　家に着くとそこそこダンボールが片付いて広くなったリビングが私を迎えてくれました。荷物の大半は本だったので先に本棚を買って正解でした。残りの荷物はCDとか本とか本とかなのでそれはまたの機会に片付けましょう。ソファーに腰掛けた私は何気なくテレビをつけました。この時間になるとやっているニュースを見てから寝るのが実家に居たときの日課だったからです。この番組は昨今のニュースバラエティにしては珍しくまともなニュースを扱ってくれるので私は好きです。構成は順に今日あった事件、政治の話、経済の話、そしてスポーツ、あとはオマケと言った感じ。真っ先に知りたい話を報道してくれるので長年根強い人気を誇っています。

　増税の話、某会社の脱税疑惑、電車の遅延、様々なニュースの後に私が求めていた話題があがりました。

『今日未明、横浜駅のコインロッカーにて女の子の死体が発見されました』

　私はそのアナウンサーの声にピクリと反応すると身を乗り出してテレビ画面に注目しました。そこに映っていたのは綺麗に掃除されたロッカー。流石に血を全国放送する訳にはいかなかったのでしょう。そして駅前を撮したままアナウンサーの説明が続きます。

『被害者は近くの小学校に通う十一歳の女の子。四肢がノコギリのようなもので切り取られ、警察が駆けつけた時には既に死亡していたとの報告が入っています。死因は出血多量によるショック死。そして遺体には奇妙なメモが残されていました』

　奇妙なメモ？私はそのワードに興味を引かれる。私が東京にいた時も撲殺少女工房という殺人鬼は乱暴狼藉の限りを尽くしていました。しかしその犯行は鈍器などで殴って殺し、それがヒトではなく文字通り魂の抜けた肉塊になったらどこかのゴミ捨て場に捨てる、というものでした。なので今回、わざわざ人通りが多く、リスクの大きい駅のロッカーに、しかも人間の手足を切断するという手間までかけた上メッセージを残す。そこまでして死体を弄んだのが理解できませんでした。今まで通り殺すだけでは済まなかった事情があるのでしょうか。それとも私の知る由もないところで、殺人鬼なりの変化、進化を遂げたのでしょうか。

『メモには日本語で「ボコボコボコボコ楽しいな✩あの子から貰ったプレゼント✩そして世界は回りだす✩」と意味不明な内容であり、前例にない犯人の手がかりを入手した警察は調査を急いでいます』

　はぁ。まぁ犯人が日本語を書けるということくらいは分かったでしょう。それでも大きな進展です。テレビでは一時期カルト教団の仕業と考える者や、海外の誘拐組織の犯行、挙句には宇宙人からのメッセージという説を提唱するタレントもいました。少なからずこの事件を面白がっている人もいるかもしれませんね。何故なら殺されるのは女子、しかも小学生から高校生までの狭い年代。それに該当しない人は高みの見物気分で見ているのでしょう。いえ、全員が全員という訳ではないですが。

　私はテレビを消すとパソコンを立ち上げました。ネットの情報はソースが不明瞭であまり好きではありませんが中には面白い話が聞けたりするので念のため調べてみることにしました。インターネットでも有数の大型掲示板にたどり着くと検索欄に『撲殺少女工房』と入力します。するとぶわーっと大量のスレッドが画面を覆いました。私はその中から適当なものをクリックします。『【猟奇】撲殺少女工房考察スレPart32』ですか。『今もっともHOTな殺人鬼！どんなやつか想像しようぜ！』と一番目のレスに書かれていました。いい気なものですね。人が殺されているというのに。他人にはとことん冷たい。そんな人間にはなりたくないものです。それは置いといて情報収集をしましょう。私は長文レスは斜め読みしつつ、パパパーっと眺めていきます。『撲殺少女工房は筋肉モリモリマッチョマン』『実は女の子』『嘘乙』『だいたいマッチョだったら目立つだろ。常識的に考えて』『風景に溶け込めるくらい普通の人。サラリーマンとか』『ありえる』『絶対頭おかしい奴だよ。きひひひ～って笑い声に違いない』『草』『マッドサイエンティスト的な』『でも何のために殺してるんだろ』『本人に聞けよ』『理由なんてないだろ。狂った奴の思考回路なんて読めるかよ』『実は殺された被害者の名前の頭文字を合わせると……』『な、なんだってー』『試したら「しちにとなのに」になったんだけど』『しちにと、謎』『「なのに」の続きは何だろ』『「はちにと」とか』『イミフ』『「ぱとめりこ」だよ』『本人降臨北？』『ごめん今の適当』『ウンチーコング』『ちょっと考えちまったじゃねえか』『以下好きなおにぎりの具』『鮭』『昆布』『たらこ』……ロクな情報が見つかりませんでした。そのスレッドはそのままくだらない雑談を続け、『1000だったら次殺されるのはお前』で締められていました。ふぅ。やはりモニターを長時間見るのは目が疲れますね。手がかりなしだったので五割増しで疲れました。

