心王王女三女第三に等しく3
こうしてウチらは一ヶ月ほど一つ屋根の下で暮らした。サエの両親はウチの両親と同じく、だいたい家を空けているからご飯を誰かと食べるのは新鮮で楽しいと言ってくれた。お互いを知り親しくなり、会話も増え、まるで家族のような関係になった。恋人、それ以上の関係になれたようでとても嬉しかった。これが家族団らんってやつなんだろうか。それに学校から家に帰るとすぐに二人だけの空間が出来て心地よかった。このまま一生ここで暮らしたいな。二人だけの世界。うん、いいね。そこに入るとこう胸がポッポーンってなりそうになる。そんな世界。くだらない日常会話で構成された、かけがえのない世界。
でも一つだけ触れてはならない話題があった。それは撲殺少女工房のこと。何故ならチエが一週間前、近所のゴミ捨て場で全身の骨がバキバキに折られた状態で発見されたからだ。クラスメイトとして、チエの家族と死体を確認した。関節があらぬ方向に曲がっていたりして、それは人の原型をとどめていなかった。見ていられなかった。そしてこんな考えも頭をよぎった。撲殺少女工房の魔の手は自分達に迫ってきている。しかしウチの防衛本能が働いたのかその考えは二秒後にはどっかに飛んでいった。暗記したものが思い出せなくなったりするから脳は役に立たないやつだと思っていたけれど、この働きは評価する。こんなこともあり撲殺少女工房はウチらの中ではタブーになっていた。
そんなウチだが今は呑気にサエとトランプをして遊んでいる。呑気、というよりは気を紛らわすためと言ったほうがいいかも。最初は盛り上がっていたジジ抜きだったが徐々に会話も減っていき、部屋は重苦しい雰囲気に包まれた。静寂が耐えられなくなりテレビでもつけようかと一瞬思ったが、やめた。テレビではどこの局も事件のことを扱っているから迂闊に観れない。ラジオも同じ理由でダメだ。
そんな中何が楽しくて遊んでいるのかと疑問に思いムカつき始めたとき、部屋のチャイムが鳴った。こんな時間になんだ?サエがゲームを中断しパタパタとスリッパの音をたてながら玄関へ向かう。ウチも誰が来たのか気になって後を追った。サエは念入りにチェーンが掛かっていることを確認してからドアを少し開ける。すると隙間から顔写真つきの手帳が飛び出してきた。見たところ警察手帳のようだった。
「警察の者です。ここ最近起きている事件のことで聞きたいことがあるのですが」
やはり警察だった。同級生が狙われていると知ってサエの家に来たのだろう。ウチは目配せするとサエはチェーンをはずしドアを開けた。
「こんな夜更けに申し訳ございません。とある事件のことでお話を伺いたく参りました」
「あ、わかりました。こちらへどうぞ」
そう言ってサエは警察を名乗る男と女を家に入れる。サエはそのまま部屋に戻らずキッチンへ向かった。きっとこの人達に出すお茶を用意しているのだろう。
「ここは三橋サエさんのお宅でよろしかったでしょうか。貴方は確か鈴村ミサキさん……ですよね?」
「ええそうですよ。ウチは今お泊りさせてもらってるんです」
「そうだったのですか。ご両親は?」
「両親は仕事で家を空けることが多いんです。ここの方が一人きりにならずに済むので」
「なるほど。理にかなっていますね」
女の警察官と喋っているとサエがお茶と菓子を乗せた盆をもって現れた。
「こんなものしかありませんが……どうぞ」
男は一言お礼を言ってから茶を一口すする。ふぅ、と一息ついてからウチが想像していた通りの本題を切り出した。
「今回お邪魔したのは、連続女子生徒殺害事件……報道では撲殺少女工房と呼ばれている事件です」
「それで同級生のお二人に聞きたいのですがここ最近お友達の様子が変だったりとか、誰かにつけられている、といった相談をされませんでしたか」
ウチは二週間前を思い出す。チエが失踪する前日だ。その日チエはいつも通り学校に来ていた。サトミが殺されてからまだ数日だということもあってか馬鹿話はできなかった。普段はうるさいサトミがいないと授業は腹ただしいくらいスムーズに進んだ。そしてチエは一日中顔色が悪そうで途中何回も保険室に行った。心配になって声をかけたら大丈夫だよの一点張りで会話にならなかったことを覚えている。それが最後に見たチエだった。あの時無理にでもサエの家に引っ張ってこれてれば……。そうは言っても後の祭りか。でも悔しい。友達を助けられなかったなんて。自分で自分が嫌になり、ウチは自己嫌悪の海に突き落とされた。
ここ一ヶ月のことを想起し終えると、目の前が暗くなった。あれ、目は開けているはずなのに、見えない。わけがわからなかった。どうなってんの?失明した?あまりにも意味不明で暴れだしそうになった瞬間、誰かがウチの手を握る感覚が伝わってきた。
