271~280

271

 朝顔の声って知っている? 早朝、誰の目もないところで花に耳を近づけると、言葉が聞こえる。内容は人それぞれだけど、共通するのは当人を責めさいなむ言葉ってこと。一説によると、嫌われてる相手の心の声を代弁してるとか。

 そんなの聞きたくないと思うだろ? でも君はいずれ聞いてしまう。私には分かるよ。

―本の食べ頃



272

 寂れた商店街に賑わいが戻ってきた。仕掛人のひとりである私は「両者に得があるのが大切です」と肥えた腹を擦りながら記者に答える。

「なるほど、店側と客側両方にですか」

 そんなところです、と人と狸と狐が混じる群衆を見渡した。商店街は繁盛し、私たちは暮らす場所を得る。まさに持ちつ持たれつだ。

―WIN-WIN



273

 物語を創ることは、静かな毒をむようなものだ。創作を始める前の自分には戻れない。生活が創作の一部になり、人生がネタ元に成り下がって、こんな今際いまわきわでも書きたいと思う異常者が出来上がる。

 怒ってないよ。自分はいい恋人じゃなかったもの。

 けれど願わくば書き継いでほしい。君に、私の物語を。

―私の毒をあげる



274

 親が言うには、僕は昔、ビニールプールにおもちゃを浮かべて遊んでいたらしい。自分が中で遊ぶわけでもなく。

 水に遊び道具を浮かべていた少年は、学生時代には自作のラジコンを空に飛ばし、今では宇宙探査機のオペレーターをしている。

 僕はずっと、指の先に夢を描いてきた。指が宇宙を連れてきたのだ。

―宇宙を連れて



275

 私の上司は困り事を解決する便利屋だ。依頼は法律ではどうにもできない、込み入ったものが多い。

 上司は依頼人に「報酬はあんたが死んだ後に、一番価値のあるものを頂く」なんて横柄にうそぶくが、そのじつちゃんと報酬を貰っている姿をほぼ見ない。

 タダ働きも同然だが、口が悪くて優しい上司が、私は好きだ。

―一番価値のあるものは



276

 私はすやすや眠る巨大な竜の脇を通って登校する。

 竜がどこからやってきたのか、知る者はいない。ある日、夜が明けたらいつの間にか住宅地の道路を埋め、寝入っていたのだ。一度も目覚めない竜は、今では背景の一部となり、規制線を気にする人間もいない。

 ふと見ると、一mほどある眼球と視線が合った。

―眠り竜の目覚め



277

 冥界体験ツアーへようこそ! 自由行動では食物を口にしない、怪しい者の甘言に乗らない、以上二点ご留意を。

 ……おや、あなたは行かれないので? ふむ、私が怪しいと。いかにも、この先一歩でも進めば冥界から戻れなくなります。私は冥府の渡しもりでして。

 あなたも才能ありますよ、渡し守になる才能がね。

―冥界体験ツアー



278

 生きることは、原稿用紙の方眼を埋めていく作業に似ている、と思う。

 自分の知っている語彙を使い、一文字一文字歩くように、自分の物語を紡いでいく。ハッピーエンドまでスキップしたくても、地道に文字を書き進んでいく他にないのだ。

 いつか自分以外の存在により、最後に了の字が書かれるその時まで。

―スキップはできない



279

 解体されていくやぐらを眺めながら、僕らは夏祭りの名残に浸っていた。今年初めて会った彼女の横顔は寂しそうだ。

「来年も会えるかなあ、私たち」

「分からない。でも、僕も会えたらいいなと思ってる」

 熱のないひんやりした手を重ね合わせる。この世の者でなくなってから経験する出会いもあるのだと知った。

―彼岸の約束



280

 仕事における有能さは握手で決まると考え、握手を極めた男がいた。ひとたび握手をした者は骨抜きになり、こぞって彼と契約したがった。

 後年、完璧な握手は自動車事故により利き手と共にうしなわれる。しかし男の契約数は減らなかった。彼は既に強固な人脈と信頼をち得ていた。

 もう、握手は要らなかった。

―完璧な握手

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