241~250

241

 備わった無尽蔵の探究心と、不滅の好奇心のおかげで、人類は地球上にあまねく繁栄した――実際それは吉事だろうか?

 森の奥まで辿り着く人の脳から情報を食らい、私は自身について理解し始めた。人間が畏怖するところの、私は疫神えきしんらしい。

 全身に力がみなぎり、巨体が動き出す。さあこう、どこでも好きな所へ。

―目覚め



242

 存在するはずのない作品。この先にある象嵌ぞうがん細工はそういう代物だ。

 明らかに職人が一人で作ったものだが、だとすると二百年はかかる作業量。実用性は皆無で、世界中から集めた材料を使っている。意匠デザインが宇宙の真理を表してるって話もある。

 一生を秘密の解明に費やす覚悟はいいな? それじゃ、健闘を祈る。

―存在しないはずの



243

 今日を何回も繰り返している。私が何をしようと一日の終わりに必ず君が死ぬ。そしてまた今日が始まる。

 私は様々な要因、様々な場所で無惨な死を遂げる君を見届け続ける。果てのないリピート。

 きっとこれは神様からの祝福だ。私の人生を踏みにじった君が無限に死に続けるなんて、愉快で愉快でたまらない。

―君は何回でも



244

 現代社会において、真の無音を体感できる機会はどれだけあるだろう。

 この瞬間、舞台の上でオーケストラの演奏は暫時み、停止した指揮棒の先から緊張感が迸り、聴衆は突然訪れた静寂にはっとする。

 総休止ゲネラル・パウゼ。とても貴重な、多くの意味を含んだ無音。刹那、固唾かたずを飲む僕の全身を、再び豊かな音圧が包む。

―ゲネラル・パウゼ



245

 我が名を呼ぶ声が、我が力を欲する言葉が聞こえる。この老いぼれを必要とする者がまだいるらしい。となれば、惰眠を中断して応えるにやぶさかではない。

 よし、腹の中の駆動系は生きている。新たな飛空挺乗り候補は年若そうだ。

「乗れ小僧!」

 わしは咆哮し、乾いた砂を掻き分け、懐かしき中空へ身を躍らせた。

―新たな候補



246

 おわりの標識って知ってる? 止まれに似てるけど、その標識の赤は血の色なんだって。気づかずに標識の先に行くと、異界から戻れなくなるんだよ――。

 うち家に居場所ないから、異界とか少し憧れかも。

 少女の会話の傍らでやめときな、と心の中で呟く。私みたいに、体と魂が引き剥がされて苦しむだけだよ。

―おわりの標識



247

 言葉が、記述が、世界を造っている。つまり僕らの世界の物語と、隣の世界の物語は全然違うわけ。耳に入れば自己存在が揺らぐほどにね。

 異聞を知ることは、ことわりの異なる世界に身を浸すこと。だからお勧めしない……ほら、自分自身が薄まる実感があるでしょう?

 しなよ、人間界の異聞に興味を持つのはね。

―異世界異聞



248

 世界を創った神は言葉を発明した人類に驚いた。神は誰かと交流する必要がなく、言葉という概念は未知のものだった。

 人間が物語を書き、本をこしらえ始めると神は更に驚いた。人はほぼ無限大の想像力で、光速以上の速度や、この宇宙の外の世界も平気で描写する。

 推し作家の新刊が、神の現在の楽しみである。

―神推し作家の新刊



249

 良質音楽欠乏症で人が倒れ、機内は騒然となった。演奏家の方はおられませんか、とCAが声を張り上げる。発作を抑える薬を飲み忘れたのか。

 私はうつむいた。楽器のケースは無論持ち込んでいる。しかし、演奏して症状が改善しなければ、私の演奏が良質でないとの証明になる。

 他に誰かいないのか。お願いだ。

―良質音楽欠乏病



250

 貴方が思い出の地を踏むとき、来し方を顧みて懐かしむこともあるだろう。胸をく熱い郷愁に、視界が潤みもするだろう。

 それはの地が、貴方を覚えているからだ。彼の地が再会を寿ことほぎ、人生を祝福するから、貴方の胸は熱くなるのだ。

 彼の地は永久とこしえに忘れない。貴方の魂のれ物が、別の形になろうとも。

―彼の地は忘れないでいてくれる

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