第10話 依存症

 『シャドーヒーロー』共演者の加藤亮から成沢武尊に連絡が入ったのは、女部田主催の秋田オフイベントの一週間前だった。懐かしさもあり、二人は住まいからお互いにそう遠くない下北沢のワインバーで会っていた。


「武尊さんはどうします?」

「随分唐突な招待だったけど、一応、出席するつもりだよ」

「なんか美味しい条件とか出されたんすか?」

「そんなものあるわけないでしょ。加藤くんこそ、今回は気を付けなよ」

「オレより気を付けなければならないのは女部田のほうだと思うよ」


 加藤は意味深に笑った。


「それまたどうして?」

「まあ、いろいろね。兎に角、あいつらに気遣いなど無用ですよ、武尊さん。オフ会でのヲタクどもの無作法は知ってるでしょ。ヅカヅカ隣に来て半ば強引にコレクションショットを撮りまくりやがる。そればかりか、特集雑誌やグッズを大量に持参して、この時ばかりと当然のようにサインをせがみやがる。早く消えてほしいと思っていい顔してると、番組についてのマニアックな質問を投げてきやがる。うんざりだ。こっちは偶々出演しただけで、特撮のファンでも何でもないから特撮のことなんか何も興味ねえよ」

「そうは言ったって特撮ファンの方々は、加藤くんのことを一番好いてるようだよ」

「女部田の差し金だよ」

「差し金?」

「女部田が裏で複数の特撮ファンに、私の盛り立て役を頼んでるのさ。寄って来るのはみんなさくらだよ、さくら」

「さくら? なぜそんなことをするんだよ?」

「写真でもグッズへのサインでも、最初に私にやらせとけば、他の特撮俳優が断れなくなるからだよ」

「なるほどね」

「女部田はいい気なもんだよ。オフ会の度に目を付けた女性特撮ファンをしつこく参加させて、イベントを手伝わせてはモノにしてんだから」

「モノに?」

「女部田にとっては女性特撮ファンも特撮グッズの延長線上にあるんですよ。いや、もう特撮ファンだけに限らなくなってきたな。今回のオフ会の本命グッズは陽子のようだな」


 陽子とは『シャドーヒーロー』のヒロイン女優・葛城陽子のことだ。


「そう言えば、女部田からのオフ会参加依頼の連絡があった時、陽子の連絡先を妙にしつこく聞いて来たな。それだけなら気にもしなかったけど、後日、なぜかあの番組の殺陣師からも、陽子の連絡先の問い合わせがあったんだ」

「殺陣師にまで手を回したか…やっぱりね。こっちにもあったんですよ。でも彼女は番組が終了した途端、何があったのかぷっつり姿を消したからね」

「きみがしつこくくどいたからじゃないのか?」

「確かに陽子はいい女だったけど、なんか危険な匂いがして、くどくには壁が厚過ぎたな」

「そう…陽子には近寄り難い陰があったな。そこがまた彼女の魅力でもあったんだろうけどさ」

「今回のオフ会では、女部田の大本命だったろうに、年寄りが三人だけでお気の毒なことだ…ということで、女部田は陽子の代わりの “生贄 ”に如何なる女性特撮ファンをご所望か楽しみでもある」

「彼はそんなに女に執着してるのか?」

「女だけじゃなく、男もね」

「バイということか?」

「それも特撮仲間に飽き足らず、某特撮ヒーローさんとの仲…知りませんでした?」

「どうしてそんなことまで知ってるんだ?」

「なぜか知っちゃってるんですよねー」

「特撮ファンに深入りし過ぎじゃないの?」

「来るものは拒まずだし、据え膳は喰うタイプなもんで」

「隙だらけだな」

「もう、ろくに仕事もないし、失うものもないんでね。特撮ファンに気に入られてりゃ、時々美味しいこともあるし…というのも、女部田は自分が目を付けた女に手を出されないように、招待したゲストには別の女性特撮ファンをあてがうんですよ。以前のオフ会で成沢さんの隣にあてがったのは、子持ちのぶさいく女でしたけどね、あははは、あれは外れ」

