第三章

1Million Power

「そこにあったはずの死体の名前は『小泉アコ』。私の妹であり、十代目撲殺少女工房だ」


 はっきりとそう言った。馬鹿な自分に配慮して難しい表現を使わないでくれたのだろうがウチにはそれがさっぱり理解できなかった。むしろ言語としてすら認識できなかった。彼女は口から言葉ではなくビームを出して私の脳髄を吹き飛ばしたんじゃないか。ビビビビビ、ボンってな感じで。頭があるであろう場所に手を伸ばすと、うん、ちゃんとある。ウチの自慢のサラサラヘアーだ。脅かしやがって。じゃあビームじゃなくて何を出したんだろう。言葉かな?それも日本語かな?ああ日本語だ。よく考えたらウチが唯一理解できる言語で話してるじゃん。んじゃ少しずつ紐解いていこう。

 コイツがウチに見せたかったのは十代目の殺人鬼の死体だったらしい。ちょっと多いな。でもどうやって代数数えたんだろ。殺人鬼集合!番号!一!二!三!みたいな感じかな。ちょっとシュール。いやそこは重要じゃないよね。まぁこれが事実ならコイツは十一代目撲殺少女工房で今暴れてるのは十二代目、ということになる。んでもって目の前の背高のっぽは元殺人鬼の妹に襲われて、反撃したらやりすぎて殺しちゃったんだっけ。つーか自分の妹殺すとかどんだけだよ。家族は大事にしろよ。ウチが言えた義理じゃないけどさ。

 そして殺しちゃったお詫びに妹の殺人の意思を継いだわけね。これをジェノサイダーミームって仮称しようかな。かっこいいけど使いどころなさそう。やっぱやめ。うん。話を戻そう。とりあえず質問したいこともまとまったし聞いてみるか。ウチの頭じゃこれ以上推理するのは難しそうだし。


「ふーん。妹殺しちゃったわけだ。かわいそー。でもなんでそんなもん見せたかったわけ?同情して欲しかった?生憎犯罪者に感情移入できるほどウチは優しくねーぜ」


「おや、意外だね。前の君なら混乱して暴れだすと踏んでいたのに」


「成長期だからな。ウチは進化するんだよ」


「ジョークも言えるほど余裕があるとは……。人の命が割と簡単に散る事実を知って少しは悟りを開いたのかな?」


「んなもんじゃねーよ。今でも頭の中ごちゃごちゃゴミ屋敷だよ。でも暴れたって死人は生き返らねーだろ」


「随分と冷めてるね。君の中でその友達は感情を爆発させるほど大した存在じゃなかったわけだ」


「……今のセリフもっかい言ったら冗談抜きで殺すからな」


「怒らせてしまったようだね。失敬失敬。で、何か質問は?冷静になったのならある程度疑問は出てくるはずだけど」


「……撲殺少女工房はどうして伝染る?何が原因なんだ。もう一つ。今の代は誰だ」


 ウチはさっきまとめた質問を切り出した。伝染する原因があればマスクをつけるなりして対処すればいい。いや、ウィルス的なもんじゃないかもしれないけど。そして二つ目の問が本命、今この瞬間にも殺人を犯しているやつはどんなやつなのか聞いておく必要がある。上手く聞き出せれば逮捕して事件に終止符を打つことができるかも知れない。


