無名ヶ丘危険地帯2
ウチは応接間のような部屋に通されるとそこでわんわん泣き喚いた。「どうしてサエが狙われたの」「殺人鬼は何を考えてるの」「早くサエに会いたいよ」ウチは高校生にもなってガキのように手足をバタバタさせた。その時に足を机にぶつけた。痛かった。血が出た。ウチは自分の足から流れる鮮血を見て、数十分前の惨状をまた鮮明に思い出してしまい、更に泣いた。それを見かねたのか女の警官が救急箱を持ってきて、手当てしたあと抱きしめてくれた。あっいい匂いする。香水かな。ウチもそれ欲しいな。それにしても人に抱きしめられると不思議と落ち着くのはなんでだろう。ウチは頭悪いから科学的なことは知らない。でも涙は止まったからいいや。女の警官にお礼を言うと彼女は優しく微笑んで「また辛くなったら呼んでね」と言い残し部屋から出ていった。惚れそうだった。いや、ウチにはサエがいるし浮気はダメだ。ダメ、絶対。それにしても思い出したら恋しくなってきた。ああ、サエ、ウチを早く抱きしめて。そしてその柔らかい唇でウチの口を塞いで。それから数分、ここには書けないような妄想をした。ごにょごにょ。
エロスでノスタルジックな感傷に浸っているとさっきの女の警官が戻ってきた。忘れ物かな。
「鈴村さん、貴方、三橋さんを助けたい?」
唐突だった。ウチは言葉の解釈も出来ないままコクンと頷いた。ウチの反応を見ると彼女は愛らしい笑みを浮かべて「そんなに友達が大事なのね」と呟いた。ウチは「友達、というより恋人。だから助けたい気持ちを持つのは当たり前だよ」と無意識にタメ口で話しかけていた。きっと彼女の魅力がそうさせたのだろう。それに少し驚いた様子をみせた彼女だったがウチの思っていた通り、気持ち悪がらずに「そう、少し嫉妬しちゃうわ」と認めてくれた。やば。可愛い。その反応に頬を赤らめていると彼女が眼前まで近づいてきた。えっ。待って。早くない?女らしく、かといって淫らではなく、艶やかに、気を抜いたら骨抜きされるような声で、囁いた。
「殺人鬼のこと、教えてあげる」
ウチはちょっとガッカリだった。せっかくいい雰囲気になったからその気になったのに。あそこまでやられたら最後までやろうって気になっちゃうよ。気持ちを裏切られたようで、勝手に機嫌を悪くしながら彼女のあとを追う。彼女は前を向いたまま「教えてあげるって言っても私じゃないんだけどね」とお茶目な笑顔を見せる。畜生。可愛いなオイ。思わず見惚れながらも殺風景な廊下を進み続ける。ウチらは独房のような場所に来ていた。お姉さんが何を見せたいのか分からないけどこんな場所、ずっといたら気が狂いそうだ。だから早足で歩く。するとお姉さんは歩くのを止めた。背中にぶつかりそうになるけどウチは腰を反らし回避。ナイスウチ。反射神経はいい方なんだ。
「さ、着いたわよ」
そこは頑丈そうな鉄格子に固そうなベッド、仕切りのないトイレにコンクリむき出しの、さっき通った廊下より更に殺風景な部屋だった。ウチはお姉さんに訊ねる。
「ここに何しに来たの」
「ちょっと待っててね」
お姉さんは鉄格子の奥にいる女性に話しかけた。「聞きたいことがあるのだけれど」するとその人物はゆっくりと立ち上がった。で、でかっ。身長180センチはあるんじゃない?女性にしては珍しい高身長で威圧感があり、思わず足がすくむ。その女性はくるりと綺麗に半回転するとこちらにトテトテと歩み寄ってきた。
「な~に~?もう知ってることは全部話したわよ~?それともちょっと早めのご飯かしら~?」
