221~230

221

 このバー、謎って名前なのよ。店のスタッフは皆口が堅いから、お客さんは人に言えない秘め事を吐き出してすっきりして帰ってくの。貴方も存分にくつろいでいって。

 まだ信用できないって顔ね? 大丈夫よ、貴方が通り魔で逃走中で凶器を持ってることは分かってるから。

 なんで分かったか? ふふ、それは秘密よ。

―bar Geheimnisゲハイムニス



222

 凶兆きょうちょうとして処刑を待つ身だった俺は、監獄塔から抜け出てお前と友情を育んだ。騙す心はなかった。騎士となり真実を知ったお前は、憎悪に燃えながらも俺を見逃してくれた。

 ただ、俺の人生で価値あるものは友情だけだ。動植物相手の生活には飽いたのだ。

 もう一度会えたら、お前は俺を――殺してくれるか?

―お前との友情について



223

 凶兆の皇子みこと、騎士の運命を負った者の脆い友情。それは砕け散ったのに、厳格な人生の中で価値を感じたのは、貴方との友情だけだった。

 もう二度と見ないはずだった貴方の顔は存外穏やかで。

 腹の立つ男だ。顔を見ただけで私には貴方の腹が読めたし、何より――私は貴方の思う通りに行動するだろうから。

―貴方との友情について



224

 映画館の幽霊がいるという。

 映画館に幽霊が出るのではない。いつかの時、どこかの街に、あるはずのない映画館が出現する。曰く、そこに招かれるのは毎夜一人きりで、この世からうしなわれた映画が上映される。

 幽霊映画館から帰還した者は別人のように見えるらしい。まるで、一度死んで生き返ったみたいに。

―映画館の幽霊



225

 縦糸と横糸を人間関係にたとえるじゃない。私と彼は綺麗な織物で、あの女はほつれ目だったわけ。

 彼とは清い間柄だったけど、私は彼の生活音を全部知ってたし、壁越しに彼も聞いてたはず。私たちは完璧だったのに……綻びは早く始末すべきでしょ?

 意味不明だ、って? あは、やっぱり頭固いね、刑事さんて。

―綻びの始末は



226

 無償の愛って難しいよね。見返りを求めてないつもりでも、相手から愛情を感じないと苦しくなっちゃう。

 しかも僕、同時に心を何人にも捧げたいたちだから、余計難儀でさ。そこでほら、愛する人の時を永遠に止めれば万事問題解決ってわけ。

 なんで泣くの? 君もその一員に加わるのに。幸せでしょ、笑いなよ。

―無償の愛



227

 嫉妬深い彼女は「君は私のものだよ」が口癖だ。彼女がいない時、僕は狭くて暗い部屋に閉じ込められる。

 独占欲は嬉しいけれど、心配は不要だと伝えたい。僕の目には彼女の笑顔しか映らないのだから。

 彼女との生活に不満はない。ただ、二人の世界の間にある、次元の違いというのだけが理解できないんだ。

―彼女しか映らない



228

 カーブに差し掛かった電車が傾いて、それまで見えなかった空が見えるのが好きだった。夕焼け空なら、なおさら。

 そんなマニアックな好みがきっかけでSNSで意気投合、実際会ったら同じクラスの女の子。

「運命の出会いってさ、意外とその辺に転がってるよね」

 彼女は今、私の隣で夕日に照らされている。

―そのへんの運命



229

 天国を探してんだ。比喩じゃねえ、本物の天国をだ。そこじゃ望みの全てが叶うんだ。

 血走った目の男がまくし立てる。さあ、知らないですねと私は答え、憔悴した男の背を見送る。

 哀れな人間だ。天国を探したいという望みに耽溺たんできするあまり、私が羽を持つ天使で、ここが既に天国であることに気づかないのだ。

―天国を探して



230

 月の半分の顔しか知らぬから、人は裏側を見たがる。知ることは征服することだから。

 しかし我々とて、自らの土地が征服されるのをむざむざ見逃すわけもない。人類が知る月の裏の景色は、同胞たちが植えつけた偽の知識なのだ。我らが種族は地球のあちこちに潜んでいる。

 あなたも今――知ってしまったね?

―月の征服

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