はくちゅーむ3

 痛みはない。そりゃ現実で齧られた訳じゃないし。でも体の一部が欠損することは嫌だった。だって耳だよ?長年使ってきた家具を家族扱いするウチだもん。一緒に育ってきた腕、足、目、鼻、口はウチにとっては命の次に大事な存在。というかウチの一部だもんね。ウチはウチ。自分を大切にするのは当たり前だ。だからとてもショックだった。ごめんね。守ってあげれなくて。あとピアス穴開けてごめん。でもこれでウチの左耳はピアスを付けれなくなった。どうせこうなると分かっていたのなら穴を開けずに大事に扱うべきだった。ああ可哀想な耳。ウチはそこに無いと知っていながらも左耳があった場所に手をやる。すると手のひらにぷよぷよとした感触が伝わってきた。……アレ?これ耳じゃね?部屋にある姿見で一応確認する。うん、確かに残ってる。もしかして齧られたっていうのはウチの錯覚だったのかな。いやーお恥ずかしい。耳だけに。

 ウチは安堵と自分の冗談で思わず笑みがこぼれた。あはは。おかしいなぁ。傑作だよ。テンションが上がったウチは無意味に回転椅子をクルクル回す。ヒュールリー。すると部屋の隅に何か見えた。あんなモンあったっけ?ウチは目が回ってフラフラになりながらその物体に近づく。あ、これさっきの雛人形じゃん。強い力で跳ね飛ばされたみたいに体のパーツがグシャグシャになってる。きっと壁に叩きつけられてんだろう。その衝撃で全身パージ。ざまあみろってんだ。既に壊れた人形を更に壊してやろうとウチのあんよで踏みつけようとしたとき、後ろに気配を感じた。


「……!」


 ウチは足を捻りそうになりながらも振り返った。するとそこには身長が二メートルもある男?が立っていた。なぜ疑問形かと言うと顔がないからだ。いや、顔に当たる部分はあるんだけど、でっかい目ん玉なんだよね。妖怪みたい。高い声で「おいミサキ!近くに邪気を感じるぞい!」とか言いそう。想像したら結構面白い。もうちょっとよく観察してみるか。

 ウチが男と判断したのはその体つきだ。ゴツゴツとしていて筋肉モリモリ。でもって全身タイツみたいなのを着ているから腹筋とかがピッチリ見えてる。でも手はない。足だけ。転んだ時とかどうやって起き上がるんだろ。体に対して頭、じゃなくて目ん玉大きいからすぐにバランス崩しそうなのに。そんなことを考えていると目玉兄ちゃんがニッコリと笑った。ウチはそれに同じく笑顔で返す。もしかしていい人?


「じゃああの人形は君がやったの?」


 ウチがそう尋ねると男は「そうだよ」と言いたげな目線を送ってきた。ついでに「困ったら俺に任せな!」と器用に左足を軸に片足で立ち、右足で自分の胸を叩いてみせる。すげえ。ウチも体柔らかいけどそんな芸当はできないわ。試しに真似してみようとすると男は目を背けた。ん?どうしたんだろう。ウチは姿見で自分を見る。そこにはY字バランスのような体勢でパンツがモロ見えになっている何とも恥ずかしいウチの姿があった。なるほど。だから目を背けたのか。可愛いじゃん。


「助けてくれてありがと。ついでと言っちゃなんだけどそこのドア開けて欲しいんだ。頼めるかな?」


 そうお願いすると男はドアをガコンと外すとそのまま外に出て去っていった。おお開けてくれた。最後までいい人だったな。神様パワーでお礼したかったけど行っちゃったからいいや。またの機会に目薬でもあげよう。ウチは友達リストに目玉兄ちゃんを追加すると部屋の外に出た。さーて次は何が起こるかな。

 部屋から出ると本来ならそこは廊下になっているはずだ。でもウチの目の前に広がっているのは青い空、白い雲、そして、


「……甲子園?」


 どうみても野球場だった。いつの間にかウチは野球場の選手控えのベンチに座っていた。監督らしき人が「早く行け」と催促してくる。何を?よく見るとウチはさっきまで制服を着ていたはずなのにいつの間にかユニフォームを着ていた。え?マネージャーじゃなくて選手?しかも次のバッター?訳も分からないままベンチから追い出される。バットを手渡されたウチはそのままゆっくりとした足取りでバッターボックスに入った。


「四番、サード、鈴村。背番号四十四」


 ウグイス嬢の聞き取りやすいなめらかボイスが響き渡る。ウチ野球やったことないんだけど。しかも四番て。迷采配すぎでしょ監督。あーもう意味分かんない!なんでこんなことしなきゃならないんだよ!イライラしてきたウチはバットを構えた。もういい。適当にやって適当に戻ってやる。ピッチャーが無駄に遅いフォームで構え、一瞬動きが加速したかと思うとボールを投げてきた!直球ど真ん中!もらった!


 カキーン!