「そうだったかな? 随分以前の話なんで、その時隣に誰が座ったかなんて覚えてないよ」

「それは良かった。あれは記憶から消し去ったほうがいいズべだ、あははは」

「特撮ファンの方をそういうふうに言うのはよしなよ」

「あの女はズべのくせにクソまずいマグロだよ」

「食っちゃいましたね?」

「据え膳だったからね…しかし失敗だった。マグロの深情けほどきついものはない」

「加藤くん…」


 加藤はピッチの速い酒で一層多弁になった。


「あいつらは犬と同じだ。いい顔してりゃ、尻尾を振って喜んでやがる。貸金から借金してまで貢いできやがる」


 成沢は、加藤亮の言種を聞いて、尻尾を振っているのはどっちかと思った。かなり酔った加藤を見て吐き捨てるように呟いた。


「犬か…」

「そう、犬だよ、やつら」

「ミイラ取りがミイラになってるんじゃないのか?」

「え?」

「特撮ファンの蔑称を特撮オタとかクソオタと呼んでるようだけど、オフ会の常連になって特撮ファンに入り浸っている特撮ヒーローだって、特撮オタと言えるんじゃないのかな?」

「異議なし! 昔の栄光が忘れられない特撮ファン依存症は不治の病かも。チヤホヤだけじゃなく、体までプレゼントしてくれるんだもの依存しちゃうよ」

「・・・・・」

「そんなオレを軽蔑してるでしょ、武尊さん」

「いつだったか女部田に随分責められてたじゃないか」

「あれね…」

「下手をすればマスコミで叩かれかねないよ」

「それはないね」

「どうして?」

「あの特撮ファンは、女部田の女だからだよ。報道されたらやつのほうが痛手じゃなかったのかな? 女房より子供に立つ瀬がなくなるだろ。仕事関係の信用ガタ落ち、離婚となったら慰謝料でオフ会のカリスマを目指すなんて詭弁を吐いてるどころか、アフターオフのお楽しみもできなくなっちまう。その点、オレは今やマスコミに取り上げられるような話題性のある俳優じゃないし、寧ろスキャンダルで騒いでもらえるなら有難いってもんですよ、あははは」

「加藤くんは相変わらずだねと言いたいけど、随分変わったね」

「今回、女部田はまたしても “加藤さんに是非お会いしたいというある女性特撮ファンが…”なんて、甘い誘いをかけて来たよ。成沢さんにはどういう誘いをかけて来ました?」

「長期間疎遠だったのに、いきなり番組の特撮グッズを送ってよこしたね。お礼状を送ったら即返事で、数日後にオフ会への参加の打診…」

「成沢さんにはグッズ作戦か…」

「それが作戦なら失敗だね。私はいくら自分の出演した作品かもしれないが、グッズなどには全く興味がないよ」

「じゃ、なぜ参加を?」

「私は峰岸さんに会いたいなと思ってるんだ」

「それだけ?」

「療養生活が長いようなんだ。この機会に会えるなら会っておきたいと思ってね」

「そースか」

 その言葉に拍子抜けした加藤を見て、成沢は潮時だと思った。

「…そろそろ帰るよ」


 成沢は引き止める加藤と別れてタクシーを拾った。車中で加藤との会話を思い出しながら気分が滅入った。


 オフ会を契機に特撮ファンからの贈り物は多くなる。次のオフ会に先駆けて郵送するファンもいる。会場で少しでも他の参加者の優位に立ちたいためだ。オフ会でファンにお礼を言う俳優を見て、贈り物作戦がエスカレートしていく場合もある。成沢はファンと俳優のそうした関係にもうんざりしていた。峰岸と同じ秋田出身の特撮ヒーローの先輩・松橋龍三へのネット上での誹謗中傷が始まった頃、特撮ファンからのしつこい贈り物に閉口していた成沢は、龍三に真似て受け取り拒否で送り返したこともあった。それをきっかけに成沢自身も時折ネット上で名前を出されるようになった。女部田との交流が途絶えたのはその頃からだった。