アニメ声だった。そのへんの筋には詳しくないけれどアキバ系男子が聞いたら歓喜の涙を流すはずだ。しらんけど。
「違うわ。撲殺少女工房に誘拐された被害者の恋人よ」
「え~?女の子しか狙わないのに恋人~?あ、わかった!もしかして君もレズ~?」
ウチは頷いた。すると彼女は嬉しそうに「わーい!仲間だ~」とはしゃいでいる。そんな彼女にお姉さんは「あんまり騒がないで頂戴」と注意している。頬を膨らませた女性は渋々従って声のボリュームを抑えてから喋りだした。「何が聞きたいの~?」お姉さんは「この子に殺人鬼の事を教えてあげて」と言った。まて、その前にこの女は何者なんだ。ウチが質問すると女性は答えた。
「私はね~撲殺少女工房だから~」
ウチの中で何かが切れる音がした。プチンと、理性が切れる音だった。そんで気づいたらお姉さんに羽交い締めにされていた。後で話を聞いたらその囚人服の女性に飛びかかろうとしていたらしい。数分暴れ、もがいたが、お姉さんの力が思ったより強く、疲れる頃には怒りはどこかへ飛んでいった。
「ごめんね~今の半分嘘~」
女性は悪びれる様子もなく形だけの謝罪をした。本来ならムカつく所だろうが、冷静になったウチは「いいから話をしてよ」とぶっきらぼうに言った。
「私はね~元・撲殺少女工房だよ~」
……意味がわからない。だって撲殺少女工房はまだ捕まってないし。だからあんな事件が起きたんじゃん。ウチは抗議しようとしたがお姉さんが腕で制した。「何を言っても無駄よ。彼女、捕まってからあんな証言ばっかりしてるの。本当は模倣犯の癖に」それを聞いて女性は「だから違うって~信じてよ~」と鉄格子をポカポカ叩いてる。
「……それで、その元・撲殺少女工房さんは何をウチに教えてくれるの」
また頭に血が上ってきたウチは早口で説明をまくし立てた。女性はペコリと頭を下げると
「私の名前は小泉トウコっていうの~。ちなみに今は離婚して独身で~す。それじゃ次はあなたのお名前なんて~の?」
手で『はいどうぞ』と言いたげなポーズをしながら自己紹介を求めてきた。「……鈴村ミサキ」と一言で答えると彼女は「可愛い~!でも私の方が可愛いけどね~」と巫山戯た口調で踊っている。コイツ殴っていいかな。一通り踊り終えると彼女はジロジロとウチを観察してきた。な、なんだよ。
「でも名前も可愛いけれど顔はそれ以上に可愛いね~。お姫様みた~い。…………ボコボコに殴った後剥製にして部屋に飾りたいわ」
彼女の常に笑っていた目が一瞬細くなった気がした。声色も変わり、品定めされているような気がしてウチは全身で震えた。
「なぁ~んて、冗談よ~。若さってすごいわ~いいスタイルしてるし~」
まだ顎がガクガク言っているし寒気も止まらない。例のゾワゾワもきた。今すぐに逃げ出したい。おうち帰りたい。泣きたい。でもこれ以上隙を見せたら喰われる気がする。だからウチは怖くないぜ、と自分を鼓舞しながら「テメェのために痩せてんじゃねーよ」と強がった。「まぁこわ~い」と相変わらずあざとい反応を見せる。クソが。
「それで、質問は~?」
この女、ぶりっ子か?萌え袖から伸ばした指先を顎に当て、首をかしげている。ウチは単刀直入に聞いた。
「真の撲殺少女工房は誰なの」
「だから~真とかそういうのはいなくて~前は私が撲殺少女工房だったんだって~」
「そういうのが聞きたいんじゃねえよ!勿体ぶらないでとっとと教えろ!」
ウチはキレた。さっきまで子犬みたく震えていたのを忘れて。すると彼女は次第に目線が鋭くなり、さっきの怖い方が姿を現した。
