はくちゅーむ

 どこだここ。教室か?辺りを見渡すとクラスメイトがワイシャツを絵の具で汚して遊んでいた。楽しそう。つーかサトミいるじゃん。生き返った?


「おいミサキ~ボーッとしてないで遊ぼうぜ~」


 この声は間違いなくサトミ。うわマジかよ。嬉しい。ウチは泣きそうになりながら「今行くぜ~」と返事をした。近づくとみんな授業で使っている絵の具や筆をそこら辺に投げたりして遊んでる。めっちゃ散らかってんじゃん。怒られないのかな。でもよく見るといつも仏頂面のセンコーも一緒になって遊んでいる。なにここ。不思議空間?


「ヘーイ!」


「うわっ!」


 呆気に取られているとチエがはんだごてでウチの二の腕をつついてきた。ウチは思わず反射的に腕を引っ込める。ん?でも熱くないし、見ればやけどの痕もない。綺麗で透き通ったウチの健康的な腕だ。これはどういうこと?


「もしかして……夢?」


 ほっぺたをつねってみる。すると驚いたことにウチの頬は餅のようにミョーンと伸びた。うわすげえどこまでも伸びる。手をパッと離すとパチーン!ゴムひものように元に戻った。こんな超常現象が起きるなんて間違いなくこれは夢だ。ウチの夢ってことは何でも思い通りってこと?試しになんかしてみるか。ウチは漫画で見た時から憧れていた飛行をやってみようと思った。でもどうやって浮くんだ?背中にスイッチでも付いてる?背中をまさぐるがそんなものはない。おかしいなぁ。じゃあ適当に飛べー!とでも言ってみるか。そう心で呟いた瞬間ウチの体は重力から解放され、飛翔した。


「うわ、うわあ!マジで飛んだ!パネェ!」


「なにミサキ勝手に飛行術使ってんだよ~。怒られても知らねーぞー!」


「うはは!今のウチに何を言っても無駄だ!なんせウチの夢だからな!」


 頭で思い描いた通りの軌道を辿りながら飛び回る。楽しい。コレなんでも出来るんじゃね?この空間ではウチが神様、ウチが創造主、ウチが世界の中心だ!

 とりあえず無駄にスタイルのいいマミにセクハラしよう。友達同士だからおふざけでそういう事はしたことはあるが一度ガッツリやってみたかったんだよね。ウチはピューンとマミの背後に降り立つと後ろから胸を揉みしだいた。


「ちょ!ミサキ何してんのさ!」


「うお!すげー!ウチのと全然違う!」


 もみもみもみもみ。柔らかな弾力にウチは嫉妬を通り越して感激する。同じ女でもここまで違うものなのか。うへへ。やっぱ夢と言ったらエロスだよね。せっかく神様になったんだもん。これくらい役得がないと。そろそろ下半身に手を出そうかと悩んでいると、あすなろ抱きに近い形で抱きしめていたマミがみるみる風船のように萎んでいく。


「え?は?ちょ!」


 ウチが驚いている間にマミは見た目がそっくりなフィギュアになってしまった。突然の事すぎてよく分からない。ウチはこんなこと考えてねーぞ。片手で持てるマミ人形はよくできていて、まるで生きているみたいだった。下から覗くとリアルなパンツも見えるしこれを作った職人は相当なこだわりをもっているんだな、と感心。いや、落ち着いて観察してる場合じゃないだろ。どうすんだよこれ。


「ワハハ!まさか幻のマミ人形がこんな女子高にあるとはな!」


 窓の外を見るとスーツ姿の男が浮いていた。ウチもさっき浮いたから驚きはしないけど。でもさっきコイツなんて言った?これ狙ってるの?でもこれは大切な友達だから渡せない。あんな変な男のことだからこれをオカズにゴニョゴニョするつもりなんだろう。マミの純潔はウチが守ってやる。


「お前なんかに渡せるかよバーカ!」


 ウチはそう言い放つとドアを開け、階段を駆け上がった。とりあえず上に逃げよう。今のウチは飛べるし下に逃げるよりは高くて見晴らしがいい屋上の方が有利だ。マミ人形を持ってない方の手で手すりを掴み、Uターンして階段をさらにあがる。教室は二階だからそろそろ四階、そして屋上だ。

