私 ~Here I am~3

「悩むなぁ……」


「……どれも同じように見えますが」


 アコさんの買い物、というワードに私は興味を惹かれました。初めての友達の素性や趣味を知るのは親睦を深める上で極めて重要なことです。それに私は女子高生としては少し抜けているところがあるので、彼女のような見本を参考にすることで親交の和を広げられたらいいなと思い、どんな買い物をするのか期待していました。


「おっこれすごい!ハンマーと鋸が一体になってる!使いづらそう!」


「……はぁ」


 私達は今二階にあるホームセンターエリアで何に使うのかすら分からない工具を見て回っています。彼女曰く、「こういうメカニックな造形美がすき!」と言っていましたが普通の女子高生は工具を眺めてテンションが上がるものなのでしょうか。流石の私でもおかしいと思いましたが本人が楽しそうなのでいいでしょう。レンチ、トンカチ、釘抜き。特にチェーンソーの可動部分を見て興奮していました。何がいいのかさっぱりです。彼女は一通り見て回ると大きめの買い物カゴを持ってきました。


「これとそれとあれと………」


「……あの、こんなに買って何に使用するのですか?」


 彼女は一瞬ビックリしたような表情を見せると首をひねって何やら考え事を始めました。


「うーん……強いて言うなら趣味?かなぁ」


「……日曜大工ですか。器用ですね」


「そんな大層なもんじゃないけど照れるな~」


 彼女は手を頭の後ろに回してポリポリと掻いている。工作が趣味とは女子高生にしては変わってますね。私が言えた義理でもないですが。


「そうだ!フウカちゃんも選んでよ!私にお勧めなやつ!」


 手持ち無沙汰な私に飛んだ要望が寄せられました。工具なんて小学生の図工の時間に触ったハンマーくらいしか知りません。それに趣味で買うなら尚更自分で選んだほうがいいのでは……。そう思っていると私の考えを読んだのか「フウカちゃんが選んだものなら何が何でも使うよ!」と言ってくれました。工具って買ったあとから使い道を決定できるものなんでしょうかね。このままウロウロしていてもお店の人に迷惑でしょうし適当な物を見繕いましょう。そうですね……これとかカッコイイんじゃないでしょうか。


「そ、それに目をつけるとは……もしかしてマニア?」


「……違います」


 私が手にとったのは長さが一メートルほどある鉄の棒。先端が曲がっていて釘抜きのようなものがついています。持ち手の部分は黒く塗られていますが曲がった先端には赤い塗料がついていました。その威圧感とは裏腹に重さはそこまでなく、女性でも扱いやすいでしょう。それにしてもこれは何の道具なんでしょう。


「こんな綺麗なバール初めて見たよ……」


「……あの、用途の説明を………」


「って、高っ!?」


 彼女の突然の大声に驚き振り返って見るとそこには零が四つ書かれた値札が。最新のゲーム機と同じくらいの値段でした。これはとても高校生が買える代物じゃない。私がそう判断していると彼女は自分が選びカゴに入れた商品を棚に戻し始めていました。


「……何をしているんですか」


「流石に全部買うお金は持ってないからね!だからフウカちゃんが選んだ商品だけでも買おうと思って!」


 言い終えると彼女は空になったカゴに私が選んだバール?を突っ込みレジに向かいました。買い物カゴから飛び出したバールを笑いながら運ぶ少女、とても浮いています。レジの人も何度か確認していましたが彼女が財布から万札を数枚出すと大人しく会計を済ませました。私は幸せそうな笑顔でこちらに戻ってくるアコさんに尋ねました。


「……無理しなくてもよかったんですよ?」


「せっかく友達が選んだプレゼントだもん!大切にするね!」


「……私は一円も出していないのですが」


 強制して高価な品を買わせてしまった罪悪感が少し残っていましたが、彼女の笑顔を見ていると本当に喜んでいるようだったので良しとしましょう。そして今度埋め合わせしようという結論に至り、今は笑っておこうと思いました。






 その後、本来の目的を既に果たした私は帰路に着くことにしました。アコさんはまだ遊びたいと言っていましたが実家暮らしが長かったので門限がなくとも日が暮れ始めたら帰宅するという習慣が身についてしまったようです。誘いを断り、電車に乗り、家に着きました。相変わらず荷物の開封は終わっていませんが今日はもう遅いので明日以降にしましょう。そう思いつつ、晩御飯を食べ、お風呂に入りました。たったそれだけでしたが時刻は夜の十時を回っていました。こんなに時間が経つのが早いとは。きっと放課後、アコさんと遊んだのが原因でしょう。楽しい時はすぐに過ぎ去ってしまうもの。体内時計が狂ったのも合点がいきます。ああ、それにしても眠い。今日はいろいろなことがあった。初めての高校、初めての一人暮らし、初めての友達。中学校三年間では味わえなかった経験が一日に濃縮されている気がします。いろいろな初めてを経験した私は布団に入りました。今日は良く眠れそうです。明日も早いので寝なくては。こうして私は幸せな気持ちに浸りながら眠りに落ちていくのでした。