「…………『真の』撲殺少女工房なんていないよ。確かに撲殺少女工房は常に一人だけど広い視野で見たら何十人もいるんだ。お前のそのデカイ目ん玉広げて見てみな。私はな、その何十人もいる中の一人に過ぎないんだよ。だから元。…………まだ分かってない顔をしているな。頭悪いな、お前」
「余計なお世話だ」
彼女は「まぁいい」と零してから話を続けた。
「とにかく、撲殺少女工房と呼ばれる存在は一人だ。でも過去に撲殺少女工房と呼ばれた奴は何人もいる。つまり、撲殺少女工房は複数人が代わる代わるして作った巨大な化物なんだよ」
「…………っ!」
ウチは絶句した。となりのお姉さんもこの話を聞くのは初めてだったようで説明を求めている。
「ここまで話しちまったついでだ。耳の穴かっぽじってよく聞きな。私は元々今の代から数えて二代前の撲殺少女工房に殺される予定だったんだ。こう見えてかつて私はうら若き18歳だったからな。可愛いしターゲットとしては申し分ないだろう。でも私は抵抗した。その時勢い余って当時の撲殺少女工房を殺しちまったんだ。だから私がその意思を受け継いだ」
「…………説明になってないんだけど」
ウチは睨んだ。なんてまどろっこしい説明をするんだ。簡潔に言え簡潔に。彼女は「風邪って知ってるか?病気の方」と聞いてきた。勉強嫌いなウチだが流石に風邪は知っている。馬鹿にしないで欲しい。
「馬鹿そうだったからな。一応確認したまでだ。馬鹿は風邪ひかないってよく言うだろう?ハハハハハ!……話がそれたな。で、だ。風邪ってのは、くしゃみや咳をしたら伝染る。風邪をひいたらマスクをつけろと親にも散々口を酸っぱくして言われたろ。それと同じだ。殺人というミーム、この場合は病気、いや、そう狂気だ。殺人という狂気ってのは伝染るんだよ。簡単にな」
なんだそれは。そんな理由で殺人鬼になったのか?そんな理由で罪のない少女を殺し続けたのか?そんな理由でサエを攫ったのか?ウチは怒涛の勢いで事件の秘密を知ったせいか頭がショートしかかっていた。そんなウチを見て彼女は満足そうに口元を綻ばせた。
「そう、そういう顔が見たかったんだよ!お前は私と同類な気がする。ミサキちゃん、お前も一人殺してみ?快感になって誰の命令もなく殺戮マシーンと化すぜ。私だってこの邪魔な鉄格子がなければお前らを今すぐにでも殺したいくらいだからな」
「ッ!」
ウチらは慌てて後ろに下がる。それを面白がるようにして彼女は笑う。
「ハハハハハ!いいね!最高だよ!特にミサキちゃん!お前には今話した殺人の狂気がよく似合う!いや、もう既に持っているのかな?とにかく、だ。襲われる女の子がいる限り、撲殺少女工房は止まらない。だから君たちに出来るのは今の代が天寿を全うするのを待つだけだね」
彼女はそう言い終えると『帰った帰った』と言いたげな態度で独房の奥に引っ込んでいった。これ以上は話が聞けそうにない。でも謎に一歩迫れたような気がする。そう思案し、ウチらも諦めて帰ろうとしたとき素、いやもしかしたらこれが裏なのかもしれない、に戻った彼女がこちらに駆け寄ってきた。
「はいミサキちゃ~ん。いいものあげる~」
そう言って彼女はクシャクシャに丸めた紙を鉄格子の隙間からぽいっと投げた。拾えってことか。ウチはそのゴミ同然の紙を手に取る。
「それじゃ、ばいば~い!また来てくれたらちゅーしてあげるよ~!」
手をフリフリする彼女の豹変っぷりに若干引きつつ、ウチらは独房を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます