第四章

もしも私が*の子なら

「……私、アコさんのことが好きみたい」


 私は言い放った。すると胸にかかっていたモヤが晴れたような気がしました。やっぱり。これが原因だったのですね。人は秘めた思いを胸に仕舞ったまま生活をすると誰かに打ち明けたい、楽になりたい、と言った感情が生まれてきます。それがたとえどんな秘密であろうと。だけど私はあっさり彼女に告白しました。その当たり前のような口調で放った言葉はアコさんの耳にしっかり届いたはずですが、彼女は上の空でした。すると意識がクリアになったのかアコさんは言葉の意味を脳で咀嚼し、理解を終えると顔を真っ赤に紅潮させました。そして手をバタバタさせながら必死で言葉を紡ぎます。


「え、な、いや、その、なんていうか……」


「……なんて冗談です」


「そういうのは~……はい?」


「……だから冗談ですよ。ジョークです」


「…………え?」


 アコさんは私の口から発射される言葉の大砲に逃げ惑うことすらできず、撃沈してしまいました。すっかり大人しくなった彼女を見つめながら私は話を続けます。


「……いいですか?人が人を好きになるには多大な時間を積み重ねて、お互いに信頼関係を構築し、やっと完成する感情なんです。私たちはまだ会って一週間かそこらです。いくらアコさんがいい人でもすぐには身も心も捧げるわけにはいきません。分かりましたか?」


「な、なんで私が責められている立場なのさ……。騙してきたのはそっちなのに……」


「……最初に自分のことを殺人鬼だと語ったのは何処の誰でしたっけ」


「うっ。返す言葉も手のひらもないよ……」


 項垂れたアコさんは「まいった」と降参のポーズをしてきました。それを見て私はようやく彼女を許してあげることにしました。まったく。言っていい冗談と悪い冗談があるということをこれで理解してもらえたでしょうか。お灸を据えたところで私は「……これに懲りたら今後はそういう言動は控えてくださいね」と釘を刺しておく。彼女は叱られた子供みたいにコクコクとうなづきました。

 さて、注意も済んだことですしどうしましょう。私の心のなかに先程晴れたはずのモヤがかかってきました。……やはり冗談だと誤魔化すべきではなかったのでしょうか。自分の胆力の無さに辟易しつつ話題を変えるタイミングを伺います。すると突然部屋のドアがガチャリと開かれました。ノックもなしに誰でしょうか。


「アコちゃ~ん。お客さんでも来てるの~?」


「あ、お姉ちゃん。そうだよ。私の学校の友達!」


「……雨鳥フウカです。よろしくお願いします」


「これはこれはご丁寧に~ありがとね~。私は小泉トウコよ~。ちなみにこう見えて十八歳の高校生だからね~」


「……え?」


 自己紹介をしただけなのに私は度肝を抜かれました。彼女はてっきり若くて大学生、もしくは社会人だと思っていたからです。身長が高くて出るところは出ている彼女は声以外は大人の女性そのもの。お姉ちゃん、というセリフがなかったら母親と間違えていたでしょう。私が驚いた表情を崩せずにアコさんとトウコさんを見比べます。


「……全然似てないですね」


「…………何さ。どうせ私は子供っぽいですよーだ」


「あらあら~仲良いわね~」


 どうみても親子にしか見えません。彼女を学年は違えど同じ高校生だとは信じたくありませんでした。こんなモデルさんみたいなスタイルになりたい……。

 彼女の四肢を舐め回すように見ているとそれに気づいたのかトウコさんは優しそうな朗らかな笑顔で私に近づいてきました。笑顔は姉妹揃って素敵でした。


「どうかしたの~?」


「……あ、いえ。何でもありません。では私はこれで失礼しますね」


 私は彼女から逃げるように部屋から出ようとしました。あんなに素敵な笑顔を無料で振りまくなんて。ああ、素晴らしい。でもなんとなく居た堪れない雰囲気なのでもう帰りましょう。しかし私の手は何かに引っ張られドアの奥へと行くことは出来ませんでした。こんなこと前にもあったような。私は手を掴んだ主へと振り返りました。