 「ナガサホテル」でのイベントの誘いは唐突だった。成沢はヒーロー番組先輩の龍三に連絡を入れていた。出演していた特撮番組終了の数年後、偶々時代劇で龍三と一緒になった。それまでお互い面識がなかったが、龍三の番組を観ていた成沢が、特撮繋がりという事もあって龍三に声を掛けて以来の交流となった。


「ご無沙汰してます、成沢です。突然の電話で申し訳ありません」

「おお、成沢さんか。お久しぶりです」

「実は、例の女部田という人物の主催するオフ会に招待されました」

「そうか…というか、私には興味ないんで何て答えればいいのか…」

「女部田氏の話題でご不快かもしれませんが…」

「不快も何も、彼に限らず特撮関係者とはもうご縁がないので」

「お電話したのは、招待されるオフ会が松橋さんのご地元で開催されるからなんです。ナガサホテルはご存知ですか?」

「ああ知ってるよ」

「シャドーヒーローのオフ会なんで、主演の峰岸さんのご地元で開かれることになったようなんです」

「ああ、そういうことね。峰岸さんは同郷なんだけど、未だに会う機会を得てないんだ。噂によると、入退院を繰り返してるようだけど、オフ会に出席なんて大丈夫なのかな?」

「女部田氏がしつこく口説き落としたようです。困り果てた峰岸さんから連絡をいただいたんですが、結局、共演の加藤とも相談して招待に応じることにしたんです」

「なるほど…まあ、大したホテルでもないし、周囲にも観光スポットも何もないところだけど楽しんでってください」

「ネットでは大変な目に遭いましたね。他人事じゃないので自分自身かなり滅入りました」

「糞溜りに棲む住人は、私とは済む世界が違うバケモノたちなんだから…電話の要件って、そんなこと?」

「松橋さんのご地元でもあるので、一言ご連絡をと思って…」

「気を遣わせてしまったね。今後はそんな気遣いは無用に願います」

「この機会に秋田でお会いできませんか?」

「成沢さんのお誘いは嬉しいんだが…今回はやめといたほうがいいでしょう。私も今年の正月は帰る予定は立ててないし、私に会ったことで糞溜りの住人のネタにでもされたら嫌でしょ。会うならオフ会と関係のない時にしましょうよ」

「…それもそうですね。では今回は諦めます」


 龍三は成沢には悪いなと思いつつ、距離を縮めなかった。それは成沢にだけではない。特撮ファンと親しい交流を持っている特撮出演者とは、これまでもできるだけ距離を置いてきた。一方の成沢は電話を切ってから、加藤と女部田の一件を思い出していた。


 加藤はかつて、女部田の主催するオフ会で大酒を飲んだ夜、参加した女性特撮ファンとの関係を持った。それが女部田の周到に用意された罠であり、加藤にとってはそれがリークされることを承知の上での悪ふざけだった。女部田はこの機とばかりに加藤を責めたてた。加藤はそれを待っていた。


「いいじゃねえか、君の使い古しなんだから」


 女部田は一瞬絶句した。


「君は女性蔑視だろ」

「それはどういう意味ですか? 私は女性特撮ファンの方々に対しては、一ミリだってそういう見方はしていません」

「とぼけないでよ、女部田さん。君とのことは本人から聞いたんだから…確か、最初はレイプがどうのとか言ってたなあ。オレの聞き違いかな、女部田さん?」

「彼女がどのように言ったか知りませんが、私の記憶にはありません」

「あんたの記憶にはなくても、彼女の体には忌々しいほどの記憶が残ってるようだったよ」


 予期せぬ加藤の言葉に、女部田は焦った。


「女部田さんよ、君だけいい思いをするのは欲張りというもんだよ。独身の私と違って、君には奥さんだって子供さんだっているじゃないか。オレを脅したりしたら、下手すりゃ全部失っちゃうかもしれないけど…いいの?」


