31~40

31

「将来の夢は綺麗な花嫁さん」

 と笑った娘に、難病で十歳までの命でしょうと診断が下った。延命の方法はただ一つ。コールドスリープで未来に治療を託すこと。それには莫大な費用がかかる。僕が一生かかってようやまかなえるほどの。

 娘に最後のおやすみを言いながら、涙をこらえた。ごめんな。これは僕のエゴだ。

―眠りから醒めたら君は



32

 地球に行っても無駄ですよ、人類は滅びましたから。不老不死の術を見つけたのになぜ滅んだかって?

 Ace Kアセスルファムカリウムが――合成甘味料ですがね、それが約三百年後に効いてくる毒って彼らは知らなかったんです。気づいたら生殖能力のある人類は残ってなかったってわけ。生きてると何があるか分かりませんねえ。

―じわじわ効いてくる



33

 メールでは深刻な様子だったのに、いざ会ってみると彼はぺらぺらとよく喋った。常になく、実の薄い話題を取っ替え引っ替えして。

 わざわざ新幹線で二時間かけて来ておいて、あれほど饒舌だった彼は結局、たった四文字の言葉を口にしなかった。"さよなら"の周りを踏み固めるための、寂しい時間だった。

―踏み固めても言えない



34

 東山魁夷の白馬の森の複製画が学校にあって、私はそれを見るのが大好きでした。私は絵に救われたんです。

 雨が続いた夜に誤って川に転落した私は、未明に川原で発見され、皆奇跡だと言いました。濁流の中で何かが体を押し上げ、私は必死にしがみつきました。

 掌には確かに、白馬のたてがみが残っていたんです。

―白馬の森



35

 環境変化と食糧難に対抗すべく人類が開発した、低温・高温・凍結・乾燥耐性遺伝子を組み込んだ、成長ホルモン過剰分泌植物は、瞬く間に全地表へひろがった。

 植物食動物はおのが食物を失い、ヒトを含む雑食・肉食動物も緑に飲み込まれるように滅んだ。今ではその星は、皮肉を込めて緑の惑星と呼ばれている。

―緑の惑星



36

 君は壊れた傘がどこへ行くのか知っているだろうか。なぜ街が傘の残骸で溢れ返らないか、考えたことはあるかい。

 この社会にはね、鉄とビニールを取り込んで成長する化け物がいるんだよ。生物と呼べるかすら分からない、そう、化け物さ。

 ――今君の前にいるのがそれだよ。君ならそいつを、何と名付ける?

―傘の行方



37

 杯のうち一つを選んで下さい。選ばないなら引き金を引きます。貴方が選ばなかった方を僕が飲みますよ。選ばなければ確実に死に、選べば僕か貴方か、一人は助かる。簡単でしょう?

 では……え、これは何だって?これは解毒剤です。どっちの杯にも毒が入っていたんです。苦しいですか?ふふふ、良かった。

―二つに一つ



38

 取引先の常に思い詰めた顔の人が気になっていた。二人きりになった時、信じられないでしょうが、と切り出された。

「僕、十年前から何度も人生を繰り返してるんです。ループというのかな。それで人生に疲れちゃって」

 しばらくして見かけた彼は晴れやかな表情になっていて、抜け出せたんだな、と思った。

―取引先のループさん



39

 いっけなーい遅刻遅刻!

 私、高校一年生のリホちゃんの影!今日は寝坊しちゃって、外に出るリホちゃんの足元にギリギリ滑り込めたの。影が無いなんて気づかれたら大問題だから危なかったあ。でも、曲がり角で彼女がぶつかった、男の子の影と私が入れ替わっちゃった!

 私、これからどうなっちゃうの~!?

―TSラブコメ(※足元)



40

 あの更地に私の通った小学校はあった。

 靴の下でキュッキュと音を立てる廊下の感触も、夕陽の射し込む図書室の埃っぽい匂いも、階段の木製の手すりの手触りも、今まさに体験しているように想起できるのに、もはやそれらが自分のちっぽけな脳の神経回路、その中にしか存在しないのが不思議でたまらない。

―脳の中の幼年期

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