61~70
61
自分の体の器官を誰か――何か恐ろしい者――に持ち去られていく夢を見た。最初は鼻、それから口、耳、手足、最後に目。鈍い
こんなに怖い夢は初めてだ。でもなぜだろう、僕はもう目覚めたはずなのに、どうしても瞼が開けられない。
―夢のあとに
62
デザイナーベイビー、という言葉がある。遺伝子の改変を受けたヒトの
我々は、己を一体何と呼べばいいのだろう。
―かつてデザイナーベイビーだった私たちへ
63
「一緒に生きよう」
そう私に言ってくれた人は今、何もかも白い病院で何年も眠り続けている。主治医からは、昏睡状態から回復する可能性はほぼ0だと言われていた。正直言って、別の人生の歩み方が、ちらと頭を過る瞬間もある。
あなたが私にくれた優しい言葉。それは祝福と呪い、どちらだったのだろう。
―祝う/呪う
64
夜の田んぼって、うるさいよね。
その言葉に都心育ちの僕は首を傾げる。君は転入したての僕の手を引き、一面の水田へ連れていく。巨大な鏡となった水面に、夜へ向かう夕空の複雑な色合いが映りこみ、蛙たちの高らかな生の謳歌が僕らを取りまいた。すごいね、と感嘆すると君は
普通だよ。
―田舎の夕暮れ
65
私が録音を始めると、姉はこの世で戦争が一番嫌いでした、と男が語り始める。
「
いっそ負ければ良かった。録音を止めた直後、英雄の弟は呟く。
―英雄は英雄を救わない
66
初夏の夜風を感じつつ、不眠仲間の君に通話を繋ぐ。
「眠れないとさ、生物として失格した気になってくる」
「いいじゃない、人間は生物をやめようとしてる。電子的な存在を目指したりさ。むしろ我々は進化の途上にあるのかも」
私は人類
―初夏の
67
意外に埋もれた事実だが、本の重さの大半は文字の重量だ。
厚い本を持つとき、紙の束とは思えぬほど重く感じるのにはこのような
―物語の重み
68
やはり七夕は八月にやるべきだ。梅雨が明け、天の川もくっきり見えるほど星空が綺麗だから。
好きな人の隣にずっといられますように、と書いた私の短冊を
「加織ちゃん、付き合ってる人いたっけ」
いないよ、と返事をすると、友達と呼びたくない私の好きな人は可憐に小首を傾げた。
―夏の星に願う
69
かぜのふね。
昼休みに廊下の窓から外を眺める僕の隣で、君は呟いた。え、とそちらを見る。折しも小指の爪ほどの赤い風船が、初夏の青空を真っ二つにして昇ってゆく。
「風船ってさ、よく考えると不思議な言葉じゃない? ごめんね、初対面なのに突然」
ううん、と呆けて返事した僕の、それが初恋だった。
―かぜのふね
70
真夏の夜、舞踏会に参加したあなたは二人の姿を見るだろう。
金髪の女と赤毛の男が、絵画のごとく寄り添う姿。あなたの目はスポットライトを浴びたような男女の光景に惹き付けられ、今宵の主役が他ならぬ彼らだとあなただけが
素顔という仮面の下に、各々の思惑を隠した
―バル・マスケの夜
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