341~350

341

 今は朝凪あさなぎの時代だ、と王宮の占星術師は告げた。その意味を誰も知らぬまま、武芸に秀でた君と歴史書が好きな私は、正反対ながら親しく育った。

 今日この日、革命の旗印はたじるしとなった君の動向を、私は玉座の上で参謀から聞かされた。

 神とていまだ決めかねていよう。これから君と私のどちらに、風を吹かせるかを。

―朝凪の時代の終わり



342

 山中で迷った男が奇妙な屋敷に入り込んだ。広大な敷地には人影がなく、屋内なのに風車かざぐるまはからから、手鞠はとんとん、紙風船はころころと動き続けている。

 座卓にはご馳走が並び、男の空腹を刺激したが、悪い予感がして男は逃げ帰った。

 かつて屋敷の罠に捕まった髑髏しゃれこうべは、男の無事を認めてカラカラ笑った。

―山中の屋敷



343

 寝付けずに深夜二時、君への想いを綴りたくなる。

 下書きもなく深夜のテンションで書き殴られた、何枚もの紙の束。朝に読み返したらきっと、頭を掻き毟って破きたくなるに違いない。

 この手紙の命はあと数時間。自分で生み出した儚い文章を哀れみながら、私は手紙に夜の闇と静寂を一時ひととき味わわせてあげた。

―手紙の命



344

 人類滅亡後の地球に異星人が視察に来た。透明な鉱物がずらりと並んだ建物があり、『地球人類の記憶ここに眠る』と説明があった。

 異星人は詩情豊かだったため、人類は記憶を美しい鉱物に準えたのだ、と感動し帰還した。

 鉱物は人類の全記憶を封じた記録媒体であり、静かに読み出しの時を待ち続けている。

―記憶の結晶



345

 僕の特技は、他人ひとのよく聴く音楽の傾向当てだ。その人のイヤホンやヘッドフォンを見れば一発で分かる。ロックは個性が強く、クラシックは端正と、聴く音楽によってそれらの佇まいが明瞭に異なるからだ。

 違いは僕にだけ見えるらしく、この話をすると気味悪がられる。こんなに違うのに、不思議なものだ。

―オーディオ機器の佇まい



346

 懸想けそうすることを胸を焦がすと言うだろう? 人間にとっては比喩表現だろうが、俺みたいに恋心でこんがり焦げた心臓が好物の人外がいるのさ。

 お前の理想の男に化けた俺と過ごす時間は最高だったろ? そう怯えるなよ。取って食おうなんて……まあ、してるわけだが。

 安心しな、痛くないようにしてやるからさ。

―こんがり



347

 昔から見えるんですよ、家のオーラが、と相手が静かに言う。通常の家は黄色で、火事が迫っていると赤っぽく、中で虐待があれば紫に色相が変化するのだと。

「見えたところで、私にできることは限られてるんですけどね」

 人家への放火未遂で取り押さえられた自分の頭上で、その警官は柔らかくほほえんだ。

―家のオーラ



348

 胸騒ぎがした。いつもはまたね、と別れ際に言う友達が、今日に限ってさよなら、と手を振るから。思わず走っていって、相手の肩を掴む。

「面白い漫画があるから、明日持ってくるよ」そう約束した。

 お互い皺々しわしわの老人になった今でも我々は友人だ。きっと最期の時でも、またねと気安く挨拶するに違いない。

―いつでも「またね」を



349

 叔父は悪食あくじきが過ぎて、狐狸妖怪の類いを自ら調理し食べている。河童や人面魚は当然で、名もないあやかしも数多く。

 彼のレポブログの日付は百年前や六十年後などまちまちだ。もはや叔父が妖怪と化している気がする。

 久々に姪と会い人魚を食べました、という報告に目を疑う。叔父にとっての姪は、私だけなのに。

―誰なの



350

 恒久不変の星が落ちた。国の指針を全て決定していた、全知全能にして不老不死の預言者が没した。尋常ならざる死であったという。

 今、目の前の牢に、「自分の頭で考えよ」と民を長年煽動していた大罪人がいる。

 王の側仕そばづかえの私は、剣呑に獰猛に不敵に笑う男に乞わねばならない。考えるとは、何たるかを。

―放棄の代償

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140字小説 冬野瞠 @HARU_fuyuno

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