 女部田の思惑は外れた。加藤のほうが一枚上手だった。以来、加藤は女部田の主催イベントの “特待 ” 常連ゲストとなった。同じイベント常連でも、女部田にその関係を弱みとして握られた鍋島とは大きな差があった。


 数日後、龍三と成沢は都内の喫茶店に居た。


「秋田に行く前に、どうしても松橋さんとお話しておきたかったもんで…秋田に行く前なら問題ないかと思って…」

「10年来、私の動きにいちいち目くじらを立てたい族がいるようでね。成沢さんに不愉快な影響が及んでほしくないんだよ」

「松橋さんが2ちゃんねるで叩かれているからって、そんなことを真に受けて気にする人なんていないですよ」

「いるんだな、それが。私が2ちゃんねるで叩かれるようになると、私との交流に慎重になった俳優たちがね。すばらしい正義のヒーローだろ?」


 そう言って龍三は笑った。


「誰です?」

「ブログで過去の出演作品の自慢甚だしい方々だよ」

「ああ…なるほど、想像は付きます」

「自己宣伝のブログだから、少しでも良からぬ噂のある人物との交流はなかったことにしたいのは十分理解できます」

「特撮ヒーローも落ちたもんですね。その方々は何れも過去に女部田主催のオフ会に招待されたことのある面子の何人かでしょ? 私も会ったことのある人は何人かいます。トークショーでファンからのプレゼント自慢をしてたゲストがいましたが、バカじゃないのかと思いました」

「いつだったか、CMで偶然一緒になった特撮出演者とは、その帰りに女部田氏の話になってね。女部田氏と距離を持つにはどうしたらいいかと相談されましたよ。女部田マンセイのくせに “相談 ”って…よく言いますよね」

「で、松橋さんはなんと答えたんですか?」

「無視すればいいと…」


 成沢は大笑いした。


「あいつが一番出来ないことですね」

「ツイッターで交流しましょうかと追い打ちを掛けたら、 “それはちょっと ”と即答して来ましたよ」

「即答ですか、女部田マンセイもろバレじゃないですか!」


 成沢はさらに大笑いした。成沢はこの女部田マンセイ俳優が今現在、ネット上で叩かれていることを龍三に話そうとしたが、それはやめた。


「松橋さんが女部田と闘っておられることで、かなりの特撮俳優が身勝手な特撮オタから守られている部分もあると思っています」

「2ちゃんねるで私を叩いているのが誰か、私は存じ上げません。ゆえに、私は女部田氏と闘っているつもりもないし、だからと言って、女部田氏を普通の特撮ファンとも思っていません。ただ、私のエリアに土足で入るような人間は受け入れないだけです。その度が過ぎれば、私も度が過ぎた報復をするしかありません」

「今までは特撮ヒーローは特撮ファンに、何を言われても無言でいなければならないというタブーを、松橋さんがぶち破ってくれました。当初、その姿勢に猛批判を投げ掛けた特撮ファンも今では下手をすれば女部田のようになってしまうかもしれない…そういう、いい意味での危機感を生んでくれたと私は思っています」

「傍に無礼な人間が寄って来るのは嫌いだからね。特撮ヒーローやってたからって何様でもないし…まあ、何様もいらっしゃるようだけどね」

「お偉い特撮ファンの方々に持ち上げられて何様にされた人と、自分勝手に何様になっちゃった痛い人もいますね」

「陰口はこれくらいでよしましょうよ」


 二人は笑った。


「先日、共演の加藤氏から電話があって会いました」

「加藤さんとは、オフ会の時に一度だけお会いしたことがありますが、挨拶を交わしたくらいでお話はしていません」

「彼は強かです。堂々と特撮ファンを見下し、挙句の果てに酒の肴にしています」

「人それぞれに考えがあるだろうからね。それに、特撮ファンの中にも、俳優の中にも、良からぬ性質・素性の人間はいるだろうから、まともな加藤さんを責めることはできないよ」