 屋上にはなぜか鍵が掛かってなく、簡単に開けれた。まぁ閉まってても神様の前には無駄なんだけどさ。晴れ渡った空から太陽の光がこれでもか、と降り注いでる。いい天気だ。さてさて、さっきの変態スーツ男はどこいったのかなと。屋上の柵に近づき眼下を眺める。するとそこには小さいジャンプを繰り返しながら巨大なスマホに飛び移る男の姿があった。いや飛べよ。男は息を切らしながらも「ふぅ、ふぅ、ふぅ」と小刻みに跳躍を繰り返し屋上に向かってきている。スマホはそれに合わせてブワンと現れては消えたりを繰り返し、男をサポートしている。ん?この光景どこかで見たような。ウチはデジャブでないことを祈りつつ頭のデータベースを探る。すると検索結果がすぐに出た。この世界のウチは頭の回転が早いらしい。

 確かこれ、最近見た映画じゃん。タイトルは忘れたけどウチと同じくらいの少女が変質者に付きまとわれる話。なんでこんなつまらなそうな映画見たんだろ。まぁいいけどさ。ラストシーンで実はその変質者は少女のお父さんだった、的な事を打ち明けられるんだけど抱きしめる直前で男が警察にドロップキック食らって逮捕されたんだっけ。笑ったなぁ。金返せと思ったけど。

 少女は最後、人間とは思えない動きで男をかく乱して逃げ延びたんだっけ。ピョンピョン飛び回ったり手足をバタバタさせながら床に寝転がってクロールしたり。じゃあウチも習ってみるかな。ウチは金網を乗り越えるとそのまま地面に向かって飛び降りた。うひょー!はえー!ちびりそう。飛び降り自殺する人ってこんな感じなのかな。めっちゃ怖いじゃん。地面にぶつかるまでの数秒で後悔しちゃうよ。ウチが自殺するときは飛び降りじゃなくて首吊りとか練炭にしよ。夢の中で賢くなった。これが睡眠学習ってやつ?ちょっと違うか。

 男は思ったとおり動揺してる。どうやら上にスマホを召喚することはできても下には呼び出せないようだ。馬鹿みたい。あと飛べよ。

 男とリードを広げたことだしコンクリートの床にキスをする前に飛行して着地しなくちゃ。ウチは頭で落下速度を落とすようなイメージをする。ふわっ、的な感じのやつ頂戴!しかしいくら願っても飛行術は発動しなかった。ウチは速度そのまま固く冷たい地面と正面衝突する。ベチャ、と嫌な音がした。うわー死んじゃったよ。夢の中で。と思ったけどウチの意識は割としっかりしている。試しに力を入れてみると全身に異常は見られない。全部のパーツオールグリーン。いつでも立ち上がれそうだ。むくり、と起き上がると手のひらのマミ人形を見る。壊れてなくてよかった。ついでにウチの体も。やっぱり夢ってすごいね。屋上から落ちても傷一つないんだもん。

 屋上からのフライアウェイ、これだけ想定外のことをすれば男も諦めてくれるはず。勝利を確信しながら空を見上げる。


「ディア、マイ、ドウタアアアアアア!」


「うわっ!」


 すると男も負けじと飛び降りてきた。屋上ほどの高さはないが四階あたりから飛び降りたと考えればその衝撃は凄まじい。グシャ、と二回目の嫌な音を耳にする。夢なのに無駄にリアリティある音だな。それにしてもここまで強引な手段を使っても追いかけてくるなんて話が違うじゃないか。どうしよ。ウチと同じくコイツも無傷だったらヤバイじゃん。飛行も使えないし足が遅いウチは超不利だ。まいった。

 白旗でも上げて降参するか?と考えていたらウチが立っていた地面にポッカリと空間が出来た。まるで落とし穴みたいだ。考える間もなくウチはその穴に吸い寄せられていく。また落ちるのか。嫌だなぁ。どこに繋がってるかわからないし。宇宙に放り出されたらどうしよ。子供の頃は宇宙空間でも呼吸はできるし、とりあえず下に行けば地球に帰れると信じていたけれど中学の理科の授業でそれは間違いだと教えられたときはショックだった。って、昔話を思い出してたら第二の地面が見えてきた。宇宙空間じゃないらしい。よかった、と一安心。でも安心したはいいけど飛行能力が使えないウチは再び地面と衝突した。学習能力ゼロかよ。やっぱり夢の中でも馬鹿は馬鹿だった。

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