51~60

51

 人口減が加速し、人類は五年以内に滅びるとの予測が発表されても、十数年も前から都市機能の持続に関与してきたAI達に動揺はなかった。ヒトが絶滅しても、AIは無人の都市を立派に維持するだろう。

 都市とはヒトが進化した姿なのだ。都市という蝶の夢を見るさなぎ、それがヒトだったのだと、今僕は思う。

―眠らない人のための進化論



52

 友人のむくろを見下ろす。脳漿と血が飛び散っているが、撃たれたにしては――撃ったのは俺だが――綺麗な方だ。堅物を煮詰めたような男が殺してくれと言うのはよほどのことで、詮索はしなかった。

 十年来の友人を殺したのに、手に残るのはお馴染みの反動だけで、手応えがないのも寂しいな、と改めて考えた。

―手応え



53

 あなたはまた無防備に、ソファで寝息を立てている。急所である喉首に指を這わすと、あなたは薄目を開ける。眠れねえのか、一緒に寝るか、なんて呑気に問いかける。

 僕はいつまで子供なんですか。僕はあなたを殺すこともできるのに。いつでもできる、その思いをくすぶらせ、今夜もあなたの体に毛布を被せる。

―取り置きのユータナジー



54

 あの子が呼んでる、行かなくちゃ、と言い残して妻は失踪した。僕ら夫婦に子はないし、人の当てもなく、誰に呼ばれたのか分からず仕舞じまいだった。彼女の持ち物や、彼女に関する記憶は初めから無かったように消失していて、僕は狂人扱いを受けた。

 今では妻の気持ちが分かる。

 行こう、あの子が呼んでいる。

―・・・― ― ―・・・



55

 作家が訪れた神社の御神体は震動していた。岩に似た見かけだが、その震動は機械的でなく、ふよふよとした生物の震えである。

 アポを取り付けていた神主に「この御神体は……生きていますよね」と尋ねると、「それで何か問題でも」と返され、作家は返答に窮する。御神体はその間もふよふよと震え続ける。

―ふよふよ



56

 目が醒めると、おびただしい数の獣の足跡で部屋が埋め尽くされていた。ここは賃貸だから犬など飼っていないし、しかも足跡は大型犬の二倍はある。そもそも、犬ならば壁も天井も足跡だらけにするなんて不可能だろう。

 身を起こして見下ろした自分の両手が、獣の正体を教えてくれた。その、毛むくじゃらの手が。

―ケモノ



57

 熱っぽい奇妙な夢見心地で、夏祭りの人いきれの最中にいる。傍らにいるNが、自分が誰だか忘れそう、と呟く。その声が遠のくように思え、思わず浴衣の肩を掴むと、Nの兄の首の感触を思い出した。

 Nの言う通りに、自分の存在が、この罪すらが、祭りの喧騒に溶け出していく。私は二度と家には帰れない。

―夏の悪党



58

 触手状のつるを持つ植物が現れてから、文明と人類の未来は滅亡へ舵を切った。今僕の目の前で、蔓へ埋まりゆく彼女の顔は、苦悶で固まっている。彼女が最期に見たのが恋人でもなく、彼女に片恋しているだけの僕の姿だなんて、運命は皮肉が好きらしい。

 じきに僕もそちらへ逝く。だから謝罪を聞いてほしい。

―緑に哭く



59

 星と音楽って似てるよね、と天の川の下で囁いた彼女を懐かしむ。その心は、と問う私に、

「何百光年も離れてる星って、その星がなくなっても、地球からは光が見え続けるでしょう。歌い手が死んじゃった音楽も、皆の心に届き続ける」

 と彼女は返した。きっと私にとっては彼女が星であった。音楽であった。

―銀河のほとりのなんでもない夜



60

 君がむずかしい病気にかかってるって、僕の鼻が教えてくれたんだ。神さまが言うには、流星群の夜に願うと、記憶をなくすかわりに人間になれるんだって。

 君がしてくれた全てを忘れるのは惜しくない……なんて嘘だけど、君の命を救うためなら腹を括って、僕は願うよ。どうか君を見つけられますようにって。

―さようなら星が降る前の記憶

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