LOVE LOVE LOVE YOU I LOVE YOU
「私はね、撲殺少女工房だから」
そのアコさんの一言に私は硬直する。彼女が例の殺人鬼?そんな馬鹿な。一瞬、面食らった。一瞬、と言ったがとてつもなく長い時間が過ぎたように思える。意識が蚊帳の外にいる間、私の頭の中で先の言葉が反復していた。撲殺少女工房、彼女は確かにそういった。これが事実なら今の私に出来ることはなんだろう。警察に通報?それとも小説みたいに友情パワーで説得する?いやいや、そう上手くはいかないでしょう。じゃあやっぱり通報?でも仮に警察に連絡したとして、イタズラ電話だと間違えられたら嫌ですね。それに彼女が本当の事を言っているとは限りません。ああそうだ。まずは事の真偽を確かめるのが先でしょう。
私は緊張した面持ちで問いました。「……証拠はありますか」と。そしたら彼女から返ってきた反応は意外なものでした。
「…………え?マジにとっちゃった?」
彼女は最初は驚いたような表情を見せましたが次第に頬が緩み、声を上げて笑いました。
「あははっ!まさか本当に信じるとは思わなかったよ!フウカってもしかして騙されやすかったりする?」
彼女は新しいおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃぎながら私をおちょくってきます。……嘘、だったんですか。こんな嘘をつくなんて不謹慎です。嘘はよくないです。ひどいです。そんな彼女の言動、態度に私は流石に怒りが……湧いてきませんでした。
どうしたのでしょう。普段の私、というか大半の人間なら欺かれ、馬鹿にされたら怒るものです。しかし私の中にそういった感情が一切ありませんでした。別に私は怒りっぽい性格でもなければ菩薩の心をもっているわけでもありません。恐らくは大半の人間に部類されるごく一般的な女子高生だと思います。なので今まで普通だった私の中に普通じゃない事態が起こったことは異常でした。ならばこの異常事態を分析してみましょう。普通の私に出来ることはそれくらいですから。
怒らない理由は二つ考えられます。私の感情が死んだ、もしくは別の感情に打ち消されたか。前者はないでしょう。私は人間で、特に精神的な疾患は抱えていません。となると相殺されたと考えるのが妥当でしょうか。じゃあ何の感情に?怒りと反対、喜びでしょうか。確かに今は安堵に似た気持ちです。なんというか気を抜くと糸が切れたように脱力してしまいそうな感じがします。それだけ緊張していたのでしょう。段々わかってきました。先程の発言が本当だったら私は初めて出来た友人を失う事になります。しかし嘘だった。だから安心した。ピースオブマインド。解決。
でもこの結論には一つだけ疑問が残ります。私の中で彼女がそれだけ大きい存在になっていなければこの結果はありえなかった、ということです。友達は一生の財産、と言いますが一日二日付き合った程度で財産になっていいのでしょうか。スナック感覚でなるとしたら、コンビニ店員も、バスの運転手も、全員まとめて大事な財産になってしまいます。私の財布はそこまで大きくありません。やはり財産は長い時間をかけて積み重ねていくものでしょう。この仮説はなし。
では考えられるとしたらアコさんは友達以上の何か、になっている可能性があるということでしょうか。親族?恩人?それとも好「ねぇーいつまで考え事してるのぉー?」
「ひゃっ!?」
私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまいました。ああ、我ながら情けない。でもしょうがないじゃないですか。気づいたら彼女の瞳が文字通り目と鼻の先にあったのですから。私は半歩後ろに下がると一つ咳払いをしました。見苦しいですが、さっきの奇声は忘れて、というアピールです。私の想いが通じたのかアコさんは何もなかったかのような態度で「何考えてたの?」と首を傾げてきます。私は「……いえ、ボーッとしてました」と言うと食事に戻りました。ガツガツ。ああ恥ずかしかった。彼女といると調子が狂う気がします。嫌な感じはしませんが普段の私じゃないというか、なんというか。詩的な表現は出来ませんが、こう、胸がポッポーンとなりそうになるのです。これもある種の感情なのでしょうか。
最後の卵焼きを口に放り込み、水筒で無理矢理流し込むと少しだけ、冷静になれた気がしました。腹が減ってはなんとやらですからね。脳をリセットしたついでにさっきの発言を掘り下げてみましょうか。私がそう考えていると狙ったように昼休み終了のチャイムが鳴りました。
「ありゃ、もう五限か」
「……そうですね」
残酷にもチャンスは潰される。……結局聞けませんでした。まぁでも友達なのでいつでも機会はあるでしょう。そうだ、今日の放課後あたりに捕まえて問いただしましょう。そうしましょう。モヤモヤを残したまま布団に入りたくないですしね。どうせ授業は初回だから大したことはしないでしょうし、今のうちにシュミレーションをしておくことにしました。今度は取り乱さずに対応しますよ。そう私は意気込み、放課後を待つのでした。
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