無名ヶ丘危険地帯
「サエっ!!!」
サエの姿がない。サエはどこへいったの?どうしてウチを置いて行ったの?これドッキリ?ウチは数秒動けなかった。突然起きたことに対する理解が追いついて来なかった。とりま冷静になるために深呼吸しよう。すーはー。すると鉄のような、生臭い、不快な臭いが鼻腔をくすぐった。床や壁に目をやると相変わらずそこには大量の赤い飛沫がついている。これが本物の血の匂いか。その匂いが作り物じゃないことを悟るとますます混乱した。何かに掴まってないと立てないぐらい混乱した。意味わかんないし頭を針かなんかで掻き回されているみたい。頭痛にも似た感覚のそれはウチに何かを訴えかけているような気がした。そうだ。わかっているんだ。思考はグチャグチャでも、いわゆる女の勘ってやつが告げている。
『撲殺少女工房の仕業』と。
それを認識した瞬間、ウチは叫んだ。近所迷惑になるくらい叫んだ。でも叫ばずにはいられなかった。濁音まみれの、喉が痛くなるような、悲鳴に似た咆哮。自分でもこんな声が出せるとは思っていなくて驚き。大声を出すことに力を注いだためか、足腰の骨が抜かれたかのように、ふにゃっとその場に倒れ込んだ。ぺたん。暫く放心していると玄関からドアを叩く音がするのに気づいた。昨晩来た男の方の警察の声がする。そういえば鍵かけてたんだっけ。下半身がさっぱり言うことを聞かないので腕の力だけで玄関へ向かう。サエの真面目な性格とは真逆で廊下はそこそこ散らかっていて匍匐して進むのが大変だった。這ってなんとかドアの目の前にたどり着くと震える手で鍵を開け、チェーンを外した。すると警官がドアを破壊するような勢いで部屋に入ってきた。「大丈夫ですか!?」ウチは黙ってうなづく。トイレのドアが開いてることに疑問をもった警官が「三橋さんはどちらに?」と聞いてくる。そんなの知るかよ。こっちが知りたいっての。沈黙を保っていると男はトイレに向かい、中の惨状を見ると少しだけ眉を動かし、無線機で応援を求めた。その時ウチはやっと喋ることができた。
「サエが……攫われた……」
「現場を見る限りそのようですね。窓の大きさからして多少腕力は必要ですが、小柄な三橋さんなら運び出せるでしょう」
言ってることは的を得ている。きっとそうかもしれない。でもそんな警官の冷静な態度にウチはムカついた。
「はぁ!?何言ってんのお前!サエ攫われたんだぞ!とっとと探しにいけよ!」
ウチの腹から出た言葉はただの八つ当たりだった。でもムカついたものはしょうがないよね。だって普通の人間なら慌てるはずなのに何が『そのようですね』だ。クールぶってんじゃねえ。だから男は嫌いなんだよ。声には出さないでウチがそんなことを思っていると、察したのか察してないのか分からないが警官はウチの肩に両手を置き、宥めた。
「落ち着いてください。もし殺人鬼が複数人のグループだった場合、私がこの場を離れたらあなたが狙われるかもしれないんです。私だってすぐに犯人を捕まえたいんです。動きたいんです。それをわかってください」
警官は手に力を込めてそう言った。悔しそうだった。気安く触んなばーか。でもゴツゴツとした両手は力強く、ウチの中にあった不安を少し取り除いてくれた。……ありがとうばーか。まあウチにその気はないけどね。ウチが俯いて泣きそうになるのをこらえていると玄関のドアが再び開いた。どうやら応援が駆けつけたらしい。
「被害は無線で伝えた通りです。あと彼女は軽いパニック状態になっているようなのでそちらで保護してください」
男はそう告げるとカメラや道具箱を持った鑑識?ってやつを引き連れてトイレに向かった。ウチはこれまた昨晩きた女の警官に「大丈夫?歩ける?」などと言われながらパトカーに乗り込んだ。運転手はウチを見ると軽く会釈をし、そのまま野次馬が詰めかける三橋邸をバックミラーで眺めながら、署に車を走らせた。
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