 バットの芯に当たったのか心地いい快音が響いた。そのまま白球は吸い寄せられるように場外へ飛んでいく。グランドスラムだ。ウチはまさか当たるとは思っていなかったのでポカーンと走る事も忘れて突っ立っていた。監督から回れ回れミサキ!とヤジが飛んできたのでテクテク歩いてダイヤモンドを一周する。ホームに戻ってきたらチームメイトが背中をバンバン叩いてきた。つーかコイツメジャーに行った期待の新星って呼ばれてる奴じゃん。なんでこんなところで野球してんのさ。そんな疑問を他所にヒーローインタビューが始まる。主役はもちろんこのウチだ。


「鈴村選手!満塁逆転打を打った今の感想をお聞かせください!」


 マスコミがパシャパシャとカメラのシャッターを切る。一応なんか言っとくか。「ミサキ、超うれぴー」すると会場は大盛り上がり。今のコメントでテンション上がるかよ普通。馬鹿みたい。


「ありがとうございました!では今シーズン本塁打五十本記念に盛大なパレードを行いましょう!」


 インタビュアーがそう言うと観客席から変わった格好をした女子達が飛び降りてきた。なんだあの格好。コスプレ?髪の色からして日本人じゃないよな。緑とか赤とか青とかいるじゃん。どこの国だよ。巫女っぽい人、魔法使いっぽい人、吸血鬼っぽい人、刀持った奴にメイドさんまでいる。ここまで見てやっと思い出した。たしかこれネットで流行ってるゲームのコスプレだ。どんなゲームかは知らないけど昔から有名でインターネットやってる人間なら知らない奴はいないくらいの。ウチはオタクじゃないけど何度か二次創作の画像を見たことがある。すると彼女達はウチの手をとって、その隣の人物とも手を取って、大きな輪を作りグルグル回り始めた。会場にBGMがかかる。この曲も聞いたことあるぞ。このゲームのアレンジソングだ。これだけの人数がいたらPVも取れそうだな。あはは。ウチが冗談でそんなことを思っているとカメラマンが何人か出てきて少女達を撮影し始めた。え?マジでPV撮るの?今から?化粧してないんだけど。彼女達は息のあったダンスを踊り始めたのでウチも見様見真似で合わせる。ほいっと。あらよっと。少し集中しただけで練習もなしに鮮やかに体が動く。もしかしてウチダンスの才能あるんじゃね?自惚れているとPV撮影は佳境に差し掛かった。ホームベースに彼女達は走っていく。多分最後にあそこに集まって胴上げとかするんだろう。遅れずについていくと予想通りモブ達がウチと少女達を持ち上げて空に放り投げた。わっしょーい。わっしょーい。高いなー。どんどん高度が上がってる気がする。最初はせいぜい二メートルくらいだったのに回数を重ねるごとに五メートル、十メートル、百メートルと倍々に高くなっていく。そしてついには大気圏ギリギリの高さにまで放り投げられた!うおー!地球青い!高い!そういう次元じゃねー!最高点に到達したウチはしばらく地球を眺めていると急激に落下し始めた。うわうわうわ。飛び降り自殺の比じゃないよ。物理知らないウチでも分かる。高ければ高いほど重力に引っ張られ続けるから加速しているんだ。こんな速度で落ちたら雛人形じゃないけど体壊れちゃうよ。モブ君達支えてくれるかなぁ。しかし悪い予想的中。野球場が見えてくるとモブ達は既に撤退していた。こんにゃろー見捨てやがったな。同じように落下している少女達も混乱の様子が伺える。まぁ落ちるのはこの夢では慣れっこだし大丈夫でしょ。この子達は知らないけど。ウチらは一斉に仲良くグラウンドの土とぶつかった。グチョチョチョーン。おー怖かった。ウチは何事もなかったかのように起き上がる。痛みはないけど怖いもんは怖いんだ。周りを見ると少女達も無傷のようで頭を押さえながらフラフラと立ち上がった。

 しかし顔を上げた彼女達は先程見た愛らしい顔をしていなかった。顎が外れ、というか取れている。そして大きく開いた口から蜘蛛の足のような機械のパーツがウネウネ蠢いている。四肢ももげていて中から細長い義手義足が生えてきた。うわきも。思わず後ずさった。するとそんなウチの態度に気をよくしたのか彼女達は顔を歪ませながら一斉にウチに向かって走り出してきた!ちょちょちょ。怖いって。ウチは逃げた。グラウンドをグルグル回って出口を探したがどこも壁で出られそうにない。はぁ、はぁ。夢の中なのになんで疲れているんだろ。足が重くなる。ヤバイって。今止まったらあの半人半メカの魑魅魍魎軍団にめちゃくちゃにされるって。止まるなウチ!五十メートル九秒台だけど足を止めたら死ぬぞ!

