11~20

11

 山林の土の上で、私はまさに死なんとしていた。

思考だけが明瞭で、夏の終わりに死ぬなんて最悪、そう思った。むせ返るほどの草いきれ。ヒグラシの鳴声、彼岸からの呼び声。

 死にゆく私は、冬を欲していた。身を裂く風も、雪が肌に溶ける一瞬の冷たさも、霜焼けの痛痒いたがゆさも、今は何もかもが懐かしかった。

―晩夏に冬園ふゆぞの



12

 失われてしまった物語に思いを馳せる。

 私は文字を与えてみたい。言葉を知らぬ原始の人類に。人類が滅ぼしてきた様々な動物たちに。白亜期の地球を闊歩する恐竜たちに。エディアカラ動物群の生物たちに。有機物のプールで儚く漂う原初の生命に。

 彼らの描き出す物語。

 その夢想のまばゆさに、私は酔いしれる。

―記述法のない物語たちへ



13

 好きなアーティストのMVを観ていたら、随分古そうな映像だね、と彼が言った。

「これ今年のやつだよ。8ミリフィルムで撮ったから古く見えるの」

「どうしてわざわざ」

 綺麗なものばかり溢れてる時代だから、汚いのが恋しくなるのかも、と返す。美しい容姿をして、煙草を咥える彼の横顔が、私は好きだ。

―AMANOJAKU



14

 死者が、くらい眼で僕を見つめている。これまでに人類が犯した罪で死んでいったすべての者たちが、僕に問うている。

 お前はどうするのだ、と。

 お前は今すべてを知ってしまった、どうする、知らぬふりができるか。

 僕はおびただしい数の罪の前で、何も答えられず、何もできず、ただ身体を震わせて、立ちすくんでいる。

―すべての罪の記憶



15

 球体の賽子サイコロを振り続ける夢を見る。

 立方体だったそれは、いつしか球体になっていた。賽子は床を転がり続ける。何の数字も示さない。

 俺は焦る。冷汗をかく。夢だと知りながら。この次にどうすればいい。そもそもどこからが夢だった? 頼むよ。何マス戻っても、いっそ振り出しに戻ってもいい。教えてくれ。

―dice nightmare



16

 電車で眼前に広がる新聞の日付が妙な事に気づく。一週間後の日付。

 携帯は私の認識の正しさを支持する。読み手は私に似た冴えない中年で、事件を未然に防ごうと血眼ちまなこで記事を探す小説めいた様子もない。

 会社の最寄り駅に着き、渋々降りる。あの男性と新聞は何だったのか。気になったが、翌日には忘れた。

―通勤電車にて



17

 すべてを書き割りのように感じています。

 眺望は平面に描かれた背景で、部屋も服も食べ物も、食器も家具も、人でさえ、精巧に作られた偽物に思えます。ぺらぺらの幕の上の虚構に、私はうずもれています。

 でも、この幕の破り方を教えてくれるあなたは、きっといつまで待っても来てはくれないのでしょう。

―あなたを知らずに生きていくことを許してください



18

 僕らは忘却し続ける。膨張する宇宙はヒトの記憶を取り零す。抗う術は無さそうだ。僕はもう昨日の事も忘れている。自分が言おうとした言葉、そんな一瞬前の事すら忘れる日が来るだろう。

 その前に君に伝えたい言葉がある。けれどまだ決心がつかない。運命の訪れの前に、僕の心に勇気が生まれますように。

―エンドロールには早すぎる(title by spitz)



19

 ホシ人材サービスです。お世話になっております。本日はどのような…弛んだ市民の防犯意識を引き締める凶悪事件の犯人、ですね。承りました。

 防犯への意識を高めるには、凶悪犯の派遣が最も効果的ですからね。…当社の人材をお褒め頂き光栄です。すぐに手配致しますね。…はい、それでは失礼致します。

―或る派遣会社



20

 娘が乳児の頃。電車内でぐずる娘をあやす私の隣に、いつも優しげなお婆さんがいた。元気ね、泣くのが仕事だもの、との言葉で、刺さる視線が和らぐのを感じた。

 それ妖怪なんだってと後に友人は言った。

「座敷童子的な。子供をあやす妖怪」

 そういえば、彼女らは顔は違えど、微笑み方は皆同じだったっけ。

―妖怪子守りおばば


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