「松橋さんには加藤氏がまともに映りましたか?」

「挨拶を交わしただけなので、加藤氏をよく知らないからかもしれないけど、彼はオフ会で悪乗りしただけなんでしょ?」

「ちょっと悪乗り以上だったようです…陰口はいけませんね。問題なのは、彼の特撮ファンに対する偏見でしょうか」

「彼の偏見度合いは世間一般レベルを越えてますか?」

「越えてるとは言えないかもしれませんが、結構なレベルですよ」

「加藤氏は2ちゃんねるに影響されるタイプですか?」

「彼は2ちゃんねるには全く興味がないようです。彼は奔放な生き方はしてますが、悪意ある行動を取るようなタイプでもないし…相手にも依るとは思いますが…」

「なら、概ね善い人じゃありませんか?」


 二人は笑った。


「彼ら善良な人には善良に、邪悪な人には邪悪に…それが私のスタンスですから、加藤さんの生き方は間違ってはいないと私は思いますよ」

「松橋さんは、女部田に尻尾を振っている他の特撮俳優たちのことをどう思っていますか?」

「彼らも特撮ファンの方々と同じ、孤独を恐れる人間かもしれないね」


 そういって松橋は力なく笑った。


「特撮番組に出演したこと、今どう思っていますか?」

「どう思うって?」

「特撮番組に出演しなければ、性質の悪い特撮オタに誹謗中傷などされることもなかったはずですから」

「2ちゃんねるで私を叩いている人間が特撮ファンかどうかは分からないが、彼らは集団的無責任という病に侵されていることに気付かないでいるかも知れませんね」

「集団的無責任?」

「特撮関連の耳触りの良い話題には、条件反射で飛付くのは彼らの習性だろうけど、その時は他者への迷惑に配慮する余裕などないでしょう。私が出演した特撮番組に偶々厄介な匿名お化けが付いてたってことかな?」

「匿名お化けですか!」


 二人は笑った。


「私より成沢さんはどう思ってるんですか?」

「特撮番組に出演したことは確かに誇りではありますが、今となっては、正直言うと面倒臭い気がします。松橋さんは2ちゃんねるで随分ひどい叩かれようだと聞いています。そのお怒りは私には想像も付きません」

「怒り…ね。確かに最初は怒りというより、胃に穴が開くほどの殺意で武者震いが止まらなかったよ」

「恐怖じゃなく、殺意ですか…」

「売られた喧嘩を買うのは幼い頃にしみついた私の習性なんです。上京した頃は毎日喧嘩を売られてました。途中で気が付いたんです。喧嘩を買えば私は気が晴れますが、私の周囲に傷付く人が居ることを。封印していた闘争心が久しぶりに反応しました」

「犯人が誰かは判っていても卑怯な匿名ですからね」

「それまで、2ちゃんねるの存在も知らなかったし、他人からあそこまで嘘八百を並べ立てられて罵倒をされた経験もないんでね」

「お察しします」

「でも、胃に穴も開かなかったし、自分の生活が地獄に落ちることもなかった。要するに、まやかしを見ている自分に気付いたんだ。そして、叩かれて単純に怒り狂うのはバカのすることだと思うようになったんだ」

「私ならきっと自閉症になるかもしれません」


 松橋は微笑んだ。


「人間と言うものは、あそこまで陰湿に人を追い詰めることができるんだなと…」

「2ちゃんねるの陰湿さは匿名を盾に底知れない暴走をしますからね」

「でも、人がやっていることなんだよね。そして、私も人なんだよ」

「・・・・・?」

「だから、あのような根拠無視、事実無視の陰湿な追い詰め方は、私にも出来ることなんですよ。私なら、別に2ちゃんねるの助けを借りなくても出来るかもしれない…と、思ったりもしてね。そう思ったら、随分と気が楽になった。同時に実行して見たくなった」