「待って~。今は外に出ない方がいいわ~」


「……どういうことでしょう」


 やはり私の手を握っていたのはアコさん、ではなくお姉さんのトウコさんでした。握り方もあの時とそっくり。姉妹って凄い。血が繋がっているだけのことはありますね。

 しかし外に出るなとはどういう意味でしょう。そのままの意味だということは理解していますがその真意が知りたいのです。私が不思議そうな顔をしていると落ち着きのあるゆったりした声でトウコさんは説明してくれました。


「今ね~近所のコインロッカーから赤い液体が垂れているのが見つかってね~。これはおかしいな~と思った私が警察に通報したのよ~。それで開けたら中に何が入っていたと思う~?」


「……誰かの死体ですか」


「そうなのよ~。小学生の女の子が四肢を切断された達磨状態で小さな匣に閉じ込められていたわけね~。だから~今は外に警察がてんてこ舞いしてるから~面倒なことに巻き込まれちゃうかもよ~」


「……そういうことですか」


 私は彼女の話し方は気にせず理解することだけに努めた。その結果、冷静さを保ちつつ現状を把握できました。それにしてもトウコさんは肝が座りすぎでしょう。恐らく死体を見たはずなのにどうしてそこまでマイペースにのほほんとしていられるのでしょうか。私がそんな疑問を抱いているとアコさんが口を開きました。


「え~そんな近くの駅で見つかるなんてフウカ帰れないじゃん」


「あらそうなの~?この辺に住んでいるんじゃないのね~」


「……え、ええ。はい」


「じゃあ外が落ち着くまでウチにいなよ~。私たち姉妹二人暮らしだからたまには誰かと晩御飯食べたいし~」


「……ご迷惑じゃないでしょうか」


「いいっていいってフウカ!友達でしょ?それに夜になる頃には捜査も終わるだろうしお泊りにはならないよ!」


「私はお泊まり会したいな~」


「……流石にそれは遠慮します」


「え~」


 トウコさんがぶーぶー口を尖らす。見た目は大人っぽくても行動は幼いですね。可愛らしい。アコさんは「晩御飯の準備だー!」と一階に駆け下りていきました。私達もそれを追います。「フウカちゃん~ご両親に連絡しなくていいの~」「……私は一人暮らしなので大丈夫です」「じゃあお泊まり会しようよ~」「……遠慮しておきます」「ちぇ~」

 リビングに行き、三人で夕食を作り、晩御飯をご馳走になりました。といってもアコさんは料理の類が苦手らしくほとんどトウコさんと私がやったんですけどね。実質二人です。それでもアコさんは「私が渾身の力で並べた食器達を見よー!」と一番貢献したように振舞っていて思わず笑ってしまいました。






「……晩御飯御馳走様でした。ではアコさん、また学校で」


「バイバーイ!」


「またきてね~」


 私は会釈をし、すっかり暗くなった夜道を進みました。最寄りの駅、横浜駅に来るとそこには警察がまだ何人か残っていました。ただ周りの人間は気にする様子もなく電車やタクシーを利用しています。都会の人間は人身事故が起ころうと冷たいのです。だから今回の件もちょっと話題になっただけですぐ別のニュースに興味を持ってかれるでしょう。そう思いながら私は駅に足を踏み入れました。歩きながら横目で眺めると警察が調べているロッカーは既に掃除されていて普通のロッカーと見分けがつきませんでした。あんな小さいロッカーに人が、ねぇ。これも例の殺人鬼の仕業なんでしょうか。こんな近くで事件が起きてもきっと都会人は明日電車が止まらないことの方が心配なのでしょうけど。私は改札を通るとすぐに電車が来たので小走りで乗り込みました。食事をした後なのでお腹がちょっと苦しかったですが無事に席に座ることが出来たので一安心。ゆりかごのように揺れる電車で船を漕ぎつつ私は家に帰るのでした。
















 でも、アコさんはどうしてコインロッカーと聞いて駅のロッカーだとわかったのでしょうか。












 小さな疑問は睡魔によってかき消され、家に着く頃には綺麗に無くなっていました。

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