　私は五分ほど休憩した後、再びネットの海へダイブしました。今度はどれにしましょう。ニュース板とかいいかもしれませんね。私は迷わず『撲殺少女工房情報まとめPart13』を選びました。ここならある程度はまともな情報がありそうです。ある程度は。レスを眺めると先程とは違い、ニュースや新聞などの記事をまとめたものや、真面目に考察しているものもありました。『ニュース20まとめ：犯人は日本人の可能性が高い。猟奇性が増した。東京のものとは別物？』『別物だよ。警察の知り合いから聞いたけど女の子の死体につけられた傷が今までのものとは違うらしい』『武器が変わったってこと？』『多分な』『今まで東京にこだわってたやつが今更なんで場所を移したんだろうな』『警察が巡回して手が出せなかったからでしょ』『普通に引っ越したとか』『無きにしも非ず』『でもあのメッセージはなんだよ』『手口変わったな』『海外の猟奇殺人には多いらしいけどね。メッセージ残すの』『やっぱ外国人？』『真似してるだけかもよ』『死体の捨て場所に法則性はないの』『バラバラすぎて意味わからん』『適当じゃない』『メッセージを残すような奴だし律儀にルールは守ってるかも』『結論：変態』……なるほど。法則性ですか。私は目薬をさし、一息つきます。確かに映画などではお約束ですよね。犯行現場をつなぎ合わせたら五芒星が浮かび上がった、とか。そこまで綺麗なものでは無いかもしれませんが試しに考えてみましょうか。私は通学用の鞄からノートとシャープペンシルを取り出して簡単な地図を書きます。神奈川での犯行はこれが初めてなのでよく分かりませんね。私はブラウザに大量のタブを開きながら東京の地図を書き、死体発見現場をつなぎ合わせていきます。

「……うーん」

　しかし納得のいく成果は得られませんでした。カクカクと折れ曲がった直線は私の脳内に渦巻いている絡まった糸のようでした。はー。直線じゃないとしたらなんでしょう。放物線？でもそんなもの何パターンもありますし……。Y＝Xの二乗とか？いえ、違いますね。もっと複雑な図形……。頭の中で複雑な計算を一つずつ行いましたがどれも当てはまりませんでした。やはりつい一ヶ月前まで中学生だった私には難しいのでしょうか。もしかしたら犯人は数学者の可能性もあります。そしたら私の知識ではとても対抗できないじゃないですか！私は高校受験のために買った参考書をパラパラ捲りながらため息をつきます。解けないと分かっていても気になります。しかしここにきて私の頑固さが功を奏しました。明日も休みということもあり夜ふかしをして計算をし続けること二時間、法則性らしきものを見つけました。

「……サイクロイド？」

　サイクロイド。それは円がある規則にしたがって回転するときの円上の定点が描く軌跡として得られる平面曲線の総称です。大学受験用の参考書を引っ張り出してきて格闘していたら偶然発見しました。うん。確かにこの式なら図上の点とピッタリです。でも線上にあるということが分かっても、線上のどこで犯行が行われるかまでは分かりませんでした。もしかしてこのサイクロイドが重なったのも単なるまぐれかもしれませんね。悔しいなぁ。あと少しだと思ったのに。いい加減潔く諦めて今日はもう寝ようとベッドに足を向けたとき、私の脳にアドレナリンがドバドバ放出されました。もう一つの図形を思いついたのです。

「……誘拐された日付によって犯行現場が変化する？」

　例えば三月四日だとしたら Y= X^3+4。二月十七日なら Y= X^2+17。そしてその放物線を県庁所在地のある場所を原点として地図に重ねる。そしてサイクロイドとその放物線が重なった点のうち、一番Xの絶対値が大きい点、そしてそこが死体発見現場とほぼ一致しました。これはすごい発見なんじゃないでしょうか。私は未解決問題を解いたような達成感に酔いました。やった。解けた。今まで誰も気づかなかった可能性。それに一番乗りで気づいたのだ。嬉しくないはずがありません。

　しかし浮かれているのを自覚すると私は咳払いを一つし、興奮を抑えきれず髪の毛をいじりながら神奈川の地図を引っ張り出しました。そしてボールペンでガリガリ曲線を書いていきます。まだ新しく誘拐された人間がいるというニュースはないので今日の日付から一週間ほどの図形を描きました。そうしたら神様のイタズラでしょうか。七つ全ての図形とサイクロイドが重なった点、それは一つの場所を指し示していました。

「……横浜駅裏にある、廃工場でしょうか」