「ミサキちゃん、大丈夫、私がいるよ」
「サエ……」
暗がりに光が見える。ウチは泣いていた。目の前には涙でピンボケしたサエが優しく涙を拭いてくれている。
「ごめん……もう大丈夫、ありがとね」
サエはニコリと笑った。彼女も嫌なことを思い出して辛いはずなのにウチのために笑ってくれている。そのことが嬉しくてまた泣き出しそうになるのを抑えると警察の二人組が見えるよう顔を上げた。
「大丈夫かい?思い出したくないなら私達はこれで切り上げるから」
「いえ……平気です。チエに特に異変は見られませんでした。ウチらは何も聞かされていません」
「そうですか……。では今後のことですが貴方達は学校への登校は控えるようにしてください。これはマスコミも知らない事実ですが撲殺少女工房のターゲットにはある法則性があり、犯人は必ず殺した人間の友人を殺し、その友人を殺す確率が異常に高いんです。それゆえ次は貴方達が狙われる可能性があります」
男が説明する。そうか、東京から横浜に拠点を移したのは単に狩場を変えたからではなくて友人の友人の友人の友人の友人の…………をたどっていった結果だったんだ。そして考えたくはないが、次に狙われるのは誰か。チエの友達、特に仲が良かったのはマミとウチだ。つまり確率は二分の一。今頃殺人鬼はコイントスで表が出たらマミ、裏が出たらミサキ、と決めているのかもしれない。でもさっきはあんなにボロボロ泣いてたのに不思議とゾワゾワが襲ってこない。安堵、というより諦めの感情の方が強かった。ああそうか殺されるのか、くらいの感覚だ。
「ミサキちゃん……」
サエもそのことに気がつき不安そうな声を漏らす。ウチは敢えてバレバレだと思うけど作り笑いをして見せた。
「大丈夫だって。ヤバくなったらすぐサエを呼ぶし。それにウチら四六時中いつも一緒じゃん。だから平気だよ」
すると女の警察官が察したのかウチに「絶対犯人を捕まえてみせます。貴方も守ります」などとウチを励ましてくれる。全然嬉しくないけど一応お礼は言っておく。ありがと。
「では私達はこれで。明日からは警官が交代で見張りに来るから取り乱さないようにね」
「はい。分かりました」
そう言い残し警官二人は去っていった。警察が二十四時間体制で警備してくれるとはいえ心が安らぐことはなかった。その夜、ウチは寝たら殺される気がして一晩中サエとくだらない話をし、お互いに慰めあった。
翌日、学校からも連絡があり自宅待機となった。まぁウチの場合自宅じゃないけど。警官も一時間おきに家のドアの前を通ってくれているのを見て少し安心した。昨晩は物語の警察ほど役に立たないものはないと思っていたが、それでもか弱い乙女には少しでも安心感が欲しかった。ソファでゴロゴロしていると、ウチは緊張感が抜けたのと同時に眠気に襲われた。あ、やばいかも、すぐ落ちそう。マジ白河夜船。だんだん瞼が重くなってきてまばたきするごとに目を開けるのが重労働になっていく。もうだめだ、寝よう。そう思い気の向くまま欲求の赴くままに目を閉じた。サエは「お手洗いに行ってくるね」と言ってからウチのとなりから立ち去る。もう少しサエの体温を感じていたかったなあ。でも生理現象だししかたない。ウチも今絶賛体験中だし逆らえないよね。外に行くならついていっただろうがトイレなら大丈夫でしょ。ああそれにしても眠い。サエには悪いけど先に寝ちゃおう。ああ、二度寝のような快感がウチを包む…………。
「ピシッ」
その時何か、乾いた枝を踏むような、そんな音が聞こえた。家の前を通った人が踏んだんだろうか。でもその音はトイレからした気がする。ウチは一か月前感じたような胸騒ぎがした。睡魔という温い衣を無理矢理引き剥がしトイレに向かう。歩くごとに心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。ドアには鍵が掛かってなく簡単に開けることができた。震えた声で「何か音がしたけど大丈夫ー?」と言いながら中を覗く。するとそこには驚くべき、信じたくない光景が広がっていた。
まずトイレの窓が割られている。丁寧にガムテープを貼り付けて音が出ないようにしてある。そして恐らく鈍器かなんかで割ったのだろう。第二に床には血だまりが出来ていた。朝、こんなものはなかったし血は壁にも付着していることから相当な衝撃で殴られたのだと推測できる。そして最後は……
「サエっ!!!」
サエの姿が消えていた。
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