261~270

261

 祖母はいつも飴色の本を読んでいた。どうして昔のばかり読むの、と尋ねた幼い私に「積まれた本は熟成して旨味が増すの。玉葱も生より飴色に炒めた後が食べ頃でしょう」とうそぶいて笑った。

 今、退色しかけた私の蔵書を姪が楽しげに読み漁っている。飴色が食べ頃なんて嘘だ。本は、いつ味わっても美味しい。

―本の食べ頃



262

 門番の仕事は退屈だ。日がな一日、城門のそばに立っているだけ。中世の時代ならいざ知らず、現代は平和で、その上ここは遊園地の城だ。私は背景と同化し、誰も気に留めない。

 しかし突然、女児に「いつもおしろを守ってくれてありがとう」と言葉をかけられ驚く。

 涙は流れなかった。私は空洞の甲冑だから。

―門番の仕事



263

 僕は流しそうめんをしたことがない。潮干狩りに行ったことも、サーカスを直に見たことも、テントに宿泊したこともない。未経験を積み重ねてつまらない人間になり、老いていくのだろう。

 じゃあ今からやれば良くね? とそうめんを流す機械を買ってきた友人が気負いなしに笑う。その笑顔がひたすら眩しい。

―今からやれば



264

 兄から玩具おもちゃを貰った。勿論彼のお下がりだ。

 かつては美しい青色だったらしい球形の玩具の表面は、無残に荒れ果てている。兄の観察によれば、球の上に存在していた生物の生態系を、突然現れたヒトなる種が破壊し、不毛の地に変えたのだという。

 私はここにどんな生命を配置しようか。しばらくは楽しめそうだ。

―球形の玩具



265

 人生という問題を解く最適解の追求。それが私の生きる目的だ。

 効率のいい勉強、無駄のない生活。そのためには友人も趣味も不要だ。けれど、今年から家族になった同い年の義妹いもうとは、私をどこへでも連れ出そうとする。

「無駄なことって楽しいでしょ?」

 海に沈む夕日の美しさが、私のかたくなな心を解いていく。

―人生の最適解



266

 俺の人生は途中から偽物になった。祖国の重要人物と瓜二つだった俺は、彼と同じ種々の教育を施された。内も外もそっくりなのに、家名が理由で俺は影武者、レプリカ、まがい物ってわけ。

 でも科学の世界じゃ、模造品が高い価値を持ってたりする。偽物が本物に成り代わってもいい。あんたも同意だろ、なあ?

―偽物が本物に



267

 砂浜は待っている。人間からのメッセージを。

 無論好きとか愛する者の名前とか、それらが自分宛でないと砂浜も分かっている。波にさらわれて消えた何千何万もの言葉の層を、砂浜は大事に覚えていた。人はどこに行ったのだろう。海の色も様変わりした。

 それでも砂浜は待っている。人間からのメッセージを。

―砂浜は待っている



268

 占い師は決断に迷う人の背中を押すのが仕事だ。「占いで予想できなかったの? 監禁されるの」なんて訊かれても、私は超能力者ではない。テレビ用の占いの見すぎだ。

 私を拘束しようとした不埒者の胸に、先ほど棚から失敬した包丁が突き立っている。やはり緊急時に役立つのは、占いではなく物理的な力だ。

―占いよりも



269

 どちらまで? ……お客さん見ない顔だね。へえ、東京から引っ越し。じゃあ、あの小せえクレーターみたいなの知ってっか? あれな、人が爆発した跡。

 北国きたぐにの人間は雪とか冷害とか我慢ばっか上手でねぁ、発散の仕方を知らねぐてね。この一帯じゃ、鬱憤を溜めすぎっと爆発しちまうの。おめさんも注意しなよ。

―溜め込み注意



270

 おや少年、道に迷ったのかい? 疲れたならそこの沢の水を飲むといい。とても甘くて美味しいから。

 ……水なんて甘くないだろって? それがね、ここのは天上の蜜もかくやという味なんだ。……飲んだかい? 美味いだろう。

 さあ、これで君は私たちの仲間だ。君はもう元の世界には帰れない。ようこそ、異界へ。

―こっちの水は

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