「実行?」

「成沢さん、人は追い詰められると学習するもんだね。あの私を叩きまくってくれている2ちゃんねるのスレが、私には “宝庫 ”に見えてね」

「宝庫?」

「あれほど人の心の闇を観れる場はないんじゃないのかな」

「憎しみはないんですか?」

「あるさ、さっきも言ったとおり殺意が伴う憎しみがね。しかしそれを越えるものに気付いたんだ。誰が私を叩いているかなど、どうでもいいことだよ。日々澄まして生きているその面の皮一枚剥がせば、あれだけ腐り切ったヘドロを湛えているなんて凄いことだよ。役作りには探したってないほどの宝の引き出しじゃないか。その微笑みの皮を剥がした裏を、特撮ファンの皆さんにも、特撮ヒーローの皆さんにも、とっくりと観ていただこうと思うと、気分が高揚しないかね」

「私はとても松橋さんのような心境にはなれません」

「それは、当事者じゃないからだよ」

「それはそうかも知れませんが…第一、私はそんなに強くもないと思うんで…」

「悶々とした殺意の中で学習した先に、ある日、完全なる殺害計画も見えて来たんだよ」

「殺害計画! 確かにそうした壮絶な苦しみの中で考え得る事かもしれませんが…しかし、それはあくまでも仮想計画ですよね」

「ちょっと違うかな? 殺害計画は実行可能な計画であって、仮想ではないな」

「・・・・・!」

「現実的に殺害可能な計画なんだよ、これが」

 成沢は、笑顔のまま楽しそうに話す龍三の言葉に鳥肌が立った。

「もちろん私は殺人など犯しませんけどね」

「で、ですよね…リアル過ぎてきついすよ、松橋さんのブラックジョーク」

「ブラックジョークね…そう、私が幸せならば、ずっとブラックジョークのままだ。私が臨終の際まで幸せなら、ブラックジョークのまま過ちを犯すことなく極楽浄土に逝けるんだけどね」

「松橋さん…」


 成沢は龍三の傷の深さを見た気がした。


「やはり、オフ会はやめとこうと思います。彼らとの関わりは持つべきではない気がして来ました」

「確かに、特撮ファンへの軽弾みな迎合によって、起こらなくてもいいトラブルが起こっている。何かが欠落した者同士が懐古に酔い痴れるのは、特撮ファンにとっても、特撮ヒーローにとっても聖域であり、至福のひとときだろうとは思う。ところが、それを壊す者が出る…それは何故だろうね」

「・・・・・」

「成沢さんはどうして出席する気になったんです?」

「この機会に峰岸さんに会っておこうかと思ったんですけどね…」

「なら出席なさったほうがいいんじゃないですか?」

「そうなんですけど…」

「私はね、いつも最悪の事態を考えて物事を決めてるんですよ。例えば、成沢さんが今回出席しなかったことで、何か最悪の事態になった場合、後悔するようなことはありませんか?」

「・・・・・!」

「今年は秋田に行く予定はなかったんだが、例年になく大雪らしいんだ。姉の家の積もりに積もった雪掻きをしてあげたいんで、秋田に行こうかとも思って迷ってるんだ。同郷の峰岸さんのお見舞いにも行きたいと思ってるしね」

「松橋さんが秋田に行くことになった場合でも、私は向こうでお会いできないんですよね」

「それはやめにしておいたほうが君のためでもあると思うんだ」


 龍三はゆっくり席を立った。


「もう少しゆっくりしたいんだけど、これから劇団の稽古があるんで…」


 そう言って龍三は去って行った。成沢は久しぶりに逢った時の龍三より、去っていく龍三が至極遠くに感じた。


〈第11話「情報Ⅱ」につづく〉

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