 必死で逃げ回る。しかし出口がない以上体力だけが無くなっていく。クソ、どうやったらここから出られるんだよ。その時、気を緩めたのが災いしたのか靴ひもを踏んづけたウチは思いっきりすっ転んでしまった。


「うおっ!」


 ズシャっと地面に倒れる。その隙を見逃してくれるはずもなく機械少女達はウチを取り囲む。うわー。終わった。どうにもならんわ。ウチの負け。

 大人しくお縄につこうと手を頭の後ろに回したとき、元少女の一人が何者かに蹴り飛ばされた。


「大丈夫か!助けに来たぞ!」


「目玉の兄ちゃん!」


 そこには足を変幻自在に動かし敵を弾き飛ばす男の姿があった。カポエラのような動きで的確に鳩尾、首、太ももを狙っていく。攻撃された彼女達はたまらず傷跡を抑えていた。


「ここは俺に任せろ!出口はアッチだ!」


「ありがとう!あと君喋れたんだね!」


 やっぱ神的にいい人だったわ兄ちゃん。この夢でMVPがあるとしたら間違いなく彼だろう。ウチは九死に一生を得る思いで出口に向かう。後ろを振り返ると男はブレイクダンスのように回りながら文字通り蹴散らしている。よかった。心配する必要はないみたい。ウチは安心してドアをくぐった。

 そこはまたウチの部屋だった。さっきまでいた時と同じ状況のまま。窓ガラスは割れてるし人形が……。あれ、いない。どこいったんだろ。片付けてくれたのかな。すると油断していたウチに物陰から飛びかかる影が。


「おわっ!」


 すんでのところで躱し、攻撃してきた正体を睨む。それは間違いなくあの忌々しい雛人形だった。戦闘態勢に入っていたようで雛人形というよりは虎の口だけが浮いていると表現したほうがいいかも知れない。またコイツか。でも兄ちゃんはまだ戦ってるし助けを呼べない。ウチが戦うしかない。近くにあった伐採用の鉈を手に取ると刃先を人形に向けた。今はこんなものがどうして部屋にあるのかどうでもいい。身を守らなくちゃ。ウチは瞬時に間合いを詰めると人形に斬りかかった。しかし雛人形は避けようともせずその猛獣のような牙で鉈に噛み付き、ウチから奪い取った。しまった。武器を失った。鉈を後方に投げると元人形は更に大きな口に変身した。そのままウチを頭からつま先までパクンと一飲みすると咀嚼を始め、ウチの体はズタズタになった。







「…………ハッ!」


 強烈な胃酸で溶かされる直前に目が覚めた。は、はは。なんだ夢か。最後の最後は本当に死んだかと思ったよ。時計を見ると昼の十一時半だった。そんなに寝てたのか。じゃあもうお日様はてっぺんあたりに昇ってるね。のんきなことを考えながら窓から差し込む日差しを眺めようとする。













 しかしそこにはあの全ての始まりと言うべき鉄柱が突き刺さっていた。












「うわあああああああ!!!」


 ドッシーン。ソファーから落ちた。腰をさすりつつ起き上がる。な、なんだ。今のも夢か。二段オチとは豪華な夢だな。冷や汗でべっとりだぜ。ウチが本当の世界に戻ってきたのを確かめるべく頬をつねった。うん。痛い。異常に伸びたりしないしここは現実だろう。はー、悪夢だった。やっぱジェバンニで睡眠をとったほうがいいのかな。慣れない場所で寝るからこうなったのかも。

 確認も取れたことだし改めて時間を確認する。時計の針はちょうど十時を指していた。うん、まぁまぁの時間だね。この時間ならあの女も起きているだろうし寝る前にまとめた情報もある。ウチはシャワールームで汗を流してから独房へ向かった。





「おっはよ~ミサキちゃん。元気してる~?」


「お陰さまでな」


 牢屋の中で背伸びをしていた彼女は普段の、怖くない方の彼女だった。まぁ情報さえ教えてくれれば人格なんてどうでもいいけどさ。


「で、思い出したんだろうな。早く教えねーと帰っちまうぞ」


「ひどいなぁ~もっとおしゃべりしようよ~」


「そんな暇はねえよ」


「ちぇ~」


 彼女はプクーと頬を膨らませながら睨んでくる。こっちのモードだと全く怖くない不思議。彼女はベッドから立ち上がるとようやくウチの望んでいた情報を話した。


「これは昨日も言ったとおり恐らくだけど~今の代は私がアコちゃんを殺す現場を目撃していたのかもしれないのね~」


「だから~私も確信を持っていないんだけど~チラっと見えた限りでは~ミサキちゃんと同じくらいの女の子だよ~」


「そんでもって彼女とは以前面識があったわね~」


 ゆったりまったり喋りながら段々と事実に近づいていく。ウチは続きが気になって仕方なく、生唾を飲み込んで話を聞き入っていた。そして次に彼女が口を開いたとき、ウチは喫驚の形相を突き出した。













「多分彼女はアコちゃんのお友達~。たしかお名前は~雨鳥フウカちゃん~」


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