 次の日、学校では簡単なテストが行われました。進学校だからかは知りませんが高校の勉強をどこまで理解しているのか図るためでしょう。そのテストは受験勉強を早めに終わらせて予習をしていた私にとってさほど難しくありませんでした。昼休み、一時間目から四時間目までテスト漬けにされてクラス中からため息が溢れました。私はさほど疲れませんでしたが新学期早々にテストをされたら疲れるのも道理です。この学校は相当勉学に力を入れているようですね。

 私はクラスメイトと同じように机で意気消沈している友達、小泉アコさんに声をかけました。


「……アコさん、テストどうでした?」


「数学以外は聞かないで~……」


 そう言ってアコさんは机に突っ伏します。まるで昨日の私みたいに。少し可笑しくて吹き出しそうになるのを抑え、彼女を昼食に誘いました。誘ったといってもこの学校に食堂というものは存在しないのでそれぞれ持ち寄った弁当を机をつなげて食べるというだけなのですが。彼女は了承し、お互いの机に色鮮やかな弁当を広げます。普段は元気いっぱいのアコさんですが流石にテストには敵わなかったらしく肩を落としながら無言で弁当をつついています。私はそれがらしくないなと思い、何か話題を提供しようと思いました。彼女との共通の話題……そうですね……。


「……アコさん、撲殺少女工房って知ってます?」


「……知ってるけど、それ食事中に話して平気かな」


 言われてやっと気づきました。食事中に殺人鬼の話など論外。とても話していて気持ちがいいものではないと。私は「……ごめんなさい」と一言謝ってからお弁当に視線を戻しました。自分のコミュニケーション能力の低さとリテラシーの無さを反省しながら箸を持ち直して食事を再開しようとすると彼女が口を開きました。


「まぁ私はいいけどね。それで、撲殺少女工房がどうかしたの?」


 彼女はいつのまにか弁当を食べ終えていたらしくカバンから昨日持っていたアメを取り出してタバコのように咥えていました。食事が既に終わっていたなら話してもいいか。私はそう思い話を続けます。


「……ニュースとかでもやってますよね。一体何が目的なんでしょう」


「んー確かに目的っていうのがなさそうに見えるよねー。なんの捻りもないよねー」


「……別にそういうのを求めているわけじゃないのですが……。でも何かしらの目標、というかルールがあるのでしょうね」


「どうしてそう思うの?本当は殺すのが楽しくて仕方がないだけかもしれないよ?」


「……いえ、アメリカで起きた実際の猟奇殺人事件で犯人はあえて自分の痕跡を残すような行動をとったり、死体に何らかのメッセージを残したりしてたらしいんです。犯罪者の心理は詳しくないですが自己承認欲求も含まれているのでしょう」


「ふ~ん……例えばどんな行動をしたの?その犯人さんは」


「……記憶が正しければ最後の晩餐に被害者の好きなものを食べさせたり、雪解けとともに死体が発見されるよう細工したり、ある種の芸術を模していたり……」


「なるほどねぇ。芸術か……」


「……東京の殺人鬼にはそれが見られない。だから不思議に思っていたんですよね」


「じゃあフウカの目には撲殺少女工房はただの変態リョナラー野郎って風に見えてるわけだ」


「……リョナ?まぁそうですね。遺族の方にはこんなこと口が裂けても言えませんが殺人にも流儀があると思うんです。ルールをつけたり、法則性を作ったり。それがないと締りが悪い気がするんです」


 こんな私の意見を彼女は真剣に聞いてくれていた。今まで自分の考えを理解してくれる人なんていないと思っていたので少し驚きました。アコさんは少し考えるような素振りを見せたあと改まって私の顔をじっと見つめてきた。


「……フウカって変わってるね。殺人鬼のことをそこまで考えてるなんて。嬉しいよ」


「……嬉しい?」


 私は彼女の言葉に違和感を覚えた。今の私の発言も世間からみたら十分おかしいと思われるかもしれないがそれは放っておこう。嬉しい?なぜそんな感情が沸いてくるのでしょうか。疑問に思った私は問いかけた。「……なぜそう思うの」と。

 すると彼女は笑い始めた。声には出さないが顔は笑っていた。しかし普段のアコさんと違う、まるで別人格のような笑みに、私は皮膚の下で羽虫が飛び回っているような、擬音で表すならゾワゾワとした感覚に包まれた。彼女は鋭い目線で私の二つの目をまっすぐ見つめながら切り出した。



「私はね、撲殺少女工房だから」



 開け放たれた窓から入ってくる風が、いつもより寒く感じました。

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