「当然の疑問だね。百点をあげよう。さてさて、何から話したものか。オーソドックスに最初の質問から答えていこう。その前に伝染る、っていうのは私が以前用いた表現だけどそれは厳密には違うんだ。取り憑かれる、が正しいだろうね。私もアコを殺したときは震えが止まらなかったよ。姉妹の仲は悪くなかったし恨みもなかった。だから本当は大事な妹を自分の手で殺めてしまったことに対して罪悪感を抱くはずだった。でもその時から既に取り憑かれていたのかもしれない。撲殺少女工房という魔女の影に。震えが収まったら何をしたと思う?私はね、妹の死体を食べ始めたんだよ。あの味は今でも覚えている。なにかの本で人間の部位で一番美味しいのは乳房じゃなくて太もも、なんて話を見たことがあったがどれも油っこくて食えたもんじゃないね。参考にするといい。でだ、妹の臓器を食べている時に気がついたんだよ。『私はこの時間を楽しんでいる』とね。殺人は衝動っていう思いつきに近い幼稚な行動原理から生まれるものじゃない。ましてや他人の幸福のために殺すなんてありえない。殺人鬼の心理の真理は『楽しむこと』。これだけだね。だから今暴れまわっているやつも社会に対してアピールしてる訳じゃない。ただ楽しんで遊んでいるだけ。そしたらたまたま人が死んじゃっただけって感覚だろう。長くなったが結論だ。取り憑かれる原因は恐らく『楽しそうに見えたから』だ。周りが最新のゲーム機で遊んでいると自分も欲しくなる、集団心理の一種だ。それに近いものが働いたんじゃないかと予想している」


 ……楽しむためだけに人を殺す?ウチはその考えが理解できなかった。別に楽しいことなんていくらでもあるだろ。でも殺人鬼にとっては人殺しこそがゲームであり、食事であり、会話なのかもしれない。価値観なんて人それぞれだから否定はできない。

 人を殺しちゃいけない、と学校では教わったが先生は明確な理由は答えてくれなかった。でも子供ながらウチは人が人を殺してはいけないと教えるのは自分を守るためだろうと考えていた。街ゆく人が自分に襲いかかってきたら間違いなく殺されるし、犯されるし、金品も持ってかれる。ウチ一人が犯罪だ!と叫んでも周りが違うと言ったらそれが正当化される。集団というのはそれくらい恐ろしいのだ。そういったことにならないように『人を殺しちゃダメだよ』グループを作って、その輪に自分も入ることにより自己防衛する。これを各所で繰り返せば人殺しが孤立し、手が出しづらくなる。現状はこんなもんだろう。でも孤立した『人殺したい』派の人間はどう考えているのだろう。マイナーだから弾圧される民主主義に怒っているのかな。それともサークルでも作って同志を集めて国に抗議しようとしてるのかな。独り寂しく社会から隔離された場所で人を殺し続けるのかな。でも同情はしない。だっていけないことだから。ルールを破った人間が悪いのだから。ウチは死ぬほど生に執着してる。だから『人を殺しちゃダメだよ』派に属している。この派閥にいる限り安全が約束されるし日々怯えずに済むからだ。


「楽しむか。馬鹿みたいな理由だけど信じてやる。二つ目の質問に答えろ」


「教えてあげてるのにその言い草は酷くないかい?まぁいいけどさ。えっと、十二代目の情報だね。でも悪いけど知らないよ。私は見ての通りピンピン生きている。もし狂気を継ぐのに前代を殺さなければいけないとするなら私が生きているのはおかしいだろ。つまり、だ。十二代目は完全なイレギュラー。私の知る由もないところで生まれた可能性が高い」


「まったく心当たりもないのかよ」


「んー。いや候補に当たる人物は一人いたかな。憶測に過ぎないし名前は思い出せないけど」


「とっとと教えろよ。ウチは眠くて仕方ないんだから」


「まぁまぁ。いろいろ情報を詰め込みすぎるのはよくない。だから君は今日はもう寝るといい。どうせロクに寝ていないんだろ?思い出したらまた教えてやるからさ」


「…………」


 彼女はウチの目を指差してくる。さっき鏡で見たら目の下にクマが出来ていた。睡眠時間も確保できなかった上心労も酷い。長ったらしい話を聞いている最中何度も落ちそうになった。それに今はこれ以上コイツから情報は引き出せそうにないしここは撤退して寝るか。ウチはそう決定すると無言で出口に向かった。


「明日には教えてあげれると思うから~忘れずに来てね~」


 気持ち悪い口調に戻った彼女の声を背中に、出口のドアを閉める。そしてその足で署に向かった。

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