くまでです、とのか細い返答。

 翌日、荷物を減らした駱駝の列に出会した。

「遠くまでお疲れ様」

 彼らがベランダで蟻相手に物々交換していたのを見ていたが、私はそうねぎらった。

―遥かなるキャラバン



312

 開いた日記帳の今日の欄は既に埋まっていた。いぶかしげに精査すると、書かれた日記は三日先まで、確実に己の字だ。

 怪現象は続いたが、いつしか予知日記の内容を恃みにしていた。不意にそれが途切れた時、死ぬのだと覚悟した。

 しかし今も自分は生きている。きっと未来の私は、私に安心して筆を置いたのだ。

―予知日記



313

「この星も生物は不在か。事前データでは期待できたんだが」

「仕方ない。諦めも肝心さ。広い宇宙で、我々だけが孤独に存在しているはずはない。次へ行こう」

 小さな宇宙船が体表から飛び立ち、球に近い形状の巨大な生物はふわあと大口を開けた。乗員たちの視界に、惑星の形の生き物はもう映らなかった。

―星の正体



314

 私はいつも、舞台の上で生まれる。

 役から抜け出た日常生活は、私にとってさながら夢の中の出来事だ。全てが漠として掴み所がない。それで何も困らない。ステージに立つと、何か大いなる意識が流れ込んでくると感じるのは、演じることがかつて神への供物くもつだったからなのか。

 幕が下りて、また私が消える。

―舞台の上だけの私



315

 舞台でのみ会える貴方に、私は焦がれている。

 舞台外で会う貴方は、最低限の言動をこなす機械のようで、まるで自意識を感じない。だのに舞台へ上がれば衆目を惹きつけ、我が心をも鷲掴みにする。役を演ずる貴方は俗から離れ、天に近い存在に変貌しているのだろうか。

 終幕と同時に、今日も私の恋は死ぬ。

―舞台の上だけの貴方



316

 一生において一切の余白を許容しない種族がいた。覚醒時には常に、種の存続に有意義な行動を取る。最低限の休息で食糧を集め、運び、子孫を産み育て、一人立ちは早い。極めて合理的な生活環を持ち、生息域を広げた。

 しかし彼らは一度の地震で滅びた。不測の事態に対応する冗長性を持たなかったせいで。

―生きるのに必要なこと



317

 少女と目が合った途端、この子は私に似ている、と直感した。私の中の素質と彼女は共鳴するはずで、つまり我々はきっと友達になれる。

 少女が私を閉じ、お母さん、と声を上げた。

「ねえ、この本すごいよ! 私の気持ちが書いてあるの」

 やはり。私の体の中の『嬉しい』という言葉が、じんわりと熱くなった。

―無二の親友



318

 夏が来ると思い出が蘇る。田舎の古い家で、真夏の数日だけ共に遊んだあの子。虫取り、川遊び、ひぐらしの声、夕涼み。

 幻めいた思い出だ――そこで不意に理解を得る。僕には夏の記憶しかないと。きっと僕こそが、座敷童のような存在なのだ。

 今夏はあの子の面影おもかげを宿した幼子おさなごが家に来た。さあ、何をして遊ぼう。

―来る夏の記憶



319

 閉店後に男の子が現れ、「儂はこの喫茶店の付喪神つくもがみだ」と経営者の私に言う。面食らいつつ話を聞く。

「クラシックもいいが少しは人の会話も聞きたい。寂しいから」

 発言を受け、店内私語厳禁だったのを、昼だけ規則を緩めることにした。居心地が良くなったと聞くから、きっとの気分も上向いたのだろう。

―名曲喫茶の付喪神



320

 最後の宇宙船が飛び立つ。どこまでも飛ぶ。

 機体の設計者の私は手を振り終え、人類が一人きりになった星の上で一歩を踏み出した。至極清々しい気分で。

 私が独り惑星に残ると決まり、悲劇の英雄だとか評されたが、何のことはない、わざと離陸に人の手が要る設計にしたのだ。

 星の王を気取り深呼吸をする。

―ヒーローと星の王

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